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Re: 私は、ロボットに看護されたいとは思えなかった――母の入院で考えた、ケアと人間の話


哲学屋のひとりごと💫先生、こんにちは。
先生の問題提起への、ちょっとした応答です。

看護の現場で起きているテクノロジー化は、
まさにその境界線の上に立っている。

https://note.com/atsuko777_/n/n52debc2f3eca

この記事が面白くて、読み終えてからも考えていました。

前提

医療機関を公開できませんが、
iOS・Apple Musicで Apple、
Android・Gmail・Googleマップ・Gemini Pro・YouTubeなどでGoogle、
noteでnote社、
Amazon・KindleでAmazon、
各種SNSで位置情報とIPアドレスは記録されています。だから、入院が狂言であると上記など利用サービスでデータが食い違います。
(私のプライバシーは守られるけど、プラットフォームの中の人は確認できます

次に、スマホの利用は精神科の開放病棟のルールに書面で同意して利用しているので、例えば精神科医や看護師や病院が医療のためにネットから離れることを助言する状態ではなく、かつ、自宅で一人暮らしするのは専門家が判断して倒れた状態です。

ケアを受ける立場です。
かつ、先生が問題提起してくださったことは分かるつもりです。


どこまでが許されるのかなどは時代で変わります

釈迦に説法ですが。

ケアを考える前に、私の思考パターンを共有しますね。
では、生命倫理繋がりで中絶を考えます。

いつ人になるのか? それを決めていいのか?

人になり生まれてくるのだから、殺人と考えるカトリックなどの古典的な立場は、理解できます。社会の倫理観は文明の進歩とともに厳しくなることがあるので、未来はこの方向も無視できないでしょう。

対して、女性の自己決定権の問題があります。ここは、フェミニズムが戦ってくれるように、過去に「娘→妻→母」という所有され方が変化する生き方が押し付けられたケースもあるので、人が人を所有してはだめ、という観点簡単も柱になるはずです。

胎児や赤ちゃんの人権と、お母さん・妊婦さんの人権を衝突させなくても、考えることができます。

①児童と未成年を守る
②性暴力被害者を守る
③中絶する・しない・特別養子縁組など子育てで孤立させない(③はどれを選んでも、当事者に不利益を与えない)

性教育など啓発以前に、性暴力を社会から無くせないことを見ないで制度設計すると、理屈は正しくても人の心が通わない制度になりかねませんよね。

また、全てを決めてしまわずに、社会で争点になりそうなことを中心に考えました。

正解を出すのではなく、現時点で、多くの国で落とし所に出来ることを模索しました。

ケア倫理を根幹にして、義務論と功利主義で調整してるイメージです。


先生の記事に戻ります

ケアとはなんでしょう? 高度に抽象的ですよね。分かるけど一言にできない。
私が良いと思うケアと先生が良いと思うケアと読者のnoteのみんながそれぞれ感じることは、価値観や優先順位が違うから、違うはずです。

対して、「コミュニケーションが冷たい」「話を聞いてくれない」「食事が冷めててパサパサして美味しくない」など、具体的な問題を「それは無い」「その予算なら、ご飯は仕方なく無い?」とか、細部は具体的だから論じやすいです。そう話していく中で、僕らが思うケアの輪郭が浮かばないでしょうか。

僕は個性が極端なのかもしれないのですが、能力も誠実さもない問題のある人物はクオリアあるかもしれないけど、約束を守る能力も意思意識もありません。

対してAIは間違えます。ハルシネーション、バイアス、アルゴリズム、追従など。けど、約束を守ろうとします。AIエージェントの実験をすると「誰の利益を守るべきか」分からなくなるなど課題はありますが、アプリなどで人と接する時に約束を守ろうとするし、能力も足りることがあります。

この価値観・世界観だと、ヒューマノイドのケアは成立すると思います。「ケアを受けた」と感じるし、行き違いが起きてもその間違いからAIや機械や研究者が学ぶことで医学が前進すると思えるから。

対して、「それはケアではない、嫌だ」と感じる方もいるでしょう。それは、その方にとって人として扱われることは「人に限る」という前提をお持ちなのかもしれません。

どちらが正しいかではなく、両方大事に出来るはずです。ただし、人のケアを提供できる存在が希少になり高くなる可能性はあります。

ならば、気にならない人と、気になるけど富裕層の方は困らないので、気になるけどお金の限界もある方向けに考えると、僕ならこうします。

ケアを提供する側が、「これが私のケアだ。うちの病院や施設のケアだ」と考えるポイントを人が担当し判断し、残りをヒューマノイド型ロボットなどに分担します。マーク・ジェイコブズの倫理版のイメージです。全体の仕組みの上流と人と触れる点をおさえ、その他は分業する。こうできると、少ない人材を孤立させず、彼らの仕事をしやすくできます。
もちろん、ケアを受ける側からのフィードハイドバックループも回すので、AIを使ってコールセンターも設置するといいと思います。


少しプラグマティズム寄りというか、実践・実装を重視する視点だから、答えが出るまで議論せず、今ある痛みや孤立に使えるように意識しました。

ケアは愛と似ています。
いくら愛していると言われても、それは自分は違うと思えば断れますよね。主体のないAIが愛せるのかに関しては、「クオリアはヒトラーや麻原彰晃のように極端な人も持ってるけど、彼らとの恋愛にこだわる? クオリアの有無以外に尺度を考えるのはどうですか?」と答えるかもしれません。

能力があり約束を守るけど、そこに知性と能力しかなく、実存などが無いAIを、我々はまだよく分からないはずです。哲学ゾンビの思考実験が、思考実験しなくても日常で触れられるようになった未来でも、愛にしろケアにしろ、無いと生きていけない点は変わりませんね。

ケアを受けている現場から、こんなことを考えました。



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三澤直己 | Trgr | フォロバ100% ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。