見出し画像

『みんななかよく』を壊す正しさ

 創作大賞の募集が始まったね。
私は昨日から、サンリオキャラクター大賞にアクセスして、ポムポムプリンに投票してきたよ。

 プリンさん、今年は生誕30周年なんだ。
『シナプリ』と形容されるほど、シナモロールと仲良しのプリンさんを今年は推す。

 と言っても、私はサンリオの会員だから、
シナモロールも推すよ。
 
 なんだろうな……。
サンリオってね、「みんななかよく」が会社理念でね、創業者の辻さんは戦争経験者。
『ピューロランド』から帰ると、「みんななかよく」が刷り込まれてしまう、平和な世界。
 
 創作大賞も、こうあってほしい。
私が言うと棚上げになっちゃうけど。
どの口が言うんだ、とお叱りを受けるだろう。

 だから、開き直って、
頭に巨大ブーメランを刺したまま書くね。
 
 せめて、この期間だけは、書き手を批判したり、意欲を削ぐ言葉は、コメント欄やTwitterで控えてほしいし、名指ししない悪口を記事にしたためてもらいたくない。

 悪口を書いている本人は悪口の自覚がないのは理解しても、第三者からは悪口だからね。
主観と客観はズレる。

 正しさって、自分では正しいと思っていても、相手には全然そう感じない場面があるよね。
 
 今、言わなくていいことは、この先も言わなくていいことじゃないかなぁ。

 ああ、でもなぁ。
感情が昂ると、『言わなくていい』の基準が不透明だよね。
 う〜ん。そうだなぁ。
損得を基準にしたとき、自分の言葉は相手の成長に役立つメリットがあるか、ないか。

 ……と、言いたいところなんだけど、それができたら世話ないね。
 
やっぱ、無理なんかな。
 
 私ね、一昨年から、『キンクマとタツジュン』の話を描いているのね。
 
 その年に、「おもしろくない」「つまらない」
「感情移入できない」と感想を頂戴してね。
私は相手の作品を褒めて、感想文やインスパイアも書き、作品を盛り上げたつもりだったけど、まさか、私の創作へネガティブな感想が返ってくるとは思わなかった。
 
 書いている私だって、ハムスターが話をする、人間並みの知能を有したなんて出来過ぎだと思ったよ。思ったから言われたくないんだ。
 
 着たことない晴れ着を着付けてもらって、
「アンタって、着物でもブスだね」と誰が言われたい?
これと同じことなんだよ。
 
 不安なときは社交でいいから、無遠慮で正直な感想はいらない。
 
 私は自分を責めて、文章の書き方入門など、何冊も購入して勉強したんよ。

 でもね、有り難い助言だったと思えない。
2年経過するけど、消えない。
勉強した知識がギプスにならなかったんだね。
 
 翌年。感想文を書いている人達を攻撃しているのを目撃して、
「ああ。この人って、こういう人」

 一見、正論の形をしている言葉がある。
でもそれは、誰にでも届くわけじゃない。
支持している人にだけ届いて、それ以外の人には、ただの攻撃になる。
正しさって、本来は人を救うもののはずなのに。

 書き手の多くは感受性が強く、他者への言葉を自分の痛みに変換しやすい。
だからね、想像力を持ってほしい。
「今、この人は不安な気持ちで作品を公開しているかも」って思うだけで、言葉は変わるよね。
それが本当の「みんななかよく」だと思う。

 ダメージを与えてやろうとした結果、人は自分が攻撃対象になる前に離れていく。
それって損じゃん。
自分が書いたものを読んでもらえなくなるんよ。

 それらを含めて、想像力。優しさは想像力。

「みんななかよく」だよ。