あんこにコレ入れたら?アメリカ人夫の衝撃アイデア
「そうだ。あんこ、炊こう」
あの「そうだ 京都、行こう。」のリズムで、日曜の朝、ふいに思いついた。行き先は、もちろん京都ではない。キッチンだ。
圧力鍋に小豆を放り込み、火にかける。甘い匂いがふわりと広がる。海外暮らしのわたしにとって、これはささやかながらも贅沢な時間だ。
匂いにつられて、夫がやってきた。
「なに作ってるの?」
「あんこ。」
夫は鍋をのぞき込み、数秒考え、そしてとても自然な顔で言った。
「ベーコンを入れてみたらどう?」
……はい?
「あんこに、ちょっとベーコン。甘じょっぱくておいしいかもよ?」
聞き間違いではなかった。
その瞬間、わたしの中の「日本人」が総立ちになった。
あんこに、ベーコンだと?
あの、塩気が強くて、脂がじゅわっとする、あれ?
……正気か?
いや、待て。これは文化の問題だ。落ち着け。
夫にとって、甘い豆とベーコンはすでに実在している。バーベキューの横に堂々と盛られるbaked beans。甘く煮た豆にベーコンやポークが入っている、れっきとした人気メニューだ。
つまり彼の理屈はこうだ。
甘い豆+ベーコン=成立済み。
論理としては、間違っていない。
でも、あんこは、わたしの中では、たい焼きであり、おはぎであり、正月のぜんざいである。そこにベーコンが乱入する図は、どうしても想像できない。いや、許せない。
「それはナイ!」
わたしはきっぱりとノーを突き付けた。でも、夫はなおも言う。
「そんなに変じゃないと思うけど」
たしかに、彼の世界では変ではない。
でも、わたしの世界ではこれはクーデターだ。あんこ政権を揺るがす、ベーコン革命だ。
文化というのはおもしろい。
ホームにいるとき、その文化は完成形に見える。誰も疑わないし、疑う必要もない。あんこは甘いままで完結している。
けれど、別の文化に入った途端、翻訳の力が働く。
未知のものは、既に知っているものへと引き寄せられる。
甘い豆?
それなら、あの料理の仲間だろう、と。
そうやって、文化は静かに置き換えられ、少しずつ姿を変える。
わたしの中で完成していた「あんこ」は、夫のひと言で、別の文脈に置き直されたのだ。
あんこにベーコンを入れる日は、きっと来ない。
旧体制派と呼ばれようがかまわない。あんこ政権の最後の一人になっても、ベーコンの侵入は食い止めてみせる。
……たぶん。
(おわり)
