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「親-子」関係から「大人-大人」関係へ。

長年の良い友人であり、ティール組織のムーブメントにおける世界的な第一人者でもあるLisa Gillが来日。1週間でワークショップ3回、企業訪問、少人数の対話、などで通訳として同席した。

私なりに理解したLisa(および所属するスウェーデンのTuff Leadership)が伝えていることについて、私なりの理解をざっと書き残しておきたい。ちなみに基本的な内容はすべて彼女の著作に書かれている。


セルフマネジメントに向かうための「3つの柱」

「大人-大人」関係

この1週間でLisaから聞いたことは、「大人−大人関係」というキーワードに集約できる。対比されるのは「親 - 子」関係だ。「親」が責任を持つ、解決する、指示するなどではなく、「大人」同士の関係として、互いに責任を持ち、互いを尊重する関係となることを示す。

Lisaの語る「大人」とは意識的な「選択」をする主体である、というのが最も理解しやすかった。ワークショップの中で語られることが多いのは、

  • 「振る舞い」の選択

  • 「目的」の選択

の2つだ。

人は誰もが「自動的に」「防衛的に」「感情的に」反応するモードを持つ。たとえば「否定的な意見を言われると、すぐに耳を閉ざす」、「やりたいことがあると、相手の話を聞く前に自分の意見だけを主張する」などだ。これ自体は避けられるものではないとしても、そうしたモードを持っていることに自覚的になったうえで、「その振る舞いを取るか、取らないか」を意図的に選択できることを「大人」と呼ぶ

さらにその前提には、「その会話の『目的』」に関する選択がある。ワークショップの中では「関係を良くする」ための会話、「フィードバック」のための会話、などを例として扱った。現実には目的は混ざりがちだが、大人同士としての会話では、「何を目的とするか」に関する意図的な選択を尊重する

さらにこの「選択」の前提には、人は「自ら選択できる存在である」ことへの信頼と、同時に「選ぶことには自分が責任を持つ」という期待が存在する。人は誰でも自分で選べるし、選んだからには責任を取るのであるということだ。

人の内面の捉え方

「親-子」関係、「大人-大人」関係を捉えるときに、前提となるのが人の内面の捉え方。大きく言えば「氷山モデル」であり、水面の上にある「行動」と、水面の下にある「内面」に分ける。

そのうえで、Lisaがワークショップの中で
マインドセット→あり方(Being)→行動(Doing)→結果
という順番で説明していたのが個人的に非常にわかりやすかった。

あり方(Being)は、その人の発している「雰囲気」や「佇まい」などを意味する。それに対するマインドセットは、あり方(Being)のさらに前提となるものであり、世界の捉え方や判断の指針などの「信念」「価値観」などを指す。

たとえば「弱々しい雰囲気」(逆に「強く言い切る姿勢」)といった伝えるときに纏っている雰囲気が「Being」、それを支える「悪い人だと思われたくない」(「相手の可能性を信じる」)などが「Mindset」にあたる。

個人的な感覚だが、これまで日本語で「在り方」という言葉には「Being」「Mind Set」がもっと混在したものとして捉えていた。Lisaの視点でも、この2つはパッキリ分かれるものではないし、相互に影響し合っている。そして、厳密な定義を追求することも、おそらくあまり意味はない。
ただ、今回のように「Being」を支える土台となる「Mind Set」と捉えるのは、個人的にはこれまでで最も腑に落ちる整理だった。

関係は相互に影響し合うもの

関係は「相互に」作用する

個人の内面を「マインドセット」や「あり方(Being)」として分けて捉えたときに、Lisaが繰り返し述べていたのは、これは「相互に影響し合う」こと。自分が「親」モードならば、相手は「子」になり、「大人」モードならば相手も「大人」になる。あり方(Being)に絞って言えば、自分が「不安」「慎重」な雰囲気で言葉を発せば、相手からは「弱々しい」「自信のない」応答を誘発するし、「強く」「本気で言い切る」と、相手も「真剣な応答」が返ってくる。

先ほどのあり方(Being)で触れたように、これは「声の大きさ」「言葉遣い」などの表面化するものだけではなく、身体の姿勢、表情、目線の使い方、などを含めた「雰囲気」「佇まい、居住まい」といった総合的な印象によって引き起こされるものだ。

このあたりは言葉にしてしまうと分かりづらい気がするが、
「えっと、たとえば、こういうのも選べると思うんですよね・・・?」
と控えめに言われるのと、
「これを選ぶんですか、選ばないんですか??」
とはっきり強く言い切られたときをイメージして見ると、少しだけ違いを感じられるかも知れない。

「可能性」に関わる

今回の通訳の中で、もっとも「腑に落ちた」のはこのパートかも知れない。Lisaの著作を翻訳している中で、個人的に「relate to the potential」という英語が、いまいち意味がわからなかった。

通訳をしまくった上での解釈としては、これは「目の前に居るその人」ではなく、「その人が秘めている潜在的な可能性」を信じて関わることだ。イメージとしては「実線で書かれた今のサイズ」ではなく、「点線で書かれた秘めている可能性のサイズ」を見て、そっちに対して関わりに行く、ということだ。

ちなみにLisaが「大人」という漢字の表記にとても感動していた。それはまさにこの話で、相手を「大きい」「人」として見ることが「『大人』として関わる」ことと同じだ、ということだった。

また、これは先ほどの「大人とは選択する存在」ということにも通じる。なぜならば、相手は「自分が望む目的」を自ら選択している、という前提に立つからだ。(他者としての)あなたができると思う・思わないは、ここでは関係ない。あくまで「本人が望んで選んだ」ことであるからには、その相手の選択を尊重して「潜在的な可能性」に関わるのだ。


ムース(ヘラジカ)の頭

チームの「雰囲気」への働きかけ

先ほどの「氷山モデル」において、個人に水面下のマインドセットやあり方(Being)があるように、チームにも水面の下の世界が存在する。どんな文化であっても、人の関係性において「水面下」のことが扱われることはとても少ない。実は誰もが感じて、気になっているが、それでも誰も口にしていない「暗黙の前提」や「気になっている違和感」。これを本書では「ムースヘッズ」と呼ぶ。

先ほどマインドセットやあり方(Being)が「相互に作用する」と書いたように、場においても基本的には同じことが起きる。話を切り出す本人が「不安に」「慎重に」場に出すことと、「強く」語ることは、場における受け止め方に大きな違いが生まれる。

ただし、これは決して「自分の主張を強く押し通す」ことを意味しない。「大人」として場に出すことは、自分の意見を明確に伝えながら、それが「相手の目線」からどう見えるかにフェアに、オープンにいることだ。

今回、RELATINOS社内での2日間のワークショップも開催されたときに、あるメンバーが全参加者(30名ほど)に対して果敢に「違和感(ムースヘッズ)を場に出す」ことを実践してくれた。しかも、架空のケースではなく、自社のリアルなテーマで。

1回目は慎重な(弱々しい)在り方。それをLisaからフィードバックされたうえで、2回目は強く、はっきりした在り方。このときに、その場の空気も、参加者から引き起こされた反応も、驚くほど違うものだった。「ムースヘッド」を本当に場に出すとはどういうことか、その実演で感じられた。

「理解」と「実践」はまったく別モノ

今回、Lisaと一週間も一緒に過ごした中で、彼女(および所属しているTuff Leadership)において培ってきた考え方や実践知について、格段に理解が深まった。

だからこそ、「理解すること」と「実践できること」はまったくの別物であることがよく分かる。誰もが「自動的」「防衛的」な反応を持っているし、それを「意識的に選択するのが大人だ」と言われても、決して簡単にはできない。

Tuff Leadership(25名ほど)の社内でも、常日頃から互いにフィードバックをし合い、常に実践・体験をし続けているそうだ(Tuffでトレーナーになることは「フィードバックを浴びせ続けられることに耐えられる」ことでもあるらしい)

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