博多雨情
☂️福岡市の中心部に、九州を代表する繁華街「博多、天神、中洲」がある。博多の夏の風物詩「博多祇園山笠」の舞台となる櫛田神社、夜になると多くの客で賑わう中洲屋台橫丁、古代日本の律令国できわめて重要だった住吉神社などの有名所が点在し、また多くの宿泊施設もあるため海外旅行者の姿も目立つ。
4年前に九州に移り住んで以来、まだ数回しか訪れたことがなく、どのような所なのか興味深い地域でもあった。先日この街で開かれた辻井伸行氏のピアノ・リサイタルに行く機会があり、博多駅から会場までの往復に交通機関を使わず、足の向くまま散策することにした。一日中雨模様だったが、しっとりとした静かな博多の風情を味わうことができた。
☂️1967年創業「珈琲のシャポー」土居町本店
会場へ向かう道すがら、老舗と思しきシャポーという喫茶店に立ち寄る。ところが店内に入ると、そこにはテーブルも椅子もなく、剥き出しの床が広がっている光景が目に飛び込んできた。創業58年になるこの店は、つい6日ほど前に閉店し、従業員の方々が後片づけに追われている最中だった。
勤続40年になるという女性店長が応対に現れ、しばらく立ち話をした。おそらく自分と同世代の方だろう。これまでの店の歴史や常連客のことなど、思い出話を伺った。昔ながらの老舗喫茶店が街中から次々と消えていく最中、この閉店を惜しむ声はやはり中高年層から多く寄せられたようだ。

話は逸れるが、40数年前のこと、東京原宿の閑静な一角にあったカフェで、愚生も雇われ店長をしていた時期がある。不動産業を営む若い女性経営者の夢から始まった店づくりに、開店一月前から参加。店内は黒、アイボリー、グレーを基調とし、鉄、石、ガラスを組み合わせたシックでお洒落な内装だった。
店の前には東京初となる木陰のテラス席、店内の客席は1人用から6人掛けまで様々なタイプのアンティークの椅子とテーブル、その上にスタンドライトを置いた。
食材に拘り、メニューも当時の東京にはどこにもないアイディアを数多く盛り込んだ。食器やカトラリーはブランド品、しかもカップ類はすべて個別のものを用意し、来店客の雰囲気や服装の色に合わせて提供した。
当時はまだ喫煙のためにカフェを利用する人が多かった時代。ところがこの店は何と店内禁煙にしたのだ。これもまた東京で初の試みだった。入店しようとする人に毎回口頭でその旨を伝えた。それを知ってすぐにUターンして出ていく人が半数以上もいた。中には怒りながら出ていく人もいたほどだ。
かなり斬新なアイディア満載の店だったが、一番のポリシーは何よりも「心温まる憩いのひとときを提供すること」だった。
2020年からは改正健康増進法が全面施行され、飲食店は原則屋内禁煙となった。難題課題だらけの職場でもあったが、しかし当時の社会風潮に妥協せず、ひたすら想いを貫く店づくりに参加できたことは、当時の社会に馴染めなかった自分にとって大変励みになり、多くの教訓を得ることができた。

下にオイルを燃やす小さなバーナーを置き
ゆっくりハンドルを回しながら15分かけて焙煎する
話を本題に戻そう。シャポーの閉店を見て、昭和時代から続いた庶民文化の灯がまたひとつ消えたような想いがした。
昭和レトロの喫茶店には、心地よい音楽とゆったりとした客席があった。一杯ずつ豆を挽き丁寧に摘出したドリップコーヒー。そして昭和レトロメニューの数々。カップの中身がなくなると、水を注ぎに何回も来てくれる接客従業員との自然な会話のやり取りもあった。そこには騒がしい客はおらず、誰もが周囲を尊重し、時が止まったような穏やかな空気が満ちていた。今振り返れば、慌ただしい日常に一歩距離を置き、自分自身の時間とスペースを取り戻すための小さな憩いのオアシスだったように思う。
店を出ようとすると、
「せっかくいらして頂いたのに、お水一杯も出せずにごめんなさいね」
と店長が優しい言葉をかけてくれた。すると後片づけをしていたオーナーと従業員の方たちが一斉に振り向き、
「ありがとうございました!」
と言って、明るい笑顔で見送ってくれた。

☂️櫛田神社





夏の風物詩、博多祇園山笠はこれまで映像でしか見たことがなく、どのような場所であの奉納行事「櫛田入り」が行われているのだろうかと思いながら、境内を散策した。
かなり大きな広場を想像していたが、実際は境内の一角を利用した予想以上に狭いスペースだった。7月になると、この場所は再び熱い男たちの輝く舞台となる。北九州にも山笠がいくつもあり、毎年街中が熱気に包まれるが、この博多の山笠には相当なものがあるに違いない。


奉納行事「櫛田入り」の最初に歌われる博多祝い唄は、1から7番まである内の1番のみ。この祝いの熱量が失われない限り、博多の地に希望の光がいつまでも受け継がれていくことだろう。
祝いめでた/博多祝い唄
祝い目出度の若松様よ 若松様よ
枝も栄ゆりゃ葉もしゅげる
エーイーショウエ エーイショウエー
ショウエイ ショウエイ ションガネ
アレワイサソ エサソエー ショーンガネー
えい唄いましょう えい唄いましょう
唄いましょう 唄いましょう しょうがない
私も誘いましょう ええ誘いましょう
ああ、しょうがない
博多祇園山笠2024 一番山笠「大黒流」






☂️中州界隈



中州は東京の新宿・歌舞伎町、札幌のすすきのと並ぶ日本三大歓楽街の一つ。那珂川と博多川に挟まれたエリアに約3,500軒もの飲食店が立ち並ぶという。しかし夕暮れに差し掛かろうとする時間帯でも、まだ夜明け前のようにひっそりと静まり返っていた。
こうした休止状態にある街角には、活気ある街の風情とは真逆の、静寂の風情のようなものが漂っている。
宮崎駿監督「千と千尋の神隠し」の冒頭にあった、夕暮れ時の路地裏の風景を思い出す。誰もいない食堂街を千尋と両親が歩いていくシーンだ。そこには静まり返った街並みがあった。神様の食べ物を勝手に貪り食う両親は豚の姿に変身していまう。やがて建物に明かりが灯り始めると異次元の扉が開き、船着き場で船を降りた神様たちが「油屋」へ吸い込まれるように入っていく。
この中州にも、もうじき明かりが灯り、異次元の世界へと変貌する時を迎える。それは新たな物語が芽生え、交錯し、揺れ、消えていく舞台。八百万の神様たちも川を渡って、日頃の疲れやストレスを癒すために集い始めることだろう。それまでの束の間のひとときは、静寂が支配する街である。


☂️住吉神社



博多駅にほど近いビル街の一角に「住吉神社」がある。その歴史は、およそ1,800年以上前まで遡る。全国に2,129社ある住吉神社の中でも最初の神社と云われ、古書にも「住吉本社」「日本第一住吉宮」などと記されているとのこと。
夕闇迫る本殿はすでに扉が閉められ、参拝客は誰もいなかった。雨の境内に満ちる神聖な空気が何とも清々しい。ところがそこに外国人旅行者グループがやってきて写真撮影で騒がしくなり、退散することに。
参道を引き返そうとしたとき、ふと鎮守の森の中に小道があるのを見つけた。吸い込まれるように奥へ進むと、そこに「三日恵比須神社」という幸運と航海の神「恵比須大神」を祀った小さな社があった。
傍らには功徳池という小さな池があり、水面をじっと見つめる一羽のアオサギがいた。できるだけ近くに寄り、都会の中にある奇蹟的に美しい静寂を一緒になって見つめた。



☂️福岡市民ホール



コロナ禍になるまでの間、関西に住んでいた頃は毎年のように辻井伸行氏の演奏を聴きに大阪や名古屋へ出向いていた。
久しぶりに聴く演奏は、日本の至宝、そして世界の巨匠と呼ばれるに相応しい壮麗さに溢れていた。ベートーヴェン、リスト、ショパン。彩り豊かな繊細な音は深淵なる心の闇を明るく照らし、力強く豊潤な音が至高の世界へ登り詰めていく。筆舌に尽くしがたいほどの感動、溢れる喜び。透明な音が、無数の光の粒となって降り注いでいた。やがて調和の調べはホールの壁を突き抜け、広大無辺な大空へと舞い上がる。



演奏が終わると、間髪を入れず拍手喝采が起こるのが演奏会の常。今回辻井氏が鍵盤から手を離すまで若干時間をかけたからか、ホール全体が完全な静寂に包まれる奇蹟的な数秒間が現れた。静寂の深みは音楽の美しさをよりいっそう際立たせ、音楽の美しさは静寂を至福に変えてくれる。
愛と創造の源は内なる沈黙のスペースにあり、深い静寂が共有されるからこそ、演奏者と聴衆のハートが一つに溶け合うような調和が生まれるのだろう。
それは聴く者の内なる扉をそっと押し開き、内奥の静寂に秘められた愛と創造の源、命の源泉を垣間見る驚くべき瞬間へと誘う。それこそが私たちの真実なのだということを、辻井氏は音楽を通じて伝えようとしているのではないかと思う。

櫛田神社境内の片隅で、小さな石碑に刻み込まれた言葉を見つけた。
「靜けさの中にしずかあり」
繁華街の賑やかな風情を写真に撮ろうと博多の街にやって来たが、思いがけず、雨の靜けさの中に「しずか」を見つめる一日となった。
どこに行こうと、何をしようと、何もしなくとも、どのような社会であろうとも、内なる「しずか」はいつも心の奥底に横たわっている。
☔☔☔
Nobuyuki Tsujii plays Chopin's Ballade No.1 in G minor, Op.23
Nobuyuki Tsujii Official Channel
お疲れ様です
素敵な週末のひとときをお過ごしください

いいなと思ったら応援しよう!
🐭🐮🐯🐰🐲🐍🐴🐑🐵🐔🐶🐗😽🐷