「1円にもならない時間」に、ダメ出ししていたわたしへ
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感性の光で世界をそっと照らし
魂が自由にひらく旅へと寄り添う
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こんにちは、haRu*☽です。
「ただ楽しんでいるだけの時間」に、なぜか少しだけ罪悪感を抱いてしまうことって、ありませんか。
何かを生み出していない時間。
役に立っていないように思える時間。
目に見える結果につながっていない時間。
そんな時間に対して、わたしは長いあいだ、無意識に小さなダメ出しをしてきたようです。。

ここで、ひとつ告白させてくださいね。
わたし、自分にすごく厳しかった。
ただただ、わんこともふもふしている時間。
わんこの写真を素敵にしたくて、何時間も画像編集に夢中になっている時間。
本当は、すごく満たされていて、楽しくて仕方のない時間だったのに。
そんなときでさえ、わたしの内側には、小さなダメ出しがありました。
「これ、1円にもならない時間だな」
・・・って。
ありのままのわたしで過ごすこと。
存在そのものに価値があること。
そう思える世界に少しずつシフトしていると思っていたけれど。。
「何かを成し遂げること」
「結果を出すこと」
「目に見える形で価値を生むこと」
そういった古い価値観が、思っていた以上に、自分の中に濃く残っていたのだと思います。
でも、本当は。
ダメなことなんて、何ひとつなかったのですよね。
わたしたちはきっと、地球での体験のすべてを味わい尽くすために生まれてきたのだから。
それなのに、ダメ出しだなんてね・・・
そう思うと、あの時間たちにダメ出しをしていた自分が、なんだかとても切なくなりました。
と同時に。。
無意識レベルで起きていた小さなダメ出しに氣づけたこと、それ自体はすごく祝福だとも思いました。
「1円にもならない」と思っていた時間も。
「何も進んでいない氣がする」と思った時間も。
渦中にいる時は、不安を感じたり焦ったりもしたけれど、ほんとうはとても豊かですごくたいせつな瞬間ばかりだった🤍
静かに内観する時間も。
誰かと会って心が満たされる時間も。
作業がぐんぐん進む時間も。
どんな時間にも、ちゃんと意味があった。
起きてくることすべてが、人生からの贈り物のように感じられる今は、「プロセスをすっ飛ばさずに生きること」が、どれほど大事なことだったのかを、少しずつわかるようになってきました。
あの時間があったからこそ、感じられるようになったことがある。
あのプロセスを通ったからこそ、わかるようになった感覚がある。
そう思うと、あれは遠回りではなくて、わたしにとって必要な道だったと思うのです。
「動」の時間も、「静」の時間も。
優劣など、そこには無くて、どちらも愛おしいプロセス。。
きっと──
宇宙が贈ってくれるプロセスを踏んでゆくことで、わたしたちの内面は、静かに育っていくのでしょうね。
だから・・・
もしも、今、遠回りな感覚があったり、まだトンネルの中にいるように思っているとしても、すぐに答えが出なくても大丈夫で。
遠回りに見える今この瞬間も、あなたにとって、ちゃんと意味を持っている時間になっているのだと思います。
そしてそのプロセスをたいせつに体験しきることで、春になって植物が芽吹くように、何事も自然と起きてくるのだと思います。
haRu*☽
🤍響きのエッセイスト | haRu*☽
感性をひらき、音で癒し、言葉で還る──
“わたしらしく生きる”旅に寄り添うnote発信者
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