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【総合診療POEMs】第1回 初めてのPOEMs

POEMsとは

 研究手法の増加,解析の高速化により医学知識は指数関数的に増加している.2011年に発表された文献 1) によると医学知識が倍増するために必要とする時間は,1950年時点では約50年を要していたのが,1980年では7年,2010年では3.5年となり,2020年には73日となると推測されていた.これらの増加スピードを低く見積もっても2010年からの10年で医学知識は10倍以上に増えていることが推測できる.われわれは効率よくその膨大な知識のなかから実臨床に影響を与える重要な知識を学ばなければならない.
 医学知識の驚異的な増加とそれに伴う知識の優先順位付けの重要性は1990年代前半にすでに指摘されており,1994年に発表された文献 2) ではエビデンスを疾患志向(disease-oriented)と,患者志向(patient-oriented)に分類している.われわれプライマリ・ケア医にとって優先度が高い知識として,①医師が実際に直面する問題に関するものであること(頻度が高い),②症状,罹患率,生活の質,死亡率など医師と患者にとって有意な影響をもたらすものであること(患者志向),③医師のプラクティスに影響を与える可能性があること,の3点が重要視されており,これらの要素を併せもつものをPOEMs(Patient-Oriented Evidence that Matters)という概念として定義している(図1).

POEMs見本2

 代表的なPOEMsをまとめたAmerican Family Physicianの“Top POEMs” 3) では,脂質の評価のための血液検査には絶食は不要 4) ,前立腺がんに対する治療介入は臨床的進行度を抑えるが死亡率には影響しない 5) ,心血管疾患のない75歳以上の患者ではスタチンは一次予防に効果的ではない 6) ,などがPOEMsとしてあげられている.
 今月から隔月で連載していく『総合診療OEMs─診療で使える!旬なオススメ文献─』では,忙しい皆さんに代わって,われわれ地域医療振興協会家庭医療・総合診療プログラム『地域医療のススメ』のメンバーたちが,これらPOEMsに相当するであろうものを独断と偏見で紹介していく.

今こそ急性虫垂炎の保存的療法に光を!

 急性虫垂炎に対する抗菌薬治療(保存的療法)に関しては,2012年の時点で“合併症のない急性虫垂炎に対する保存的療法は手術治療に劣らない”というmeta-analysisが出ている.一方で,実臨床の場においては再発,穿孔などの可能性から合併症がない症例でも手術治療を選ぶことは依然として多い.
 筆者自身,急性虫垂炎=手術という認識が強く,また保存的療法が奏功せず穿孔など重篤な病態に至るのではないかという不安から,超高齢者や重大なライフイベントが控えていて保存的療法の希望が強い患者以外は外科に相談することが多い.
 しかし,手術治療へのアクセスが悪い地方の病院に転勤したこと,虫垂が免疫や精神障害に関与している可能性を指摘する研究 7, 8) が発表されていること,COVID-19による医療情勢の変化から,今後も同じ対応でよいのか疑問に感じ始めた.

今回取り上げる論文は これ!

Mahase E:Antibiotics are as good as surgery for appendicitis,study reports.BMJ 2020;371 doi:https://doi.org/10.1136/bmj.m3870(Published 05 October 2020)Cite this as:BMJ 2020;371:m3870 (PMID:33020112

この論文が出てきた背景

 成人の保存的療法と手術治療の無作為化比較試験は過去にもいくつか行われてきたが,重要なサブグループ(とくに,合併症のリスクが高い虫垂炎患者)の除外,サンプル数の少なさ,および一般集団へ適用することの妥当性に関する疑問から保存的療法は選択されにくく,実際2014年まで,アメリカでは急性虫垂炎患者の95%以上が虫垂切除術を受けていた.
 しかし,COVID-19のパンデミックにより,急性虫垂炎の治療における保存的療法が再評価されている.

この論文の概要

 救急科において画像検査で虫垂炎と診断された成人患者8,168人を対象とした.敗血症性ショック,びまん性腹膜炎,再発性虫垂炎,膿瘍形成,フリーエアーや悪性疾患などを示唆する所見を認めた症例は除外した.さらに同意が得られた1,552人(31%)を計10日間の保存的療法,または虫垂切除術(術式は指定なし)のいずれかに無作為に割りつけた.この際,糞石の有無によっても層別化した.
 保存的療法群においては,びまん性腹膜炎や敗血症性ショックなど一定の状態悪化時に手術治療への切り替えが推奨されたが,最終判断は担当医に任された.さらに両群とも,患者と臨床医の意思決定に基づいて治療内容の変更は随時可能であった.
 主要アウトカムは,European Quality of Life-5 Dimensions(EQ-5D)質問票を用いた30日後の健康状態であった.その結果,保存的療法は虫垂切除術と30日後の一般状態において非劣性であった(MD:0.01,95%Cl:-0.001 ~ 0.03).
 副次的アウトカムは,90日以内の虫垂切除術の追加や合併症であった.保存的療法群のうち,29%が90日以内に虫垂切除術を受けていた.とくに糞石がある群では41%であった.
 合併症も虫垂切除群と比較して保存的療法群で多くみられた(RR:2.28,95%CI:1.30 ~ 3.98)が,その多くは糞石がある患者であった.一方で,保存的療法群では多くの患者が救急外来からの直接退院が可能で,平均欠勤日数も短縮できた(保存的療法群5.26日,虫垂切除群8.73日).

この文献のポイント

この研究のよいところ
・既存研究よりも除外基準が緩く,糞石のある患者も含められている.
・虫垂切除術の96%が腹腔鏡下で行われており,近年の腹腔鏡手術の技術向上と主流化を反映しており,実臨床に適用しやすい.
・保存的療法あるいは手術治療という極端なRCTにもかかわらず1,552例も研究に組み入れられており,脱落は1%と非常に少ない.
・COVID-19パンデミック下での治療方法の選択に関して言及されている.
・既存研究よりも除外基準が緩く,糞石のある患者も含められている.
・虫垂切除術の96%が腹腔鏡下で行われており,近年の腹腔鏡手術の技術向上と主流化を反映しており,実臨床に適用しやすい.
・保存的療法あるいは手術治療という極端なRCTにもかかわらず1,552例も研究に組み入れられており,脱落は1%と非常に少ない.
この研究の弱点
・保存的療法群において虫垂切除に切り替えるか否かは,患者と臨床医の判断に委ねられており,必ずしも治療の失敗を示唆していない.
・2011年の文献 9)では保存的療法後,12%が1ヵ月以内に再発するのに対し,29%が1ヵ月~1年の期間に再発しており,30日間の主要アウトカムの観察期間は短い.

この文献が 日常診療をどう変えるか?

 30日後の健康状態が劣らないとはいえ,保存的療法群の3割に対して90日以内に手術治療が施行されており,問題を先送りにするのみとなる可能性がある.
 平時における日本の臨床現場では,入院の回避,欠勤期間の短縮といった保存的療法のメリットに比べ,虫垂炎再発のリスクというデメリットの方が大きく見積もられやすく,依然として手術治療に軍配が上がるかもしれない.
 しかし,COVID-19のパンデミックによって状況は変わりつつある.入院や全身麻酔に伴う患者・医療者双方の新たな感染リスクや,医療資源の限界を鑑みると,とくに糞石や既存合併症のない急性虫垂炎に対する保存的療法は,今までより積極的に検討されてもよいのかもしれない.ただし,再発や合併症により,手術治療が必要になるリスクがあることに関して説明し,増悪時には手術治療に速やかに繋げる必要がある.
 これからのパンデミック時代において,われわれプライマリ・ケア医は患者の病態のみならず,医療資源の状況を考慮して治療を選択することが必要だろう.COVID-19情勢次第では,虫垂切除術は “不要不急の手術”となるのかもしれない.

参考文献
1)Densen P:Challenges and opportunities facing medical education.Trans Am Clin Climatol Assoc,122:48-58,2011.
2)Slawson DC,Shaughnessy AF,Bennett JH:Becoming a medical information master:feeling good about not knowing everything.J Fam Pract,38(5):505-513,1994.
3)The American Academy of Family Physicians Foundation:Top POEMs.
https://www.aafp.org/journals/afp/content/top-poems.html
4)Sidhu D,Naugler C:Fasting time and lipid levels in a community-based population: a cross-sectional study.Arch Intern Med,172(22):1707-1710,2012.
5)Landray MJ,Haynes R,Hopewell JC,et al:HPS2-THRIVE Collaborative Group.Effects of extended-release niacin with laropiprant in high-risk patients.N Engl J Med,371(3):203-212,2014.
6)Cholesterol Treatment Trialists' Collaboration:Efficacy and safety of statin therapy in older people:a meta-analysis of individual participant data from 28 randomised controlled trials.Lancet,393(10170):407-415,2019.
7)Masahata K,Umemoto E,Kayama H,et al:Generation of colonic IgA-secreting cells in the caecal patch.Nat Commun,5:3704,2014.
8)EkstrÖm LD,EkstrÖm H,Dal H,et al:Childhood appendectomy and adult mental disorders:A population-based cohort study.Depress Anxiety,37(11):1108-1117,2020.
9)Vons C,Barry C,Maitre S,et al:Amoxicillin plus clavulanic acid versus appendicectomy for treatment of acute uncomplicated appendicitis:an open-label,non-inferiority,randomised controlled trial.Lancet,377(9777):1573-1579,2011.

※本内容は「治療」2021年4月号に掲載されたものをnote用に編集したものです

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