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    <title>千原徹也</title>
    <description>れもんらいふ代表
アートディレクター
キストーキョー発起人
えるマネージメント顧問
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    <copyright>千原徹也</copyright>
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      <title>映画のレッスンを始めよう。</title>
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      <description><![CDATA[<p name="8188F75D-C113-4D65-BD50-53F426099198" id="8188F75D-C113-4D65-BD50-53F426099198"><br>〜「映画のレッスン」を始めるための方向を探るテキスト。<br> <br>映画のレッスンは、「クリエイティブディレクター／千原徹也」が、<br>「映画監督／千原徹也」になる上での文法を構築する過程。<br>さまざまな映画制作者との会話や映画を観て、読み解き分析する。<br>現在、製作中の新作映画のための「監督ノート」である。<br>メディアで連載する考えてるが、その連載に向けたテストがVol.0である。<br> <br>Vol.0<br>「カンヌ国際映画祭は映画制作者にとって、最高の学びの場」<br> <br>ヒースロー空港に降り立つと、たまたま同じ便に乗っていた映画／ドラマプロデューサーの山田兼司さんと会った。「飛行機で何してました？」「川上未映子さんの原作『すべて真夜中の恋人たち』を読んでました」「あ、同じです笑」という会話がこの旅の始まり。僕たちは、同じ飛行機でカンヌ国際映画祭会場に向かっていた。カンヌ国際映画祭って何かというと、79年に及ぶ長い歴史を持つ、世界で最も権威のある映画賞。いくつかの部門が存在し、その中のコンペティション部門は、最高賞の「パルムドール」を争う最も優れた作品が約２０作品、世界中から選ばれ、集まる。映画を志すすべての人が憧れ、そこに立つことこそが映画芸術そのものの「道」なのだ。<br> <br>なぜ2人が同じ小説を読んでいたかというと、今年のカンヌ国際映画祭、ある視点部門に『すべて真夜中の恋人たち』の映画版がノミネートされていたので、このような偶然が起きた。「偶然」は、ある種映画の大きなテーマであると、この旅の終わりに確信する。<br> <br>今回カンヌを訪れた目的は２つ。現在進行中のクリエイティブディレクターとしての仕事、クライアントを映画祭アテンドするというミッションと、現在進行中である、僕の新作映画「勉強」のためだ。５日間の滞在で、４本の作品を観ることができた。その４本は、千原「監督への道」としてかなり重要な作品になった。「ナギダイアリー／深田晃司」「急に具合が悪くなる／濱口竜介」「姿三四郎／黒澤明」「すべて真夜中の恋人たち／岨手由貴子」の４つ。<br> <br>カンヌの日差しは強くて心地いい。映画鑑賞後、観たもの同士でその映画について話しながらパスタを食べるのは格別。山田兼司さんと鑑賞後、その時間を取ってもらっていた。それは大きな学びの時間でもある。実は、新作映画のプロジェクトが始まって2年半、映画作りの本質、出来事だけでなく文脈をどう捉え解釈するかを映画を観ながら、山田兼司さんに相談しながら、その考えを少しづつ積み上げてきた。その上で会話の意味も少しづつ理解できるようになってきた。ちなみに、この山田兼司さんは、是枝裕和監督×坂本裕二脚本の映画『怪物』や『ゴジラ-1.0』のプロデューサーであり、カンヌもアカデミーも両作品で賞を受賞しているという名プロデューサーだ。<br> <br>パスタを食べながら、見終わった映画『急に具合が悪くなる』と『すべて真夜中の恋人たち』を軸に会話をする。映画は「出来事」じゃなくて「世界観のルール」を最初に植える。例えば冒頭で「鳥のフンが落ちる」急に体調が悪くなるとつながる小さな出来事。人はこれを単なる演出じゃなくて、この世界ではこういうことが起こる人生とはこういうふうに人に訪れる。という世界の法則として見てる。<br>だから真夜中が主体の映画なら「真夜中に孤独な人たちの人生が交差する」「真夜中だからこそ偶然が起こる」「真夜中は＝孤独を表す」みたいなルールを最初からディテールで撒くのだ、と言ってる。この２作は原作がある映画だ。実は次に挑んでいる僕の作品にも原作がある。その意味でもこの映画は勉強になる。ルールと原作の文脈、そこに必要なシーンと演出が「孤独」と「対話」をどう捉え映像にするのか、、、、。観客はストーリーより前に無意識で、「この映画ってどういう宇宙なんだ？」と読んでいる。映像にしたときにそのままはでは伝わらない。原作との距離の作り方には学びがたくさんあった。<br> <br>山田兼司さんが、『急に具合が悪くなる』と『すべて真夜中の恋人たち』を観た上で、素晴らしい演出は役者に行動をさせることではないという話に。「なぜこの場所なのか」「なぜ今なのか」「なぜこの人はこの手を動かしたのか」が、感情と繋がってないといけない。役者はその文脈と理解があると勝手に芝居が立ち上がる。役者は感情を生む機械というより、置かれた条件に反応する存在だからだ。そして、演出はリズム。映画はリズムが全てと言っていい。<br> <br>さらに「祭り縫い（縫い目が見えない縫製）」の話、これが本当に面白かった。デビットフィンチャーが、アーロンソーキンに言った話。縫い目は表からは見えない、でも裏側で全部繋がっている。冒頭で捨てられた小物が、中盤に出てきた会話が、最後に感情の意味を持つ、みたいなことが起きる。観客は気づかない。でも見終わった後に、「なんか全部必然だったな」って裏で感じる。何気ない会話、何気ない行動、何気ない物、全部どこかで繋がっている。だから僕たち製作陣は、脚本を読むだけではダメ、裏側を解読しなければならない。そして演出を考えなければならばい。<br>小説『すべて真夜中の恋人たち』を読んだ。そしてその映画を観た。原作もの映画を作る上で、何が残ったか、何が失われたか、何が映像になったか、比較する。何を足すかではなく、何を絶対に壊してはいけないか。その上で会話から「鬼手」という言葉が出てきた。これはたぶん「決め手」「必殺技」「作家性の核」みたいな意味で山田兼司さんは使っている。言い換えると、この作品を映画にした時、自分しかできない一撃は何かということ。<br>さらに話は面白くなる。多くの人は原作を前にすると、「原作に忠実に」に行こうとする。が、その考えだけでは、全く間違った方向に進んでしまう。でもこの会話では逆に、原作の世界観を読み切った上で、自分の映画言語をどこに差し込むかと言っている。スパイクジョーンズは脚本や作品の「見えてない構造」を読んで映像に変換するタイプで、マークロマネクはスタイルや画面は洗練されているが、原作の根にあるものを映画言語に変換していない、という見方。<br> <br>脚本が、原作を読めてるか読めてないか、映画言語を理解してるかどうか。普通「本を読む」ってストーリーを追うことになりがち。だけどここでは違う。<br>・何が繰り返されているか<br>・何がそこから欠けているか<br>・どんな偶然が起こる世界なのか<br>・言葉の何を恐れているのか<br>・なぜこの場面がこの順番なのか<br>そういう「見えない設計図」。さっき出た「祭り縫い」の話につながっている。表面のシーンじゃなくて、裏側の糸を見る。山田兼司さんは、さまざまなたとえでわかりやくす会話しているが、実際はずっと同じことを言っている。原作を映画化するとは、物語を映像にすることではない。ストーリーだけを追ってはいけない。原作が世界をどう見ているかを映画に変換することだ。そこにずっと戻ってる。<br> <br>パスタを食べ終わり満腹になりつつも、映画監督として与えられたミッションは、まだまだ段階を踏まなくてはならない。日本に帰ってからも原作を分析するだけではなく、映像作家としてどういう文法、いわゆる千原徹也の「鬼手」を開発しなくてはいけない。時間感覚、空気感、カメラの距離、音、夜の扱い、リズム、人物の間、さまざまな部分の構築がこれから必要。カンヌから持ち帰ったものは、賞を取る方法でもカンヌ対策でもなく、むしろその逆、何を狙うかよりも、僕が本当に掘らなくてはいけないものに向かうこと。濱口竜介監督も、深田晃司監督も、岨手由貴子監督も。そして、黒澤明監督も。<br> <br>僕は初め「偶然」は映画の大きなテーマであると書いたが、この2年の間にも、奇跡的な偶然が、映画制作を積み上げるパーツになっている。この「映画のレッスン」という連載は、事実とその偶然をちゃんと残すことで、立ち返れる。思考を整理できる。あくまでも新作映画を最高のものにするためのものとして書き綴っていく。</p><figure data-align="center" name="7156FBE3-154A-4C38-A2C3-F59F841DEF0D" id="7156FBE3-154A-4C38-A2C3-F59F841DEF0D"><img src="https://assets.st-note.com/img/1780275632-gjIxtvCMDF3W7cUfsZdlrqSn.jpg" width="620" height="826" id="image-7156FBE3-154A-4C38-A2C3-F59F841DEF0D"><figcaption>れいのレッドカーペット</figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n42acb09a559f'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 01 Jun 2026 10:03:00 +0900</pubDate>
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      <title>センスの弱点</title>
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      <description><![CDATA[<p name="A8EBCA55-AE05-426A-8CBD-1B3A581F8928" id="A8EBCA55-AE05-426A-8CBD-1B3A581F8928"><br>先日、西野亮廣さんとトークをしていて、僕たちは、なんでも突破できる「センス」があるんだな、という話になりました。<br>実は、この話をしながら僕はかなり危機感を覚えました。<br>「、、、、」話の最中に少し止まってしまった。<br><br>西野さんは全然いい。というかすごい。<br>映画「えんとつ町のプペル２」がなんと<br>ベルリン国際映画祭にノミネートされているし、<br>センスだけではない、積み上げがある。<br><br>先週、自身３冊目の著書「センスのレッスン」を出版しました。<br>センスは技術であり、持って生まれたものじゃない。<br>センスがあればAI時代を乗り切れる。<br>センスがあれば主役になれる。<br>センスがあれば毎日の気づきが変わる。<br>センスがあれば仕事の質が変わる。<br>センスがあれば人生が豊かになる。<br>そんな内容の本なんだけど、おかげさまで少しづつ売れています。<br><br>https://amzn.asia/d/02LC1xYB<br>↑ぜひ買ってね！<br><br>僕自身は、センスがいい！というわけではないが「センス」で人生を乗り切ってきたのかなと思います。<br>小さい頃、田舎で育ち、母と障害者の弟と3人で暮らしていた僕は、何をやるのも、家族が優先でした。<br>自分の夢、自分の将来なりたい職業など、考えたこともありませんでした。<br>「情報弱者」という言葉がありますが、まさに世の中がどう回っているのか、社会はどんな問題があるのか、将来のためにはどんな道がいいのか、そんなことも考える暇もありませんでしたし、周りにも教えてくれる人もいませんでした。<br><br>今、東京に住んで、デザインを武器に様々な企業家、クリエイター、スターと仕事をして思うのは、生まれ持ってその社会の「枠」にいないと、入り口も狭いということ。<br>世の中を動かしている半分以上は、「誰かの息子」です。<br>ある企業の社長の息子、あるクリエイターの息子、ある映画監督の息子、ある芸能人の息子、、、、というように、出会う人出会う人、特に、この人面白いなあ〜、かっこいいなあ〜、スマートだなあ〜と思う人はほぼ100%、「誰かの息子」です。<br>しかもその環境に甘んじず、努力もするし、人としてもちゃんとしてます。<br>なんかこの人、泥臭いなあ〜、やり方下手だなあ〜、でも、素敵だなあ〜って思う人は、大体どこのどいつかわからない、這い上がってきたヤツです笑。<br>僕は後者の方。<br><br>なんとか社会の「枠」に両手両足で踏ん張って這い上がってきた組です。もちろんその姿はカッコよくありません。<br>悔しいです。<br>スマートに行きたい！よ、もちろん。四つん這いで歯を食いしばって汗いっぱいかいて爪の先が真っ黒になって、土の中から這い上がってきたんです。上がり方も、全然知りませんでした。<br>とにかく必死で、そこに辿り着くんだ！と、もがいてきました。<br>先日「千原徹也みたいになりたくないな」とある人にfacebookで言われたのですが、なんでも「必死」を武器に頑張ってきた僕は、<br>余裕がない、不恰好な人に見えるのでしょう。<br><br>僕が28歳の時、知的障害を持つ弟の職場が決まり、少し肩の荷が降りて、自身のことを考える余裕ができました。<br>ようやくそこで上京しました。<br>僕の持っている「センス」は、人の顔色を窺うこと。<br>祖父から養育費をもらって生活していた幼少期から<br>周りの人に笑顔を振り撒く、気に入ってもらう、ということに必死でした。<br>勉強必要とせず、社会の常識も知らない僕にとっては、<br>「かわいがられる」ということが、生きるために身についたセンスでした。<br><br>センスは、生きるための大きな武器です。<br><br>女優で、タレントで、今やイベント、番組、映画のプロデューサーとして活躍しているMEGUMIさん。<br>彼女と初めて会ったのは10年以上前になりますが、初めて会った時に、「誰かの息子」フォーマットではなく、僕と似たような人、という感覚を持ちました。<br>「女優を本気でやりたいんだ」と言っていました。僕もアートディレクターとして駆け出しだったので<br>やりたい仕事が来るには「自分で生み出す」しかないね。という話をしたのを覚えています。<br><br>その後どこかで会うたびに、<br>「最近どお？」「仕事とれてる？」「企画書作った？」「映画やれてる？」「資金集めできてる？」<br>と、お互いの情報を交換するようになりました。<br>2022年、<br>「カンヌに行ってみない？」<br>「何かが変わるかもしれない」と<br>映画監督や女優として呼ばれたわけでもなく、まず、世の中がどう動いていて<br>映画業界の頂点はどうなっているのかを確かめにいく旅に、2人でいきました。<br>この年、僕は「アイスクリームフィーバー」という映画を制作していて、<br>撮影の直前でした。<br><br>僕は何もわかっていませんでした。<br>映画業界の構図、歴史、評価基準、全てが全くの不勉強だったのです。カンヌは、はるか彼方、パルムドールは、宇宙の先にありました。ただ、何をしなくてはいけないかを掴んだ旅でもありました。<br>2023年、<br>初監督作品「アイスクリームフィーバー」は全国９１館で公開になり、台湾、イギリスでも公開されました。<br>そこそこいい評価も得て、僕自身のキャリアにとっても大きなものになりました。<br>MEGUMIさんは、あのカンヌの旅から帰国後、カンヌ映画祭での「JAPAN NIGHT」を主催、Netflixや映画のプロデューサーとして何かを掴み、一気に仕事を開花させていきました。<br><br>が、僕は、、、。気付いたのです。<br>ここまでの人生を、「センス」で乗り切ってきたのだと。<br>辛いことも楽しく変換、<br>好きなことを仕事に変換、<br>届かないところも、別の突破口を探し出し、<br>センスでなんとかしてきたのです。そのことが、よかったのか？という思いにさせられたのがカンヌの旅でした。<br><br>山田兼司という映画プロデューサーがいます。<br>彼と出会ってまだ2、３年ぐらいだと思います。<br>映画「怪物」「ゴジラ-1.0」で<br>カンヌもオスカーも受賞している名プロデューサーです。<br>僕は、運よく彼と「映画」について語り合う機会があります。<br>彼と接しわかったのは、彼のプロデューサーとしての力、映画に対する考え方、分析力は「センス」ではないのです。<br>しっかり積み上げてきた「勉強」の上に成り立っているのです。<br>作家の川上未映子さんと話していても、ようやく最近感じるようになりました。<br>彼女の評価が世界基準なのは、センスなんかではなく「勉強」のもとに積み上がったものなのです。<br><br>50歳にして、勉強をしてこなかったことに気がつきました。<br>しているつもりでした。努力しているつもりでした。<br>できていないことはわかっていて、「センス」を使って目を伏せていたのかもしれません。<br>でもそれは、全く違ったということに最近気がつきました。<br>僕は、センスで毎日を乗り切れていたのだと。<br><br>できちゃうんです笑。<br>そこそこ。<br>会社も作れるし、デザインもできる。雑誌も作れるし、<br>お金集めもできて映画も作れる。トークもできるしDJもできます。<br>本だってかけます。<br>そのセンスももちろん積み上げです。知識から生まれるもので、生まれ持ったものではないです。ただ、いつのまにか身についたものでもあります。映画やファッションや音楽が好きで、情報を追っかけ、足を運んでいるうちに身についたものでもあります。<br><br>それでも、圧倒的にやりたいことを突き詰める勉強は、まだ、まだまだ足りないのです。<br>今の僕のセンスだと、作った映画を１００館で上映することはできても、カンヌは評価しないでしょうし、パルムドールはまったく取れないでしょう。<br>それははっきりわかりました。<br>はっきりわかることがようやくできたのです。<br><br>「ひとつひとつ積み上げる時間」<br><br>「センス」に頼らず、なんでもできちゃう自分をストップさせてみようと思っています。<br>昨年11月、僕のデザイン会社「れもんらいふ」は、デザイナーを雇用しないと決めました。<br>幸いなことに、現状仕事量も減らさず、以前の倍の時間で効率よく仕事ができています。<br>その分、あらためて、ゆっくり本を読んだり、映画を見たり、、、、れもんらいふを立ち上げてから15年、全くできなかった「読み取る」時間をとっています。<br><br>今、企画している映画作品があります。<br>今のペースで行くと2029年ぐらいには完成するかな？笑<br>ぐらいのゆっくりペースです。<br>以前の僕なら、もっと早くできちゃいます。<br>以前の僕なら、とっとと脚本あげて、キャストに連絡して撮影日決めて、配給決めて、公開に向かっているでしょう。<br><br>でも、今、脚本に1年半かかっています。<br>まだかかりそうです笑<br>でも、いいのです。<br>たくさんインプットし、積み上げていくのです。<br>「アイスクリームフィーバー」はDJ感覚で、センスで作った映画です。<br>それも僕です。<br>大好きな作品です。<br>でも、次は、センスに頼らず作りたいのです。<br>新しい千原徹也を見せたいのです。<br></p><figure embedded-content-key="embaba5d24ba36e" embedded-service="external-article" contenteditable="false" name="27862428-C536-493C-A4D7-21F2324812AA" id="27862428-C536-493C-A4D7-21F2324812AA">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget external-article-widget--type_shopping">
<strong class="external-article-widget-title">センスのレッスン</strong><em class="external-article-widget-description"></em><em class="external-article-widget-url">amzn.asia</em><div class="external-article-widget-price">
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 01 Mar 2026 11:28:27 +0900</pubDate>
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      <title>セコムする、かしないか。</title>
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      <description><![CDATA[<p name="DF0E0043-AA23-4D6E-827E-0FD128529D54" id="DF0E0043-AA23-4D6E-827E-0FD128529D54">先日製作した映画のシーンのなかで、アパートの扉にセコムのシールがあることを何度か指摘されました。<br>時代背景や、貧乏という設定の中で、違和感を感じられてしまったのですが、もともとロケ現場にあったので、撮影中にも、一度指摘されたのですが、セコムはこの時代にあるし、貧乏でもセコムしててもいいのでは？と思い、そのまま残したのですが、消しておくべきだったなという反省しております😆<br><br>というのも、意図してないことに、意識が行ってしまい、本来の意図する、ここ気付いてほしい！って言うシーンへの妨げになるからです。<br><br>アートディレクターとしての仕事で、クライアントに広告ビジュアルのプレゼンに行くことがありますが、必ず、意図とは関係ないことを指摘されてしまうことがあります。例えば、そのラフが「街を楽しそうに歩く女性」の絵だとして、奥にあるビルに対し、これはなんていうビル？とか、その女性のポーズや、そのビジュアルの意図をみてほしいのに、全く意図しない部分を指摘されることがあります。が、それは、そのビルを指摘したくなるようなラフがよくなくて、意図する場面だけを見てもらえるようなラフにしなければならなかったということです。<br><br>この映画を観てくれた人と、共有したい場面というのが、「監督」としてあるので、人と、この映画について会話できる短い時間の中では、セコムのシールについて話したくないのです。他に、もっと話したいシーンがあるのに、その時間を減らしてしまうには、あまりに意図がない部分です。<br><br>映画は、見るだけではなく見た人同士が、何がよかったとか、何がよくなかったとか、話し合えたり、考察したりできるところに面白さがあります。<br><br>映画の中で、H2Oの「思い出がいっぱい」が流れるのですが、実は、画面の奥に、漫画「みゆき」全巻が置いてあるのですが、その伏線を指摘してくれた人はまだいません😆<br><br>会話、プレゼン資料、小説、映画、何においても、求めている流れとは違うところを指摘されて、そちらに意識がいってしまい、意図する大事なことが届かない。ということがあります。<br><br>今回セコムのシール自体は、ついていてもおかしくはないが、意図しないことは、外しておくことが、より深く映画の大切な部分を味わってもらえるということがわかりました。<br><br>というか、わかっていたけど、あらためて意識しないとなと感じました。<br><br>次の作品への気づきです。</p><figure data-align="center" name="0E69A20D-41D4-4204-AE1B-DAFCB314616F" id="0E69A20D-41D4-4204-AE1B-DAFCB314616F"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/231586089/picture_pc_90ea46da9d1588331262fffd874ec28e.png" width="620" height="286" id="image-0E69A20D-41D4-4204-AE1B-DAFCB314616F"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n8b3315acc384'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 24 Nov 2025 12:27:40 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/n8b3315acc384</link>
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      <title>人生最高の誕生日</title>
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      <description><![CDATA[<p name="24A0B4BC-56FD-47BD-86E8-49E2AB29DA62" id="24A0B4BC-56FD-47BD-86E8-49E2AB29DA62">子供の頃は、貧乏で母を見ていると、いかに生きることは大変なことなんだと思っていました。<br><br>それがあっという間に50年。人生は短い。あの頃。お母さんが毎日泣いていたあの頃。最近の出来事のように思い出します。<br>昨夜は、僕は50歳の誕生日で、ハラカド屋上を貸し切り、誕生日会を開かせていただきました。誕生日のパーティは何度かやったし、楽しいし、みんなに会えるけど大変。それでも50歳だしなんかしなきゃ、、、！なんて思いながら、なかなか腰が重いって状況だったんだけど、ある日、あ！映画作って上映会したい！って思いついてから、走り出しました。<br><br>「HAPPY END OF THE WORLD」<br><br>という、ピチカートファイヴのアルバムタイトルの引用。僕の中では、世界が終わる、人生が終わるその日まで、この思い出がある限り、まわりに大切な人がいる限り、はっぴぃである。そんな想いを脚本にし、安達祐実さんにすぐに連絡して、企画が決まりました。<br><br>僕のお母さんの話です。<br>母は、毎日しんどそうでした。その姿を見て育った僕の話でもあります。ある日母がいなくなり、自殺を図ろうとします。その日の事は、はっきり覚えていて、もう帰ってこないと思いました。<br>その日の小さなエピソードを映画にしました。さまざまな理由で1回こっきりの上映でしたが、昨日は300人の方が観に来てくれました。<br><br>映画の中で描いたあれは、部落の地域にあるアパートでの話です。<br>道はまだアスファルトではなく砂利、養豚場が近くにあり、夕方になると臭くて外を歩けませんでした。廃棄のラーメン屋に住んだこともあります。そんな母がお金を貯めて、ようやく移り住んだのが、高槻。当時は新しい街という印象。スカイハイツという部屋が3つもある新しい家。借金、仕事、障害者（僕の弟は知的障害者です）の子育て、さまざまな圧力で、まだ30代の母は毎日泣いていました。子供ながらに、もう、僕のことはどうでもよくて、早く家出して、幸せになってほしいと思っていました。<br><br>その後、高校を卒業したころ、近所の印刷工場に内定をもらい、明日から母のために働くよ！と、喜んでもらえると思ってその事を伝えると、やりたい事を見つけろと、私のために働かれたら、あなたの人生が私のせいになる。今まで何をやってきたのか、と言われました。そしてそこからデザインの道に進む事になりました。<br>母が自殺しようとした日の話は、大人になって、東京で働くようになってから、会話の中で知りました。<br><br>ここからは、映画に関係ないですが、昨日スピーチさせつもらった内容です。<br>田舎で育ち、大学もちゃんと出てない僕は、東京という「街」出てくると、情報弱者。コネクションもない。学ぶことの意義や、未来について説いてくれる人もまわりにいません。学歴のある人、誰かの息子、そんな人ばかりが社会を支えている事を身に知らさられます。何も知識のない僕は、アコムで150万借りて、借金しながら東京での生活、母への仕送り、弟の施設探しをして、デザインの新人として働いていました。ここまでやって、今この場があるのは、素直に本心をいうと、ハングリー精神、金持ちやコネのあるやつに負けてたまるかという、理不尽への怒りと、家族のために、、、！という気持ちがあったからです。<br><br>生きるのは大変！と言いますが、今の世の中、死ぬ方が大変。お金がある成功者ほど、「死ぬ」ほど働いて、身を削っています。<br>50までなんとか生きて来れて、素晴らしい友達、仲間たち、家族に出会ってきました。もちろん、僕のわがまま、軽率な判断で迷惑をかけたり、傷つけてしまったりもたくさんあります。今回の映画の中で、泣かせてしまった初恋の人、なぜあんな事を言ったのか、時に冷静な判断ができず、心残りの出来事は、たくさんあります。それでも、ここにいてくれるみなさんには感謝です。<br>今回、お母さんの話をちゃんと形にしたのは、理由があります。5年ほど前ですが、河瀬直美さんに、母の話をしたことがあります。LINEのやりとりでしたが、母から「子供なんか産まなきゃよかった」って言われたことがありますと、この気持ちはどうすればいいんでしょうねと伝えたら、河瀬さんが、あなたは映画監督になりたいんでしょ？だったら、その人生の悔しさ、歯痒さ、寂しさは全て映画にしなさい、と。映画監督は、全てを作品にするのです。それがあなたの人生のミッションです。と、言われました。<br><br>まだ、僕には夢があります。<br><br>これからを、自分のために生きること。誰かのために生きるとか、家族をささえるとかは、実は誰のためにもならない。言われた側の気持ちをわかってない。それをわかっているにも関わらず、誰かのためにとか言って、自分の不甲斐なさを人のせいにして、美化して正当化している。<br><br>僕の今の夢は、いつか自分が作った作品が世界中の人に届き、その事をここにいる家族や、ここにいるみんなと分かち合うのが夢です。<br>先日、上の子が、少年野球をやっているのですが、ホームランを打ったことが嬉しくて、喜んでいましたが、そのあと、チームの1番背が小さくなかなか打てない子が頑張ってフォアボールを選び、その後、ホームインした時に、その子にハイタッチしに行く姿が1番嬉しかった。真ん中の子は、最近漫画を描きたいって言っていて、一緒に描こうって、僕と一緒に出来ることをやろって言ってくれることが嬉しかった。下の子は、毎朝手を繋いでくれます。人から、手を差し出してもらえるなんて、なかなかない。その手の温もりを感じさせてもらっています。その環境は、そのベース作りがあって成立する喜び、わがままな千原を支えてくれている妻は、僕が何がやりたいか、1番理解してくれている。結婚して13年、今1番その理解の大切さを感じています。<br><br>50歳。<br>伊丹十三さんが、映画「お葬式」で映画監督デビューしたのが50歳。今から夢に挑戦できる喜び、それを聞いてくれる、僕のために集まってくれたみなさんがいるという喜び、実は、明日が誕生日の同い年の友達がいました。その友達は、まだまだやりたい事もありながらも4月になくなりました。僕は、その夢までは生きて、その日のためにこれからの人生を一つ一つ丁寧に生きていけたらと思います。<br>今回の映画1986年から、40年経ちました。バカな僕なりに必死で生きてきました。時にバカは、無茶ができる。計算しない行動力でここまでやってきました。生きるのも死ぬのも本当に大変です。<br>それでも1日でも長く生きたいのは、明日も会いたい人がまだいるからです。まだ、夢があるからです。河瀬さんに言われた、これまでの生き方は、まだまだ作品にする人生があります。<br>昨日は、みなさん、忙しい中、千原徹也、個人の企画のために集まっていただきありがとうございました。来れなかった人も、メッセージ、たくさんありがとうございました。そして、この日のために頑張ってくれたスタッフ、運営チーム本当にありがとう！これからも、ここにいるみなさんに甘えて、夢に向かって行きたいと思います。<br><br>歳を重ね、誕生日なんて、死に向かうカウントダウンのようで、あまり好きではなかったけど、昨日は人生最高の誕生日と言える誕生日でした。それは、歳を重ねたからこそ感じれるものなのかもしれません。</p><figure data-align="center" name="2DF237B0-893B-45CA-8635-F3D6ED15E8DA" id="2DF237B0-893B-45CA-8635-F3D6ED15E8DA"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/230885841/picture_pc_10364822918706d94de55522ae5728e3.png" width="620" height="413" id="image-2DF237B0-893B-45CA-8635-F3D6ED15E8DA"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nded602252cdc'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 21 Nov 2025 10:54:54 +0900</pubDate>
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      <title>れもんらいふ14周年。人は、雇わない、雇えない時代へ。</title>
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      <description><![CDATA[<p name="E105AF19-76C8-461F-8B2A-ED7357D56FB4" id="E105AF19-76C8-461F-8B2A-ED7357D56FB4">先日、10月5日で、れもんらいふは14周年を迎えました。<br>古典的なデザイン会社の仕組みからはじまり、時代を読み取りながら、時には積み上げてきたものを捨てることもしながら、なんとかなんとか14年、生き残ってきました。<br><br>デザインの仕事は“もの”や“絵”をつくっているようでいて、実は人と人のコミュニケーションをつくる仕事です。<br>ポスターでもSNSでも、CMでも企業ロゴでも、その先に必ず人がいて、どう届くかを考えるのが僕たちの役割です。<br><br>そして忘れてはいけないのは、デザインの到達地点は、“カッコいい”“オシャレ”なものを作ることではないということ。<br>最終的には、「問題解決」に行き着かなければならない。<br>そこに社会との接点、コミュニケーションをつくらなければ、どんなに洗練されたオシャレなデザインでも、ただの自己満足で終わってしまいます。<br>そのためには、自ら社会との接点をつくりにいくことが必要です。<br>そして、そのためにはやはり世の中を知らなければならない。<br><br>⸻<br><br>花形に見える仕事と、本当に難しい仕事<br><br>デザインの世界では、CDジャケットやドラマのポスターは“花形の仕事”に見えます。一見派手で華やかですが、実は歌詞やドラマの台本があり、被写体も決まっているからこそ、デザインする側は絵を見せるだけでプレゼンが成立します。わりと初めからゴールの共通認識がしやすい仕事です。<br>一方、僕が今、力を入れている地方創生や商業ビル、企業のブランディングでは、そうはいきません。言葉と裏付け、ストーリーを駆使して提案しないと、クライアントを説得できない。考え方そのものを提示する必要があるのです。だれもゴールが想像できていません。<br>おそらく、CDジャケットやドラマポスターのギャラが最安値なのは、そうした与えられる素材やコンセプトが先にあり、主導権はクライアントにあるからです。<br><br>絵を作るだけではなく、社会と接点を持つ「問題解決提案型」のデザインができる人は、本当に本当に少ない。デザイナーがビジネスの上で立場が弱いのは、「絵を作るだけの仕事」と見られがち、（実際ほぼそう）だからではないでしょうか。<br><br>⸻<br><br>数字に出ない仕事のつらさ<br><br>デザインは数字では測れない部分が多い。文字の地詰めやカーニング、世界観──クライアントの要望に応えながらも、自分にしかできない“れもんらいふらしさ”を込めるには、ギリギリまでとことん追い込みたくなる。<br>若いころ僕は、上司と一緒に深夜まで悩み続けるのが当たり前で、その“とことん”を締め切りギリギリまで模索し学びました。<br><br>けれど今は、同じ熱量をスタッフに求めればパワハラだと受け取られてしまう。そう思わない熱意があるスタッフでも無理をすれば心が壊れてしまうこともある。<br>この“見えない努力”をどう伝えていくかが、とても難しくなっています。<br><br>⸻<br><br>僕が見せたい景色と、今の時代<br><br>僕は、僕が見ている景色をスタッフにも感じてほしいと思っています。だからこそ、クオリティの低いものにはGOを出せない。<br>必ず理由を添えて、とことんまでやってもらうようにしています。<br>ただ、その“とことん”が苦痛になるか、レベルアップの糧になるかは、その人次第です。<br>僕の若い頃は、逃げ場がない時代でした。考える暇もないぐらい、パワハラという言葉もなく、たたかれたり、罵倒されたり、徹夜させられ、それでも必死でやりきる中で、死に物狂いでしがみつき、身につけていきました。<br><br>もちろん今はそんな働き方はよくないし、叩くも徹夜もない時代になった。そういう意味では、いい時代になりました。<br>ただ、雇う側は難しい、、、、。厳しくもできません。それ以上に、いかに上司が下手に出て、お願いして動いてもらうか──そんな時代になっています。それすらも逆パワハラになると言われてしまう時代です。<br><br>人を成長させることが本当に難しくなった。もっとがんばれ！が言えないわけですから。諦めて「成長しなくていいから、このパーツだけやってください」という働き方に変わっていかざるをえません。<br>かつて“みんなで成長してきた”れもんらいふで、それはもうできない。<br>いかに人を雇わず、自分で解決できる仕事や、外部のパートナーと案件ごとに組むしかない──そんな社会になってしまったと感じています。<br><br>デザインを知らないデザイナーたち増加中！<br><br>最近は本当に学ばない、デザインを知らないデザイナーが増えました。デザインの仕事をしたいと言いながら、過去の名だたるデザイナーの名前は知らないです。デザインの雑誌も開いたことがないです。なぜこの文字はこうなっているのか、これまでどんなデザインが“良い”とされてきたのか。<br>今の世界情勢、トレンド、ファッション──さまざまな知識を掘り下げないとデザインはできないはずです。けれどそのあたりを小手先の知識とSNS、chatGPT、ピンタリストで見た情報で“わかった気”になってしまう。本物とそうじゃないものの区別がつかない世の中。「いいね」が判断する世の中では、クオリティは継承されていきません。その必要性を説いても、古いとされてしまい、なぜそこまでやらなきゃいけないのかが、伝えれない。<br>結果、その壁を超えなければ、プロではないし、社会につながるデザインには到達できないです。<br><br>様々な人と出会う、歴史やトレンドを追う、社会情勢も学ぼうとすると、途端に“キリがない”と感じるかもしれません。どこかで勉強は止まってしまう。<br>周りの友達に喜んでもらうなら、技術だけでも十分役に立つし、誉めてくれます。そこで満足もできます。そこがゴールも、ありだと思いますが、れもんらいふで働くには、そこがキャリアのゴールと考えている人は、かなり大変という気持ちになるでしょう。<br><br>⸻<br><br>コミュニケーションの壁<br><br>デザインは本質的にコミュニケーションの仕事。でもデザインの現場では、そのコミュニケーションが一番難しい。<br>こちらから声かけないと、自分から声はかけてこないので、「休んでほしい」「クライアントの無理なスケジュールは断っていい」「会社に来なくてもいい」と、何度も伝えているのですが、、、、“クライアントの言うことは絶対”と思い込んでしまったり、一度言われたことを勘違いしてしまったりします。真面目なスタッフは、週末をつぶして働いてしまい、結局疲れ果てて、辞めてしまうことがあります。ゴールは何なのか？を考え、声を掛けれるようになるのは、かなり俯瞰した目が必要になります。<br>相談してもらえたら調整できます。クライアントは、もちろんベストなスケジュールを提示してきますが、私たちは、それを自分たちのスキルや他の仕事などと調整し、しっかり休める、パニックにならない。スケジュールで、再提案し、交渉すれば、ある程度は整理できます。<br>自分から話しかけるのは、相手への思いやりです。常に自分が手間をかけ、相手を楽にするかが、コミュニケーションです。<br><br>先日、ある経営者と話していて、「最近は適応障害や、鬱という診断をうける人が増えた」という話をききました。最近よく聞きます。仕事のオンとオフを切り替えられなかったり、与えられたことに必死になってしまい、どんどん苦しくなっていく──やる気があるのに体がついていかない。自分の中で大変なことに増幅していく。本当はもっと楽しめたり、もっと休みながら進められるはずの仕事も、力一杯戦って、疲弊してしまう。「休んでいい」「わからなければすぐ聞いていい」と、その言葉自体がプレッシャーになってしまう。ある程度、自分に負荷をかけないと、成長は難しい。だが、それの捉え方を「つらい」とだけ解釈すると、すべての歯車が狂う。もうここ2.3年の出来事で、経営者の知り合いみんな悩んでます。僕も、ほんとこの2、3年、コロナ後特に、どうスタッフと成長していくのかわからないなと、悩みがふえました。そうなると、その突破方法が見えない限り、やみくもにもう人は雇ってはいけないと。<br><br>⸻<br><br>おわりに<br><br>人を育てるのは本当にエネルギーのいることです。こちらも大変だし、相手にも踏ん張ってもらいたい。でも、時代が変わる中でその“踏ん張りどころ”を伝えること、伝えることすらも、もう難しくなってきています。<br><br>イチローさんが言っていたように、「指導がパワハラと受けとられる今の時代は、もう自分で自分を厳しくするしかない」のかもしれません。それはある意味、とても大変なことです。<br><br>これまでは“人を育てて、チームを作っていく”ことを前提にしていましたが、これからは人を雇わず、どうプロジェクトごとに最適なパートナーを見つけていくか。人を雇わない、雇えない時代に、れもんらいふも突入しました。<br>残念、、、、、ですが、、、と思わず、もう、その新しい道を模索すること自体が、もしかしたら新しいデザインのあり方に到達するアイデアにつながるのかもしれません。<br><br>れもんらいふは14年。スタートと、かなり時代がかわりました。創業から10年いた永瀬由衣というスタッフがいましたが、彼女が卒業した時点で、時代は変わり、組織ではなく、個人プロジェクトとしてやるきっかけだったのかもしれません。11月末にれもんらいふは、デザインスタッフが全員辞めます。頑張ってもらったし、それぞれ道があるとおもうので、いいことだと受け止めています。これを機に、次の時代の働き方を、まだ周りにいてくれる仲間とともに考えていくしかありません。<br>来年15年目を迎えるれもんらいふがどうなるのか、新しい人を囲うのではなく、新しいクリエイターといかにコラボできるかがキーです。ま、また気が変わり、社員を雇うかもしれませんが、、、。僕自身が、これからの働き方を楽しみにしています。<br><br>問題定義をした形で、どうすんの？みたいな空気になりましたが、15年目も、なんとか試行錯誤しながら頑張ってデザインをしていきます。今いるスタッフは、年内の大きな戦いを一緒に頑張ってくれていて、なんか、いいなあって感じてます。みなさん、千原徹也に、もすこしお付き合いください。</p><figure data-align="center" name="16329D3E-7A92-4E3D-915C-737157B5D5A3" id="16329D3E-7A92-4E3D-915C-737157B5D5A3"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/223198450/picture_pc_0474734ff2244a5be5c92f4bc724aefa.png" width="620" height="413" id="image-16329D3E-7A92-4E3D-915C-737157B5D5A3"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n154bd43954e7'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 19 Oct 2025 00:18:46 +0900</pubDate>
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      <title>日本では、なぜF1が流行らないのか？みんなに知ってほしい国際都市としての危機感</title>
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      <description><![CDATA[<p name="32204775-DAB0-4D90-8694-19458A4B3673" id="32204775-DAB0-4D90-8694-19458A4B3673">僕が、AKIRAやバックトゥザフューチャーに夢中だった、中二病の頃、F1のテレビ中継はスタートした。古舘伊知郎さんの実況「音速の貴公子」「青山一丁目の伝説！」という言葉が好きで、何よりアイルトンセナが大好きだった。河田町時代のフジテレビも憧れのチャンネルだったし、世界の車が戦うということ、世界中を中継が飛び回る。モナコの海岸を走る。HONDAのエンジンが鳴る。マクラーレンVSフェラーリ、というか、セナVSプロストの戦いに目が離せなかった。日本人ドライバー中嶋悟や、鈴木亜久里も応援した。89年の鈴鹿、90年の鈴鹿のセナ＆プロストの接触事故は、今も永遠に語り継がれる事件。毎日のニュースに一喜一憂した。<br>HONDAは史上最高エンジン、V12を開発。まさにF1最高時代、ゴールデンタイムにF1放送があるなど、日本でもセナ人気が沸騰し、F1を知らない人はいないレベルになっていった。93年、HONDAがF1を撤退し、様子が変わっていく。中嶋悟の引退、セナがマクラーレンを離れ、ライバルチームのウイリアムズに移籍。そのあたりから僕自身、F1への興味が薄れていく。何しろ青いマシンに乗るセナを見たくなかった。この頃セナはどういう思いでいたのだろうか。大好きだった本田宗一郎が亡くなり、フェラーリは、シューマッハが居るし、居場所がなくウイリアムズに移籍したように感じた。94年、イモラサーキットで悲劇は起きる。セナが壁に激突死。川井ちゃんや三宅アナ、今宮純さんのコメント「これがモータースポーツであり、それでもF1は続く。受け入れなきゃ行けない。でも、今日だけは、しゃべれる状況ではない」と泣きながら伝えたあの中継を最後に僕は、F1を見なくなって、その年、フジテレビのF1中継も断続的になり撤退。日本からF1のニュースがなくなってしまった。<br><br>それから33年、現在F1は世界的には、最高の盛り上がりを見せている。僕は、2013年、伝説のレーサーニキラウダとジェームスハントの戦いを描いた映画「RUCH」を見たのをきっかけに、もう一度F1再熱がやってきた。2016年「DAZN」がサービスをスタート。F1中継をまた見るようになった。あの頃とは違う、最も強いチームは、メルセデスベンツ、そしてフェラーリ、レッドブルと続く。HONDAが新たにF1に復帰し、レッドブルホンダとして2021年、30年ぶりにセナ以来、レッドブルホンダのドライバー、フェルスタッペンが優勝し、ドライバーズポイントを獲得、メカニックの田辺豊治さんが30年ぶりに表彰台に上がり、日本人も面白い時代が到来しそうな雰囲気になってきたので、その辺りから僕は、F1を毎週チェックするようになっていきました。<br><br>が、<br>日本は、F1が開催される世界24都市の中で、最もF1に興味がない国と言われています。<br>今回noteにF1の魅力をわざわざ書いているのは、スポーツに興味がないというよりも国際都市としての危機感から、今回のnoteを書いています。<br><br>F1はアイルトンセナ時代に一世を風靡しましたが、現在は、地上波での中継どころかNEWSやワイドショーで、話題に上ることすらない状態です。F1は全部で10チーム。<br>ということは1チーム２名のドライバーなので、F1レーサー自体２０人しかいない、メジャーリーグよりも狭き門です。メジャーがアメリカ、セリエAがイタリアというように、各国で開催しているプロリーグとは違い１年間２４試合を世界各地で戦う、スポーツの中でも珍しいワンワールド、世界選手権なのです。<br>そんな世界で行われているスポーツに、日本GPが存在し、しかも、日本人ドライバーがいて、しかもHONDAのエンジンで戦っているという意味においては、とても注目すべきスポーツて言っていいのですが日本人は、全くF1に興味がないのです。<br><br>それがなぜ危機感につながるのかというと、F1は世界の大手スポンサーを背負う最もお金のかかるスポーツです。<br>そのため、世界の企業が一緒に移動し、世界のセレブ、世界のマスコミが集まります。<br>90年代のF1とは違い、ただのモータースポーツではなく、国際都市としての大きな役割を担っているのがF1なのです。ヨーロッパ発祥のスポーツでありながら、アメリカも数年前から力を入れはじめ、ラスベガスでもGPを開催し、スフイアの周りを走り、大きな国際カンファレンスをその時期にあてるなどしていることからもF1誘致がどれだけ大事なことかを表しています。シンガポールは、開催費の７割を負担し誘致しました。しかも市街地を走らせるという最も大変なことをわざわざやることにしたのは、国際都市として世界の注目を集めるためです。<br>（今年は僕は、シンガポールGPにその熱を見に行ってきます！）<br><br>日本は、カンヌ映画祭に行っても感じるのは、世界へのPRをしない国です。<br>国民の声、無駄なお金、ということにとても敏感な国であり、１億2000万人という人口が多すぎで、国内でお金が回り、企業がマネタイズできているので外貨を取ることにとてもウブな国です。そのため、どのアジア諸国からも世界への進出に遅れをとり、世界基準のGDPは下がる一方です。<br><br>F1は、東京に誘致するべきだと思っています。<br><br>大阪万博も、東京オリンピックも必要ないです。F1なのです。<br>東京に年に一度、世界中から注目を集める最も大切な３日間を作れます。<br>国際都市化し、世界の企業が重要な街と感じる必要があります。<br>今はアジアでは、完全にビジネスの拠点はシンガポールです。<br>日本は、ビジネス、ファッション、映画、音楽、スポーツ、すべてのエンターテイメントで世界から注目されていません。<br>（個人が海外で活躍するのは、その国にお金が落ちて日本には影響がないので逆に流出してしまっています）<br>日本で、やっている事は世界で注目されていないのです。というか注目されようとしていないのです。というくらい国内向けに全てやっています。<br><br>鈴鹿が悪いわけではありません。伝統あるサーキットで僕は大好きですが、今日、今、この瞬間も鈴鹿ではF1が行われていますが「好きな人」しか見ていません。世界は、大きなビジネスのポイントとしてF1に注目しています。<br>東京誘致というと、すぐにワイドショーは、無駄なお金と、足を引っ張るでしょう。ブランディングは長く時間がかかります。日本は、長い長いブランディングにより、世界の人が大好きな国になっています。一瞬の成果、打ち上げ花火では、大手広告代理店が打ち出すやり方に乗っ取り、結局何だったんだろう。と、成果を出しきれないのが東京オリンピックであり、大阪万博です。<br>世界の国際都市としての日本にしていくには、その後の大きなリターンを考えたクリエイティブが必要なのです。<br>余談になりますが、ザハのデザインしたオリンピックスタジアムを日本は却下しました。総工費が高いなどで、ワイドショーが囃し立て、世間があれはダメだと烙印を押しました。余りに世の中の人々がテレビの情報で生きていて、なんでも簡単に意見を左右されると感じました。総工費も、世界が推奨するやり方なら安くできたし、千駄ヶ谷のまちづくりとしても、その後、そこに住む人々が、車と人間の歩く階層を分け、憩いの場として機能するプランも盛り込まれていました。その後何にもならない、パビリオンを作るよりはるかに意味があります。<br>しかも、ザハのあのデザインは、100年後も残る名建築として、一生世界から人が訪れる素晴らしい建築でした。大きなリターンがその後も見込めるのに、それを却下した、日本のメディア、日本の世界への知識の至らなさが本当に悲しいです。<br><br>F1は重要な世界コンテンツです。<br>今年は、角田が日本人で初めて上位チーム（レッドブル）の選手に選ばれ、<br>HONDAはまた、来年アストンマーチンホンダとしてF1に復帰します。<br>ますます、目が離せません。<br>そして何よりかっこいい。<br>モナコの海岸沿いを走るマシンの姿は美しい。<br><br>おすすめの映画があります。<br>70年代、伝説のレーサー、ニキラウダと天才レーサー、ジェームスハントの一騎打ちを描いた「RUSH」<br>ラスト、雨の富士スピードウェイのシーンは必見です。<br>また、最近Netflixで配信が始まった「セナ」は、90年代のF1を、そのまま再現した大迫力のドラマで、F1のことが詳しくなります。<br>https://youtu.be/LK3BUX_8Bcw?si=TE-MAANXaF-Fxbsz<br>↑詳しく話してます😆<br><br>さらに、6月には、ブラッドピット主演、映画「F1」があります。F1オフィシャルの映画です。必見です。<br><br>ぜひ、このnoteを読んでくれた人は、<br>F１、まさに今、見てください。<br>明日も鈴鹿でやってますよ。<br></p><figure embedded-content-key="emb5a5083708495" embedded-service="youtube" data-src="https://youtu.be/LK3BUX_8Bcw?si=TE-MAANXaF-Fxbsz" contenteditable="false" name="E0621F32-3798-475B-96E4-4FC5232CE89C" id="E0621F32-3798-475B-96E4-4FC5232CE89C">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-youtube">            <span><div style="left: 0; width: 100%; height: 0; position: relative; padding-bottom: 56.25%;"><iframe src="https://www.youtube.com/embed/LK3BUX_8Bcw?rel=0" style="top: 0; left: 0; width: 100%; height: 100%; position: absolute; border: 0;" allowfullscreen scrolling="no" allow="accelerometer; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share;"></iframe></div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/ne60907045fa0'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 05 Apr 2025 02:15:37 +0900</pubDate>
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      <title>それぞれのRe:DESIGN SCHOOL</title>
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      <description><![CDATA[<p name="3BD7DADC-4303-47AC-843C-C84E797636B5" id="3BD7DADC-4303-47AC-843C-C84E797636B5">「武蔵美を受験しようと思います」<br>我がデザイン会社「れもんらいふ」インターンをしている、<br>ヤーマンこと大山くんから不意に声をかけられた。<br><br>去年僕は、ハラカドという原宿の商業施設に事務所を移し、<br>「原宿で一緒になんかやろう」というキャッチコピーと共に<br>Re:DESIGN SCHOOLというコミュニティを立ち上げたのだが、<br>ヤーマンはそこの卒業生。<br><br>僕が憧れた頃、90年代の原宿は、表参道に面しない「裏原宿」と言われる区域があり、そこに小さなファッションブランドや、ギャラリー、レコード屋、カフェなどがそれぞれの個性を放ち、原宿の文化を牽引していました。<br>その頃の原宿がとにかく好きでした。街歩きによる発見、人とコミュニケーションすることで得られる情報、今でいうSNSが「リアル」に行われている感じが原宿コミュニティでした。<br><br>ハラカドにれもんらいふを移転するときは、そのリアルや場づくりにこだわりました。オープンで、ひらけたデザイン事務所。<br>そして誰でも出入りしやすい装置としてのクリエイティブスクール。<br>原宿をもっとクリエイターが行き交う街に。<br>そんな僕の考えにまんまと飛び込んできてくれたのがヤーマンでした。<br><br>高卒で、一度営業職についていた19歳の彼には、全くわからない世界。<br>たまたまTikTokでRe:DESIGN SCHOOLを見つけやってきました。<br>彼が受講したのは、プロフェッショナルクラス。<br>れもんらいふで、社員と同じように働くというコースです。<br>半年間で受講料80万のコースは、高額のようですが、<br>受講者は、何かを得ようと必死になるし、何より、教える僕も教え甲斐があります。<br>ただ、普通の専門学校で過ごすよりは、はるかに実践的で、撮影現場や、クライアント、時にはアーティスト、モデル、俳優、、、と直接関わり仕事を進めるコースです。<br>昨年は６人がプロフェッショナルクラスを受講しました。<br>企業に勤める人、高校生、主婦。さまざまなキャリアの人が集い、一緒に働きました。<br>ヤーマンは、クリエイティブという仕事を初めて目の当たりにして<br>人生の目標が、だんだん固まっていきます。<br>「千原さんのようなクリエイティブディレクターになりたい」と<br>僕に言ってくるまで、半年もかかりませんでした。<br><br>クリエイティブとは何か、働くとは何か、デザインとは、コミュニケーションとは？様々な角度から現実やプロセスを知り、彼は夢ができました。<br>「もっと、もっとクリエイティブの世界の視野を広げたいから武蔵美に行きたいと思います。学校と、れもんらいふのバイトを両立でやっていきたいです」<br>↑19歳の青年の言葉か？（笑）とお思うくらい、初めと考え方が変わりました。今、彼は、僕のYouTubeの編集＆デザイン、れもんらいふのデザイナーのアシスタントの仕事をとにかく必死でやっています。<br>もちろんスクールの授業の中で、イラレ、フォトショップもしっかり学びますが、「働く」という最前線では、初心者も関係なく、武器を持たされ飛び込んでいかなくてはなりません。時には玉砕し涙を流すことも。<br>そんな毎日を過ごすうちに、ヤーマンは、夢ができたのです。<br>そのエピソードだけでもスクールをやってよかったなと思います。<br><br>そして、彼は、4月から武蔵美生になります。<br>半年前では、考えられなかった人生です。<br><br>スクールで、初めて自分のコミュニティを切り開いた人、<br>今までの人生をリセットした人、もう一度夢にチャレンジする人、<br>自分の仕事にプラスアルファ武器を求める人。<br>様々な思いが８０名集まり、11月に卒業していきました。<br>受講生の小学生の男の子は、記憶が失われていく障害を抱え<br>このスクールの子ども向けコースに通っていました。<br>半年間で、様々なことを学び、彼も夢ができました。<br><br>Re:DESIGN SCHOOLとは、昨年5月に開校した、ハラカド×れもんらいふの共同事業で、仕事終わりや学校終わりに訪れやすい、東京は夜の7時からスタートする、今までなかった新しいクリエイティブスクールです。第１期は、11月までの半年間で、大好評の中、終幕。<br>現在は、第２期生を募集しています。<br><br>グラフィックデザイン、DTM、CG／VFX、映像編集、それぞれのコースを専門的に、半年間かけて学びます。<br>通常専門学校は、「先生」が先生ですが、Re:DESIGN SCHOOLは、実際に現役で活躍するクリエイターたちが講師を務めるので、仕事を一緒に進めるような感覚です。<br>「専門学校」と「社会」の間を目指したのがRe:DESIGN SCHOOL。<br>撮影現場や、クライアント、時にはタレント、モデル、、、と直接関わり仕事を進めていきます。<br><br>「初心者でも大丈夫？」ってよく聞かれますが、<br>初心者も、経験者も同じフィールドで学び、楽しめるのが<br>Re:DESIGN SCHOOLの特徴の一つと言えます。<br>ヤーマンのその初心者の一人でしたが、今では、れもんらいふになくてはならない存在です。<br><br>第２期をやろうと思ったのは、ヤーマンや記憶障害の男の子の存在が僕にとっておっきいかもしれません。<br><br>原宿に対する思いや、思想は強くあるものの、マネタイズするのは本当に大変です。<br>それでもまた今年も頑張ろうと思うのは、またヤーマンのような存在に出会えるという期待値があるのかもしれません。<br>「原宿で一緒になんかやろう」という僕のスローガンは、様々な経験を経て、2年目に入ります。<br>4月17日でハラカドは、１周年。<br>ますます、原宿を盛り上げていくので、その輪の中に入りたい、何か一緒にやりたい！という人は、ぜひ、スクールの説明会で会いましょう。</p><figure embedded-content-key="emb980508c87725" embedded-service="external-article" data-src="https://peatix.com/event/4234925" contenteditable="false" name="5C5F36B9-548E-416B-9571-8B2F815BDE09" id="5C5F36B9-548E-416B-9571-8B2F815BDE09">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget">
<a href="https://peatix.com/event/4234925" rel="nofollow noopener" target="_blank"><strong class="external-article-widget-title">Re:DESIGN SCHOOL　第2期　説明会</strong><em class="external-article-widget-description">Re:DESIGN SCHOOL 専門学校を再デザインする原宿でクリエイターになろう。  東京カルチャーを体現してきた、ア</em><em class="external-article-widget-url">peatix.com</em></a><a class="external-article-widget-image" href="https://peatix.com/event/4234925" rel="nofollow noopener" style="background-image: url('https://cdn.peatix.com/event/4234925/cover-ssm9knB65W1b3UFQ6pYHk3SFak4paXvj.png');" target="_blank"></a>
</div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/ne3aa998fd72c'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 20 Mar 2025 10:15:05 +0900</pubDate>
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      <title>セントラルアパートは始まっている</title>
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      <description><![CDATA[<p name="AB2A6FEE-8EAB-4AF8-A1A1-1AC9BA49F574" id="AB2A6FEE-8EAB-4AF8-A1A1-1AC9BA49F574">ハラカドがオープンしてちょうど1ヶ月が経ちました。実は今、想像以上の面白さを毎日感じています。<br><br>基本的なデザイン事務所の構造を解体し、仕事ができることが大切な空間から、一般のお客様が出入りできる商業空間に身を置き、予定していない事が起きる場所、まわりに他の会社、テナント、仲間がいる事、原宿の交差点という一等地にあること、そんな、デザイン事務所には必要なかったことすべてが、新しいデザイン事務所、新しい「デザイン」そのものを作ることができるのではないかと期待しています。<br><br>「ハラカド」というあたらしいアートディレクション<br><br>2024年4月17日11時、原宿のあの交差点に、ついに「ハラカド」はオープンした。<br>その日は、不安と期待が入り混じり、その場にいたいような遠くに逃げたいような気持ちでした。（実際に大阪にいました笑）<br>ジョージルーカスが、スターウォーズ公開日に不安すぎてハワイに逃げていたという、その感覚。<br>思い返すと、このビルに関わるようになって5年が経っていました。<br>「どんなビルになればいいのか一緒に考えて」<br>そんな言葉で、喫茶檸檬という喫茶店を富士吉田という街で一緒に企画した、永谷亜矢子さんから誘われた時は、まさか、商業ビルの中にデザイン事務所を構えるなんて全く思っていませんでした。<br><br>実は「ハラカド」が建つ前、この場所にあったビル、コープオリンピアアネックスは奇跡的に「れもんらいふ」創業の地です。<br>この交差点は、70年代に「セントラルアパート」という、タモリさん、糸井重里さんなど<br>クリエイターが事務所を連ねるアパートがあり、原宿のカルチャーを牽引する僕のあこがれの聖地でもあります。<br><br>「セントラルアパートをもう一度作りたい」<br>ビルに関わるなら、何をするべきか？僕の中で、徐々に解像度が高まっていきます。<br>通常の商業ビルは、人気のテナントが入りますが、原宿という土地柄、街のカルチャー、文化を継承するには「クリエイターが集う」ということが重要と考えました。<br>学生時代、関西に住んでいた頃から、深夜バスで原宿を時々訪れ、ギャラリーや洋服屋、レコード屋などをまわり、そこにいる雑誌で見かけたことのあるクリエイターの姿に憧れていました。原宿は、クリエイターが集う場所というイメージがありました。<br>セントラルアパートの喫茶店、レオンで、川久保怜さんと山本耀司さんが交流したことで、のちに世界に黒の衝撃が広がったり、広尾にあった細野晴臣さんのご実家（HOSONO HOUSE）と呼ばれたその場所は、自然と、音楽好きが集まり、大瀧詠一さん、松本隆さんなど様々な人の交流が、エイプリルフールを作り、はっぴいえんどが生まれて行ったように、自然に文化、カルチャーが発生するには、クリエイターが自然に集まれる場所をつくらなくてはいけないと考えました。<br><br>そんな思いを東急不動産さんにぶつけ、<br>「僕がここに事務所をかまえて、クリエイターがあつまる場所をつくります」<br>と、れもんらいふというコンセプトショップをプレゼン。<br></p><figure data-align="center" name="893A1987-E86A-48F0-A0CB-3D5240CCF3FA" id="893A1987-E86A-48F0-A0CB-3D5240CCF3FA"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/140851131/picture_pc_ee2ac93c136d6eda92f59df2469428b9.png" width="620" height="436" id="image-893A1987-E86A-48F0-A0CB-3D5240CCF3FA"><figcaption>3年前に提案した、初期のれもんらいふイメージ</figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n5da19d37914d'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 16 May 2024 22:43:06 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/n5da19d37914d</link>
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      <title>今夜はブギーバック</title>
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      <description><![CDATA[<p name="B7D2B99C-C6EF-44AD-A8A4-B99AFE57CA4E" id="B7D2B99C-C6EF-44AD-A8A4-B99AFE57CA4E">待ちに待ったブギーバックの時間は中盤にやってきた。<br>小沢健二さんが、「デモテープ聴こうよ」<br>って言って、会場に流れたのは、31年前に小沢健二さん家で撮ったブギーバックのデモ音源。<br>夜中なので「寝てる彼女を起こさないように歌っている笑」<br>このテープをスチャダラパーに渡して、ブギーバックは生まれた。<br>「小沢くん、よくこんなの置いてあるね笑」<br>BOSEさんとのやりとりの中、不意に小沢健二さんがブギーバックを歌いはじめた。<br><br>この曲をはじめて聴いたのは94年のこと。<br>LIFEの中でも初めは好きな曲じゃなかった。<br>何度もLIFEを聴くうちに、その心地よさと、歌詞の「その頃の僕ら」とか「しみたーっ」とか、「ロマンスのビッグヒッター」とかとか、体に染み込んでいく感じで、、、ドアをノックするのは誰だ？の走り出したくなるからつながるこの曲が、こころのベスト10になって行った。<br><br>「なくなくない？」<br>を30年経って、<br>みんなで合唱できるなんて思わなかった。<br><br>その頃の僕、18歳の僕がフラッシュバックする。LIFEを買った日、京都の街、友達、原宿を歩いた日、、、<br>今日のこの日を焼き付けておきたい。<br>そんな時間だった。そのまま「強い気持ち強い愛」に流れ、飛び上がった😭<br>涙と笑顔と、もう何とも言えない心地いい感覚。<br><br>かつて、こんな気持ちになったライブはあっただろうか。<br>やはりLIFEが30年経ち、人生が30年経った。その長さが今日の感覚をつくっていて、<br>帰り道の公園通りにあふれる光は、僕の人生に魔法をかけていたんだと。<br><br>小沢健二さんに挨拶に行き、<br>僕の肩をたたいて、次のライブも、絶対きて！って無邪気に話す姿は、どこまでも憧れの人だった。<br></p><figure data-align="center" name="E545CE56-DF28-44A7-B8F6-E5FC7C727A5D" id="E545CE56-DF28-44A7-B8F6-E5FC7C727A5D"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/138643055/picture_pc_1442f3c74f6563ee41212fa2233b2ae5.jpg" width="620" height="826" id="image-E545CE56-DF28-44A7-B8F6-E5FC7C727A5D"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n0838234e2a13'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 27 Apr 2024 14:12:06 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/n0838234e2a13</link>
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      <title>ＣＸがやって来る！</title>
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      <description><![CDATA[<p name="7E6583C8-C4E9-4926-8170-6DA5D68F3469" id="7E6583C8-C4E9-4926-8170-6DA5D68F3469">個性を耕す（cultivate）のは、カルチャー（culture）の力。<br>それは、企業としての「個性」であり、同時に働く人たちの「個性」でもある。<br>企業はカルチャーを育むと同時に、それぞれのかがやく個性を耕す土壌であるべきだ。<br> <br>なんて言葉からはじまりましたが<br>最近、ビジネスで感じていること、<br>伝えていきたいことをインタビューしてもらいました。というのも、この度、<br>Tokyo Culture Labという新しいプロジェクトを立ち上げました。企業に、カルチャーをインストールするという新業態です。<br>4月1日から始動します。<br>そこに、ＣＸという新しい言葉が出てきます。<br>ＣＸ（カルチャートランスフォーメーション）とはなんなのか、ぜひ、最後まで読んでください！<br><br>千原：<br>あと数年経てば、今人間が手掛けている仕事の９割はAIに取って代わられます。そうなった時、人間に求められるのはアルゴリズムによる数字ベースのマーケティングではなく、感覚や情緒に由来する独創的なアイデアを出す力。その柱となるのが“カルチャー”だと思っています。<br> <br>これまで僕は広告や映画の世界で、新しいクリエイティブをつくり続けてきました。“千原徹也らしい”表現を追求することで、マーケティングのロジックにはないアイデアを生み、クリエイティブジャンプを起こす。その土台となるのが、今までに僕が培ってきたカルチャーの力です。文化・文脈を学び、発想の中へ取り入れ、表現に織り込んでゆく。結果的に、それがカルチャーを継承しつつも、新たなカルチャーをつくることにつながっています。<br> <br>カルチャーは数値化できないために、今の日本社会では軽んじられています。特に、ビジネスの領域ではその価値を測ることが難しい。ただ、考えてみてほしいのは人が生きてきた価値は果たして数字で表現することができるでしょうか？AI時代だからこそ、数字で表せないことがいかに重要なのか、今一度見直す必要があります。<br> <br>「かけがえのない存在に」<br> <br>千原：<br>セオリーやマニュアルは「替えが効く存在」をつくるための合理的な方法でした。それは効率的な生産性には必要なツールだったことに間違いはありません。ただ、これからの時代は人間よりも遥かに優秀なAIがその領域を担っていくことになるでしょう。人間に求められることは、独創性。替えることも、欠けることもできない。誰にも代替できない。そういう「個性」を育てていくことです。<br> <br>それは、企業でも同じことが言えます。たとえば、同じ商品を取り扱っている会社が５社あった場合、顧客はどの評価軸で判断するか。また、就職において若者たちは働きたい会社を何で選ぶのか。それは、企業理念や文化といったブランディングの領域ですが、平たく言えば「その会社がイケてるかどうか」ではないでしょうか。<br><br>僕は、ここでは、肩書きをCCO（チーフカルチャーオフィサー）と名乗っていきます。<br>企業のクリエイティブを統括するCCOではなく、<br>カルチャーを統括する人です。<br>CCO（チーフカルチャーオフィサー）の役割は、カルチャーの重要性を伝え、企業をイケてる会社にしていくこと。東京カルチャーやクリエイティブを融合させて、独創性のある企業文化を育みます。独自の文化と文脈を育む歴史的な企業にしましょう。<br> <br>「世界で通用する企業であるために」<br> <br>千原：<br>映画上映のためにウィーンを訪れた時、現地の人たちとの会話の中で僕が原宿に事務所を移す話をすると、日本を訪れたことのある方に「原宿だと同潤会アパートが素敵ですよね」と言われました。既になくなってしまった旨を伝えると彼は驚き、「日本はどうしてそんな文化価値のある建物を簡単に壊せるんだ？」と訊ねました。<br> <br>ウィーンには今もなお300年前の建物がそのままの状態で残されています。寺院には画家クリムトの作品が飾られ、日常から子どもたちは彼の芸術作品に触れることができる。それは、日本の美術館で特別に北斎展や若冲展を開くこととは少し違います。暮らしの延長線上に、歴史や文化が息づいている。「街の文化の中で生活をしている」という意識があれば、人々の心に文化を尊重し、守ろうとする気持ちが芽生えます。<br> <br>また、ヨーロッパでは日本とは違いシネコンで映画を観ることがスタンダードではありません。街の映画館がそれぞれに世界中から新旧様々なエンターテインメント作品や芸術作品を集め、特集を組んでビジネスを成立させています。隣町の映画館と同じことをやっていると「この映画館だからこそ」という特色が出ません。そこで生まれる一つひとつの工夫が個性となって映画館の魅力となります。結果的に、子どもの頃から幅広く映画作品に触れることができ、街の人たちが文化を養うことにつながっている。<br> <br>対照的に、日本には全国にシネコンがあり、各地で同じ作品が毎日上映されています。つまり、「日本中、誰もが同じ作品だけを観ている」ということ。どうしても個性が育まれづらい環境になっています。<br> <br>また、作品自体もマーケティング戦略によってつくられているものが主流。製作委員会制により、いかに利益を上げるかに重点が置かれている。日本マーケットの中での知名度の高いアイドルが主演に選ばれたり、脚本も世界のスタンダードより、日本のドラマ的なつくり方が採用されています。わかりやすさを追求した結果、鑑賞者の想像力を掻き立てる要素は排除され、どこまでも説明的になり、幼稚な内容に収まってしまっています。その土壌の中で、果たして優れた感性は育つでしょうか？<br>もちろん、素晴らしい作品もあることも前提です。<br> <br>効率性を追求した経済の在り方としては、正しい手法なのかもしれません。ただ、今後AIが人間の代わりになる世の中では、それが本当に正しい方法なのかをあらためて考える必要があります。<br> <br>今の原宿の子どもたちは、同潤会アパートさえ知らない。自分の街の歴史すらわからないライフスタイルが果たして良いのでしょうか。エンターテインメントだけでなく、個人や企業、そして日本の将来のためにも今こそ“カルチャー”を育むことができる仕組みづくりが必要です。<br> <br>「自分の文脈を持っていないと、AIに負ける」<br> <br>千原：<br>みんなと同じことをしていたとしたら、僕は広告の世界で生き残ることはできませんでした。常に世の中を俯瞰で見て、周囲との相対性の中で独自の表現を追求していく。それが僕の生存戦略であり、“千原徹也”という個性を育んできました。<br> <br>映画づくりも同じです。日本マーケットの仕組みや、多くのクリエイターの“常識”に囚われていたとしたら、僕は勝てなかった。自分にとって大事なこと、作品にとって大事なことを追求したことで、他の人とは違う場所に辿り着くことができました。<br> <br>2023年に公開した『アイスクリームフィーバー』では、90年代のピチカートファイヴ、コーネリアス、小沢健二などの渋谷系が好きで、この映画のリズムに取り入れたいと思ったのは、ある意味で、文化的な作業でした。マーケティングの観点から見れば、それらの音楽を扱うことは何の意味もありません。今トレンドになっているアーティストの楽曲を主題歌にした方がわかりやすく大きな反応は得られるでしょう。ただ、それらは僕の人生の文脈には関係がありません。つまり、僕ではない他の誰かがやっても同じということ。<br> <br>マーケティングとは全く関係ない判断ができてこそ、僕にしかできない表現が生まれる。視野を広げて世界を見ることで、フレームの中で戦うのではなく、外から別のモノを持ってきたり、あるいは全く新しいフレーム自体をつくってしまう。世の中のしきたりやセオリーではなく、自分の歴史を重んじること。だからこそ、『アイスクリームフィーバー』は生まれました。<br> <br>その力がなければ、この先のビジネスマンは生き残っていけなくなるでしょう。なぜなら、数字で弾き出せる回答はAIが代わりにやってくれるから。カルチャーの力、自分の人生の文脈を仕事に融合させることができなければ、会社に所属する価値はなくなります。<br> <br>Zoomで会話ができる。業務はAIがやってくれる。リモートワークとアルゴリズムの社会になった時、社員たちは「この会社にいる意味とは？」という疑問と向き合うことになります。そこで、自分が20年、30年かけて人生で培ってきた文化をアイデアに取り入れることができる人が、そして、それらを育むことができる「イケてる」企業こそが生き残っていける社会になっていくでしょう。<br> <br>時代は、DX（デジタルトランスフォーメーション）から、CX（カルチャートランスフォーメーション）へ！<br>Tokyo Culture Lab のサイトで、ぜひより詳しい事業内容をみてみてくださいね！<br><br><a href="http://tokyoculturelab.com" target="_blank" rel="nofollow">http://tokyoculturelab.com</a></p><p name="CD09503B-82FB-41BD-B49F-0F52391453D3" id="CD09503B-82FB-41BD-B49F-0F52391453D3">追記：<br>何かをチョイスするときに、そこに自分の文脈、カルチャーが入っているかどうかを意識します。<br>友達とご飯に行くときに選ぶレストラン、オフィスに置く家具、毎日歩く道、すべてを自分の好きなもの、自分の人生に関わって来たもので選べているかどうか。<br>今、世の中はとてもとても過保護です。<br>食べログ、ランキング、YouTube、TikTok、すべてが行動を決めてくれます。<br>体験や文脈から生まれた「自信を持った選択」ができない時代です。<br>数字が決めてくれる、周りが決めてくれる、AIが決めてくれで、<br>そちらが正しいと言われます。<br>ただ、まわりにいる経営者陣、成功者と言われる人たちは、<br>やっぱり、自分の自信あるジャッジができている人ばかりです。<br>自分自身のカルチャーで、未来を切り開いています。<br><br>CX、今こそ、一緒に取り組んでいきましょう！<br></p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nd12b3e5380f3'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 26 Mar 2024 23:46:23 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/nd12b3e5380f3</link>
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    <item>
      <title>僕は、デザインができます。</title>
      <media:thumbnail>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/126284615/rectangle_large_type_2_0360c22f4ae6da9920d7fa23d95c8bee.jpg?width=800</media:thumbnail>
      <description><![CDATA[<p name="FD532D37-4340-4A49-BC51-93BFD7A6F96B" id="FD532D37-4340-4A49-BC51-93BFD7A6F96B">12年、れもんらいふが続くなんて、スタート時は思いもしませんでしたが、がむしゃらに毎日やっていたら、あっと言うまでした。<br>今年、ロゴを一新しました。<br>「れも　ん　ら　いふ」と、余白のあるロゴです。<br><br>ロゴを変えようと思ったのは、映画を始めた時でした。<br>デザインができることとは、広告やCDジャケット、パッケージなどあくまでもデザイン。それ以下でも以上でもなく、そう思ってきたし、そう学んできたし、そうしたかったし、それが楽しかったので、面白いデザインとは何か？それだけを考えてきました。<br><br>映画「アイスクリームフィーバー」は、はじめての「ジブン」の作品です。<br>企画、制作、資金集め、監督、その全てに取り組み、2023年7月14日に4年の制作期間をかけて公開されました。<br>公開された日から、デザインとはまったく違うことが起きたのは、「反応がある」ということでした。<br>いくらいいデザインができたと思っても、デザインだけでは、その「デザイン」自体が取り上げられて、拡散され、意見を言われることなんてことはありません。<br>あくまでも主役は、商品であり、アーティストであり、デザインは、そのお手伝いです。<br>もちろん、作品の一部であり、コラボや、個展や作品集の場合は主役になることもあるし、大切なパーツですが、デザインに注目する人は、本当にごく少数です。<br><br>映画は、公開日からSNSやYouTubeなどさまざまなメディアで毎日、「いい」「わるい」が飛び交います。<br>戸惑いと、驚きの日々でしたが、どの意見に対しても、はじめてものづくりをした感覚と生きているという実感を感じました。<br>今、作品は、世界を回っています。2月にはイギリスで公開されます。デザインをしているだけでは、そんなことは考えられない出来事です。佐藤可士和さんと対談した時、作品を発表するという恐怖で寝れないということが今まであったか？という話でもりあがりましたが、僕は映画で初めて寝れないを経験し、佐藤可士和さんは、佐藤可士和展でそれを初めて経験したと言っていました。<br><br>じゃあ、デザインはあくまでもサブなのか？<br><br>それは違うと、より感じるようになりました。<br>僕の映画は、デザインをやってきたからこその映画です。吉岡里帆さん主演ですが、もう一人の主役はデザインです。<br>デザインのチカラは、映画に新しい可能性をあたえました。<br>https://note.com/chiharatetsuya/n/nfb573f2cbbfa<br>↑それについて詳しくはこちらのノートを。<br><br>デザインは、絵作りだけでなく、何かを変えたり、何かを生み出すチカラがあるのです。<br>僕自身が、映画制作を経てから、デザインに対する考えや、向き合い方も変わっていきました。<br><br>デザインは、もっともっと可能性がある。<br>デザインは、絵作りだけじゃない。<br>デザインは、世界を変える力がある。<br><br>そう信じて、<br>来年は、新しい取り組みを2つスタートします。<br>一つは、ハラカドに移ることを機に、<br>Re:DESIGN SCHOOL<br>「専門学校を再デザインする」という<br>スクールをスタートします。<br>今までなかった、プロと交流する<br>デザイン、CG、映像編集、UIUX、DTMを学ぶ専門スクールです。全くクリエイティブを知らない人も、学生も、違う仕事の人も、今クリエイターの人もだれでも学べるスクールです。<br>1月末に、詳しい内容を発表します。<br>とても多くのクリエイター、アーティスト、企業が参加し、原宿で、もう一度カルチャーの波を起こしたいと思います。<br><br>もう一つは、「CX」という新しい企業への提案です。DXの波の次にビジネスに必要なものは、CX（カルチャートランスフォーメーション）と定義づけました。すべてがデジタルでできる社会、AIがマーケティングする社会のなかで、本当に人間と企業に必要なものは、「かっこいい」とか「イケてる」とか、数字では表せない、カルチャーなんだとおもっています。そのカルチャーを企業にインストールする事業をスタートさせます。<br><br>どちらも映画を作ったからこそ、デザインを俯瞰し、デザインが何を次にやるかを考えるようになり、たどり着いた考えです。<br><br>2024年<br><br>新しいロゴになった、れも　ん　ら　いふ。<br>すでにたくさんの人に声がけし、新しい取り組みはスタートしていますが、もっともっと、さまざまなジャンルのみなさんの力が必要です。<br>れも　ん　ら　いふの、余白を一緒つくりましょう。<br><br>僕は、デザインができます。<br>それを武器に、これからも戦っていきます。<br></p><figure embedded-content-key="emb8f2466ce6f06" embedded-service="note" data-src="https://note.com/chiharatetsuya/n/nfb573f2cbbfa" contenteditable="false" name="46788BE4-8127-475E-9E96-8910913641C5" id="46788BE4-8127-475E-9E96-8910913641C5" data-identifier="nfb573f2cbbfa">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-note">            <iframe class="note-embed" height="98" scrolling="no" src="https://note.com/embed/notes/nfb573f2cbbfa" style="border: 0; display: block; max-width: 99%; width: 494px; padding: 0px; margin: 10px 0px; position: static; visibility: visible;"></iframe>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n933fad9c20aa'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 01 Jan 2024 01:21:13 +0900</pubDate>
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      <title>今日は創立記念日</title>
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      <description><![CDATA[<p name="14535AB0-0095-449A-B44C-26DE17E8BA2E" id="14535AB0-0095-449A-B44C-26DE17E8BA2E">れもんらいふができた日から１２年がたちました。まさかウィーンでその日を迎えるとは思いませんでした。<br>今日は、このあとウィーンの映画祭でアイスクリームフィーバーの上映があります。<br>まだ何も自分の仕事というものがない１２年前の僕からすると想像出来なかったことが起きています。<br>2011年10月、原宿の神宮前交差点、今はなきコープオリンピアAnnexの2階、 PRCという代理店の間借り、ふた席から始まったれもんらいふ。初のアシスタントは、大井佳名子さん。社長としてもアートディレクターとしても未熟な僕を支えてくれました。次に入ってきたのは鳴尾仁希さん。大阪から上京しやってきました。その2人は今は、それぞれの道で立派なアートディレクターになっています。さまざまな大きな仕事をしています。思えば創業2ヶ月後のれもんらいふの忘年会は、そのメンバーたちと、前の事務所のアシスタント4人、原宿六畳一間、畳ボロアパートの我が家、小さなこたつでやったのを思い出します。そして2012年の春、まだ学生だった永瀬由衣さんが入ってきます。このメンバーがれもんらいふの骨格をつくり、共に戦っていくのです。<br>ZUCCaや、キャロウェイ、ファッションブランドのカタログ制作から始まったれもんらいふは、雑誌装苑の表紙、Zoffの広告、舞台のポスター、映画のポスター、アーティストのCDジャケットと、ものすごい勢いで仕事の幅が広がっていきます。2017年には、桑田佳祐さんのアルバム「がらくた」のデザインまで到達します。<br>がむしゃら、という言葉が相応しい。とにかくがむしゃらに仕事と出会いの幅を広げ、いつのまにかクリエイティブを育む大切な仲間が出来上がっていき、東京カルチャーのど真ん中に立っていました。<br>桑田佳祐さんの仕事、僕の夢を見届けた永瀬由衣さんが、自分の夢を追うため2022年退社します。僕も次の夢、映画監督を志します。まさにその時期はコロナ禍でした。<br>仕事は止まり、デジタルの波とコロナの渦でデザインの仕事の質も変わっていきます。紙のデザインの時代ではない。永瀬由衣さんが辞めたタイミングで、れもんらいふの第1期は終わったように思います。<br>がむしゃらから、しっかりの時代へ。<br>徹夜して、終わったら飲みに行って、社員旅行して、また徹夜して、、、今思うと楽しい日々でした。永瀬由衣さんという存在と、僕との間にあったのが、がむしゃられもんらいふでした。２人で積み上げた空間こそが、れもんらいふだったようにおもいます。<br>今、れもんらいふは、デザイナーがいません。事実上僕1人です😆<br>ずっといてくれる経理の鈴木と僕だけです😆<br>近年のれもんらいふを支えた佐藤百実さんが9月末で退社し、すこし休んでみようと思いました。<br>映画というプロジェクトもありました。アイスクリームフィーバーを作るという4年半は怒涛でした。新しいことに取り組む楽しさと苦しさ、映画という巨大な商業構造の中で悩み、なんとか7月14日に、公開という答えをだしました。<br>セオリーを崩す、作り方を変える。お金より面白さ、そんなことを目標にし、１２年やってきたことをアイスクリームフィーバーにぶつけました。そして、その答えは、正しかったのか、間違っていたのか、まだわかりません。<br>2作目、3作目と作り上げて、時が経てばアイスクリームフィーバーとはなんだったのかが見えてくると思っています。映画は今まで作ってきた広告のようになくなりはしません。ずっと育まれていくと思っています。<br>今日の上映がまた映画の未来を変えるのです。<br><br>来年2024年春、れもんらいふは原宿神宮前交差点、新しい商業施設「ハラカド」に場所を移します。偶然なのか必然なのか、そこは、れもんらいふ創業の場所です。<br>しっかり、と書きましたが、12年の間に家族もできて、1人の身体ではなくなりました。<br>今、僕の精神やれもんらいふを支えているのは家族です。奥さんのアドバイス、環境づくりや、子供たちの存在です。<br>がむしゃら時代に培ったものは大きい。ただ、またがむしゃらに戦うのも違う。培ったことを活かす、新しいれもんらいふを目指さなくてはいけません。<br>12年で育まれた仲間たち、技術、結果、デザインは僕の財産です。それをまた育みながら、活かしていくフェーズです。<br>今日創業日、渋谷から遠く離れたこのウィーンで、迎えることができたのは何かの暗示。客観的に、れもんらいふを見つめ直すいい機会です。<br>10月10日からまた新しい戦いがはじまります。<br>未知のプロジェクトにも挑戦します。<br>新しい仲間が3人加わります。<br>楽しみでしかありません。<br>また新しいれもんらいふを作る気持ちです。<br>みなさん、ここからまた一癖も二癖もある、れもんらいふを楽しみにしててください。</p><figure data-align="center" name="FD4E32C9-281F-421D-814A-8443BB547450" id="FD4E32C9-281F-421D-814A-8443BB547450"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/118071269/picture_pc_2cf5ae59fc9bf035e75d8b9d316a6746.png" width="620" height="439" id="image-FD4E32C9-281F-421D-814A-8443BB547450"><figcaption>創立記念パーティ、レスリーの乾杯</figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/ned8401bf31ab'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 05 Oct 2023 14:21:40 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/ned8401bf31ab</link>
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      <title>京都、映画、青春</title>
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      <description><![CDATA[<p name="6D9A435C-B128-4596-8154-9008A1320140" id="6D9A435C-B128-4596-8154-9008A1320140">昨日は、京都みなみ会館で、<br>アイスクリームフィーバーのトークイベントをしました。<br>僕は20代をみなみ会館の近く、七条大宮ですごしました。まだ何ものでもない、不安だらけのカルチャー男子。<br>京都のレコード店、カフェ、古着屋、映画館、食堂、クラブをウロウロして、毎日を過ごしていました。<br>みなみ会館は、週末によく行っていました。</p><p name="AF1D7FDB-1E5B-4D40-98C4-202677FB9E23" id="AF1D7FDB-1E5B-4D40-98C4-202677FB9E23">ある日、京都のレコード屋さん、ZESTで田中知之さんを見かけ、心臓の音が聞こえるぐらいドキドキして、声をかけてサインをもらいました。<br>嬉しくて、ずっとその話を周りの人にしていたことを思い出します。<br><br>今思えば、その瞬間からこの仕事を一緒にすることが決まっていたような気がするのです。<br>あの日声をかけていなかったら、今日はない気さえします。<br>アイスクリームフィーバーは音楽映画です。<br>田中知之さんの曲と、登場人物のセリフがやさしく融合しているのです。<br>「人生はやさしくつながっている」<br>二十の頃の僕、あの不安とカルチャーにまみれた僕に、この映画を見せたいのです。<br><br>いつかあなたはこんな最高のコラボレーションをする日を迎えるのだと。</p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nd34a7f15a85c'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sun, 27 Aug 2023 14:31:38 +0900</pubDate>
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      <title>映画作りの正解と不正解</title>
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      <description><![CDATA[<p name="A0E7F4EA-23BB-4737-89FE-420C2017A6A0" id="A0E7F4EA-23BB-4737-89FE-420C2017A6A0">映画作り自体、何度も悔し涙を流す大変な作業でしたが、公開してからも大変！<br>アイスクリームフィーバーは、現在公開中！<br><br>いわゆる日本の映画のセオリー、お金の集め方、スタッフの集め方、人が見てくれる広告の展開、人が見てくるキャスト、人が見てくれる脚本、人が見てくれる撮り方、マーケティングの勝ち方のセオリーを勉強し、それを壊していく作業をやりながら制作したので、とても時間がかかり、かなりご指導もいただいたし、違う！という意見もかなりもらったが、ずっとずっと作りたかった映画を、自分がやりたかった内容とやり方で戦いたかった。少しでも気を抜くと、周りの意見＝正解、に流され、まったく違う映画になってしまう。ファッションのコラボや音楽のコラボも、通常の映画の宣伝とはまるで違う。ポスターもまったく違う。画角、カメラ監督、段取り、すべてが違うことに不安も覚えつつも、一点の曇りも、自分への嘘もなく上映にこぎつけれたことは本当によかったと思う。<br><br>公開されて1ヶ月近く経ち、やり方として正解か不正解かで言われると、現時点では興行としては、まだまだ正解と言えないが、評価は予想以上によかった。違うやり方を、違うと気づいて楽しんでくれる人が以外に多かった。鼻で笑う人もいるけど、オシャレ、色が綺麗、という感覚も「伝わるのかな」と思っていたけど、伝わっていた。90年代感、王家衛、渋谷系などを散りばめサンプリングしたことも感覚的につたわっていたが、何より嬉しかったのは、内容やセリフの意図が伝わったことだ。モノローグなどの説明セリフはすべて排除し、音楽に置き換えたし、わかりやすく人が成長したり涙を流したりするシーンも入れなかった。セオリーに反した不正解を見た人が楽しんでくれたことが嬉しかった。キャストやスタッフからも、この今までとは違うやり方の映画に関われて嬉しかったと言う言葉をいただいた。<br>フィルマークスで平均3.8、これは10年後に評価される作品、うもらせてはいけない作品、こんな映像をとれる監督が日本にも現れた。と、たくさん、映画の意図を理解してくれる言葉をたくさんいただいた。<br><br>ただ、初監督、予算、後ろ盾、PRの戦略の壁はあつく、映画館にもなんの宣伝ツールもないし、初日から劇場の期待値は、朝と夜の2回。など、なかなか厳しいものがあるが、公開されて、内容には自信がついたし、まだまだロングランを続けて海外にもこの感覚を理解してくれる枠を広げて行きたい。少しづつ口コミで劇場へ足を運ぶ人も増え、おっきなTOHOシネマズは終わっていきますが、渋谷シネクイント、アップリンクなど、ミニシアターはまだまだ増えるし頑張って行きたい。55年の歴史に9月で幕をおろす思い出の地、京都みなみ開館も上映が決まった。トークイベントや新しいビジュアルなどでミニシアターらしいコミュニケーションをはかって頑張っていきたい。みなさんもぜひ、時間があれば映画館でみてほしい。</p><p name="B18AFBF8-A0BA-4993-9FB2-CEC08A68159A" id="B18AFBF8-A0BA-4993-9FB2-CEC08A68159A">最終目的地は、もっとたくさんの人に映画をみてほしい。この考え方や面白さを知ってほしい。新しい作り方で届く、大ヒットまでいきたい。でも、まだまだ、その目的地は遠いです。みんなに映画の面白さ、映画の可能性、新しいことへの挑戦の意味。知ってほしいです。</p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n69df51c67ed7'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 05 Aug 2023 09:39:02 +0900</pubDate>
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      <title>映画公開日に感じた、「やさしくつながる」とは</title>
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      <description><![CDATA[<p name="30976EA0-D969-45B2-8D89-B16A3A4BE326" id="30976EA0-D969-45B2-8D89-B16A3A4BE326">今朝は岡山にいます。昨夜は、アイスクリームフィーバーの初日舞台挨拶でした。500人の前でフラッシュをあび、自分が作ったものを見てもらうなんて、本当にすごいことで、何がおきているのかわからない、実感すらない、そんな感じです。私事ですが、昨夜は、母、弟、家族、友達、お世話になった人、大切な人がたくさん見にきていました。振り返ると、1人で家族を養う母と障害を持つ弟と、ずっと本当に大変な人生でしたが、その経験や、思い出がアイデアになり、この作品に生きています。「わたしたちの人生は、やさしくつながっている」と、キャッチコピーに書きましたが、この映画の内容もまさに、それぞれ悩みを持つ人たちの人生が、遠くで関係なくはじまりますが、だんだんアイスクリームのように混ざり合い、やさしくつながっていきます。昨日舞台挨拶に登場してくれた、キャストの吉岡里帆さん、松本まりかさん、詩羽（水曜日のカンパネラ）、スタッフのみなさん、原案の川上未映子さん、主題歌の吉澤嘉代子さん、さらには小沢健二さん、それぞれの出会いも、映画の内容と同じことのように思います。公開初日の朝、実は「君たちはどう生きるか」を観てきました。比べるのは烏滸がましいと思いますが、やはりこの作品も、登場人物のそれぞれの思いが繋がっているんだなと、近い想いを感じ、それと同時に終わった瞬間に、宮崎駿監督が最後に伝えたかったことはこれなんだと想うと、涙があふれました。その日に僕のデビュー作が公開になるなんて、それもまた人生はやさしくつながっているのかなと思います。やはり最後は、人を思いやる気持ちなんだとおもいました。人と人を思いやり、愛する気持ちが、やさしく人生をつないでいるんだと感じました。宮崎駿さんには足元にも及びませんが、これからその想いを繋いで行きたいなと決心した日にもなりました。松本まりかさんが、舞台挨拶で涙を流しました。言葉にできない想いと、個々を思いやる、認め合う世の中にと、泣いていました。あの涙は、この映画の想いを体現しているなと感じました。山下達郎さんの言葉をSNSで「よくない、言ってほしくない」と言ってましたが、僕は山下達郎さんの歌に何度も泣かされ、勇気をもらいました。それぞれの言葉や考えは、切り取られるものではなく、長い長い人生の積み重ねや、その人しかわからない裏側があるはずで、お互いの意見を攻め合わない世の中になったらいいなと思います。この映画は、「言葉にできない」というのも大きなテーマです。川上未映子さんが書いてくれた台詞に、「言葉にできないということは、今の所、この素敵さは、私だけのものということだ」という言葉があります。今の世の中は、言語化できる人が素晴らしいとされ、白黒はっきり物が言えないと、許されない世の中です。そんな中で、「感じる」という人間の根底にもつ、なんとなくやわらかな感覚を、文字通り、感じてほしいと思い作った映画です。なんか違うな〜とか、なんかよかったナとか、余白のようなものをセリフとセリフ、ビジュアルから感じてもらえればうれしいです。昨日舞台挨拶に集まってくれた皆さん、今日から、この映画を見てくれた皆さんが、映画から何かを感じ、やさしくつないでくれると幸いです。僕の人生で出会った人がつないでくれた、僕の初めての映画、アイスクリームフィーバーをぜひよろしくお願いします。今日は、岡山、大阪、京都で舞台挨拶します！たのしみ！</p><figure embedded-content-key="emb03f3ba227ea0" embedded-service="external-article" data-src="https://icecreamfever-movie.com/sp/" contenteditable="false" name="53A9AA01-BE3B-4339-9F70-21E0407F55E9" id="53A9AA01-BE3B-4339-9F70-21E0407F55E9">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget">
<a href="https://icecreamfever-movie.com/sp/" rel="nofollow noopener" target="_blank"><strong class="external-article-widget-title">映画『アイスクリームフィーバー』</strong><em class="external-article-widget-description">映画『アイスクリームフィーバー』吉岡里帆、モトーラ世理奈、詩羽(水曜日のカンパネラ) 、松本まりか / 監督:千原徹也 原</em><em class="external-article-widget-url">icecreamfever-movie.com</em></a><a class="external-article-widget-image" href="https://icecreamfever-movie.com/sp/" rel="nofollow noopener" style="background-image: url('https://icecreamfever-movie.com/images/ogp.jpg');" target="_blank"></a>
</div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/ne9d30ec75757'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 15 Jul 2023 10:39:05 +0900</pubDate>
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      <title>世界は、人生は、やさしくつながっている</title>
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      <description><![CDATA[<p name="9CDBD37B-0B9B-4528-A80A-31319798608F" id="9CDBD37B-0B9B-4528-A80A-31319798608F">映画の企画をスタートした時<br>アイスクリームフィーバーで伝えたいことって<br>なんなんだろうって考えたことを思い出しました。<br><br>先日０号試写と呼ばれる、<br>キャスト、スタッフ等、関係者のみの初上映があり、<br>終わってから挨拶をしてくださいという話で<br>何を話そうかなと思って考えていたら、<br><br>「人生はやさしくつながっている」<br><br>というワードを思い出しました。<br>初期の頃に相談していたチームと<br>この映画の初めのプロットを見て会話した言葉でした。<br>劇中で、吉岡里帆さん扮する菜摘と、松本まりかさん扮する優は、実は知り合いではありません。<br>でも、お互いにおきる出来事が遠くで共鳴して、その先の自分の行動に繋がっていきます。<br><br>人生はそんなことの連続のように思います。<br>昔、「ifもしも」というドラマがありましたが、<br>もし今日僕が、拾うはずのタクシーを拾わなければ、そのタクシーを誰かが拾って<br>その人の何かが変わっていたかもしれない。<br>この映画も、吉澤嘉代子さんや川上未映子さん、吉岡里帆さんとそれぞれ<br>出会った時は、その「点」がつながり映画になるなんて考えてもいない。<br>それぞれが偶然で、必然に繋がっていく。<br>プロデューサーやスッタフとの出会いも、やさしくつながって今ここがある。<br>映画の中身も日常も同じ軸の延長上にあり、全てがやさしくつながっている。<br><br>この映画を観た人も、そんな気持ちになってほしい。<br>朝起きて、今日はアイスクリームフィーバーを観るから、どんな服を着ようかなって<br>少しでもそう思った瞬間からこの映画とやさしくつながっていて、<br>観た帰りにパンフレットを買って、カフェでそれを読む。<br>サントラを買う。家にポスターを貼る。その全ての行動が映画とつながっている。<br><br>この映画はエンタテイメントを提供する「与える」作品ではないです。<br>観る側の日常と繋がる、体験の延長にある映画です。<br>菜摘も、佐保も、優も、タカコも、美和もつながっています。<br>東京の空の下、この世界の中で、菜摘の行動が明日の自分の行動につながっているのです。<br><br>今回、エンディングテーマを小沢健二さんにお願いしました。<br>「春にして君を想う」という98年に発表された曲です。<br>一昨日公開した、「春にして君を想う」バージョンの新しい予告ぜひ見てください。</p><p name="B7C573CB-EFA4-4C48-8DF2-727768B1628D" id="B7C573CB-EFA4-4C48-8DF2-727768B1628D">https://youtu.be/YyLPLAsG3pE</p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n91fc9c1cf7ea'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 23 Jun 2023 04:41:01 +0900</pubDate>
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      <title>アイスクリームフィーバーはどんな映画か</title>
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      <description><![CDATA[<p name="006DE2A6-3806-42BB-A048-6715BD5F00F3" id="006DE2A6-3806-42BB-A048-6715BD5F00F3">今の若い人たちは映画にたいして、<br>どんな原体験があるんでしょうか。<br>配信の世の中になって、<br>どこにいても小さな画面で<br>映画が見れる時代に、映画館の思い出ってどんなものがあるんでしょうか？<br>２倍速で映画を見るとか、最後から見るとか<br>心が苦しくなるエピソードをよく耳にします。<br><br>90年代僕が20代を過ごした時代には<br>街に映画館がたくさんありました。<br>今のようなシネコンはほとんどなく<br>「単館」と呼ばれる小さな映画館に並び、<br>パンフレットやポスターを買って帰る、<br>その帰りにレコード屋に寄ってみる<br>という流れが映画の原体験でした。<br><br>アイスクリームフィーバーを発想したときは、<br>「あの」時代の感覚の映画を作りたいという思いがありました。<br>超高性能なエンタテインメントを浴びるというより「映画体験」。<br>そんなことを具現化、言語化できないかなと。<br><br>今の映画ももちろん大好きなものもたくさんあるんですが、とてもよくできているものじゃないと見てもらえない。<br>出演者、ストーリー、全てがお客さんファーストというか、子供から大人まで、都会から田舎まで、ヒットを前提とした映画が良いとされている気がします。<br>邦画は、「大切な人が死ぬ」「社会的問題」「ホラー」「サイコパス」「殺人」と、最近はダークなものがとても多いです。<br>明るいのは、アイドルが出ている「学園恋愛もの」。<br><br>90年代は、<br>「意味がわからない」「おしゃれ」「スタイリッシュ」「感覚的」「おいてかれた」なんて言葉で<br>映画を見終わった時に、「面白かった＝＝＝！」とか「感動した！」ではない、<br>感覚的に「なんかいいね」みたいな映画がたくさんあったように思うのです。<br><br>今回映画制作にあたり僕の会社「れもんらいふ」ではなく、<br>「I SCREAM FILM」という制作プロダクションを作りました。<br>アイスクリームではなく、「私は叫ぶ」です。<br>今の映画の傾向や、面白いってこういうことだ、とか、配信とか、製作委員会とか<br>パンフレットってこうだよねとか、宣伝のやり方とか、ポスターのデザインとか<br>その全てに「ちょっと待って」って叫びたいというか。<br>それが全ての映画なら僕はちょっと考え方変えたいなというか。<br>興行収入や今の時代を考えるとできないことたくさんあって<br>製作委員会があるから出資者に従う、なんてこともちょっと違う気がしていて。<br><br>アイスクリームフィーバーは、どんな映画ですか？<br>ってよく聞かれます。<br>ジャンルがないというか、、、<br>大きくくくると「ラブストーリー」なのかもしれません。<br>それぞれの気持ち、人を思う気持ち、自分の心にあるものが<br>繋がっていき、未来を形成していきます。<br><br>吉岡里帆＋モトーラ世理奈＋詩羽（水曜日のカンパネラ）のパート。<br>松本まりか＋安達祐実＋南琴奈のパートにわかれた<br>オムニバスのような映画です。<br>コーンの上にのっかったダブル（二つの話の）アイスクリームが<br>だんだん溶けて一つになっていくような話です。<br>人が死ぬシーン、号泣するシーン、がなくても成立するというか<br>もっと毎日の中で起きている小さな事ってドラマチックなんだよって<br>気づいてもらえるような映画にしたかったのです。<br><br>「あの夏の、たった一瞬の夕立のような<br>いつか忘れてしまう、小さなラブストーリー」<br><br>というキャッチコピーを予告に書いていますが、<br>映画という一瞬で流れて次の映画が始まって、消えていく記憶というか、<br>どんなに夢中になって好きになった人がいても、いつか忘れてしまう儚さ、<br>それでもその経験が心の中に小さく残っていて次の行動、その後の人生に影響していく。<br>そんな体験ができる映画になればいいなと思っています。<br><br>僕は90年代、「恋する惑星」や「黒い十人の女」「パルプフィクション」「あの頃ペニーレイン」「スワロウテイル」<br>など、単館と呼ばれる映画館に足を運んで観た映画が、少なからず今に影響しています。<br>その頃見た心に残っている映画は、なぜか感動したわけでもなく、めちゃくちゃ面白かった！というわけでもないです。でも、ずっと残って影響している。それはなんで？？<br>なんて問いをずっと探しながら作った映画が「アイスクリームフィーバー」です。<br><br>公開しないと答えは出ない事なのかもしれません。<br>４年間ずっとこの映画と向き合って、何を作っているのかわからなくなってきます笑。<br>ヒットするのかしないのか、誰かの心に残るのか、何も感じないのか<br>あとは、観た人が育ててくれるものなのかなって思います。<br>でも、<br>毎日怖いです。<br>悪夢を見ます。<br>どうなるんだろう、みんな見てくれるか？など<br>ずっと心が締め付けられている感覚です。<br>デザインという仕事をしていると、こんなプレッシャーを感じた事なかったです。正直。<br>デザインは、あくまでも真ん中にある商品の「友達」という存在。<br>CDジャケットもアーティストが主役だし、広告も商品が主役、<br>先日佐藤可士和さんと対談したのですが、可士和さんが言っていたのは、<br>僕はあくまでも「友達」だと。<br>例えば、ユニクロの社長の柳井さんに好きな人ができた時に<br>「何を着ていくのか」「どこで食事するのか」など一緒に考えて背中を押す存在、って例えてました。<br>佐藤可士和展を国立新美術館でやった時に初めて、心が締め付けられる感覚を覚えたって言ってました。<br>こんなすごい人でもそんな感覚に心が押されるんだなと、「同じ気持ち！」って少しホッとしました。<br><br>公開まであと３ヶ月です。<br>作品は完成しています。<br><br>パンフレットや、グッズ、コラボ商品、イベント、ライブ、テレビ、雑誌、舞台あいさつなど<br>映画と連動した企画に取り組んでいます。<br>映画館でどう楽しんでもらえるか、毎日考えています。<br>単館の映画館で感じた「映画体験」は、作品だけではなく<br>映画館に行くこと自体の原体験にあると思います。<br>ゴダールの映画なんかは、観にきている人もおしゃれで<br>僕も、ギャルソンとか着て笑、気持ちを上げて映画館に向かった記憶がある。<br>そこで買う、パンフレットやポスターもデザインが素敵で、<br>インテリアとして部屋に貼ったりしていた。<br>映画を見るということだけではなく<br>アイスクリームフィーバーという体験を楽しんでもらえたらなと思ってます。<br><br>先日、<br>MAと言われる作業の中で、初めてこの映画を大画面と５.１chという音響で見ました。<br>それまで編集作業はずっとパソコンの中だったのですが、<br>びっくりするぐらい感動してしまった笑。<br>音が大きいとか、画面が大きいということはとても特別なことなんだなあと。<br>「映画館」という価値というか、配信の世の中の中で、あの箱の中で映画を見るための環境づくりは、<br>実は大事なことだったと気付かされました。<br>なんか、かなりグッときました笑。我ながら。<br><br>だから、映画館で観てほしい！って思いました。<br>興行とか、映画館に行こうキャンペーン！とかそういいうことではなくて<br>全然映画館で観た方がいい！って思いました。<br>ダイナミックな表現やCGをたくさん使った映画ではないですが<br>アイスクリームフィーバーは「音楽映画」でもあります。<br>田中知之さんのDJのサウンドとというか、音声と音楽をmixしたような編集になってるし、<br>吉澤嘉代子の主題歌、BGM、エンディングテーマに至るまでライブのように楽しめます。<br>これは５.１chという音響で観るのと、パソコンで観るのとでは全然違いました。<br><br>で、<br>結局どんな映画なの？<br>って思われるかもしれませんが笑<br>タランティーノのパルプフィクションに僕の中では近いです。<br>どこから始まってどこで終わるのか、<br>誰が主役で誰が脇役なのか<br>恋愛映画なのか、女の子の成長ものなのか<br>そんなことも見る人によって感じ方が違うのではないかと思っています。<br><br>１００人いたら１００人が同じ体験をする<br>体験を「与える」映画ではありません。<br>SNSの社会の中で「共感」が社会の定義であるなら<br>わかりやすい映画がヒットするのでしょうが、<br>観た人のきっかけ、あとはみんなの心に委ねるというか<br>そんな映画があってもいいのかなって思います。<br><br>先日、<br>クランクアップ以来、吉岡里帆さんに会う機会があり<br>「めちゃくちゃ面白かった！」って言ってもらえました。<br>編集がとても良かったから、撮影中にはわからない<br>面白さがたくさんあったと。<br><br>めちゃくちゃ嬉しかったです笑<br>思惑通りではなく、そういう感覚なんだなと。<br>一人一人反応が違うし、<br>こう感じてほしい！とかはあえて決めてません。<br>ここがいい！とか、ここが泣けるとか、ぞれぞれ１００人いたら１００人違う<br>そんな映画です。<br>偶発的な反応を楽しみたいと思っています。<br><br>予告も意味がわからないかもです笑。<br>https://youtu.be/amxyQIfyOm8<br>↑予告です！<br>「切なくも爽やかな余韻を残す」って書いてくれた人がいたけど、<br>ほんと、映画見終わった時にこう感じてくれたらそれこそが<br>この映画を作った「思惑」なのかもです。<br><br>ゴールデンウィーク明け<br>5月9日はアイスクリームの日です。<br>また一つ情報解禁があります。<br>6月にもびっくりな情報公開があるので、<br>ぜひ、アイスクリームフィーバー体験を<br>公開まで楽しんでもらえたらと思います。<br><br>観てほしい！</p><figure embedded-content-key="emb70d5df23db78" embedded-service="youtube" data-src="https://youtu.be/amxyQIfyOm8" contenteditable="false" name="B2D08CF6-4764-465D-AA41-84A1AB3A4A70" id="B2D08CF6-4764-465D-AA41-84A1AB3A4A70">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-youtube">            <span><div style="left: 0; width: 100%; height: 0; position: relative; padding-bottom: 56.25%;"><iframe src="https://www.youtube.com/embed/amxyQIfyOm8?rel=0" style="top: 0; left: 0; width: 100%; height: 100%; position: absolute; border: 0;" allowfullscreen scrolling="no" allow="accelerometer; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share;"></iframe></div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n7e6ad6589873'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 04 May 2023 11:21:02 +0900</pubDate>
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      <title>アイスクリームフィーバー、デザインのこだわり</title>
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      <description><![CDATA[<p name="597E03B1-6D69-419F-B8AA-C3521FB4872C" id="597E03B1-6D69-419F-B8AA-C3521FB4872C">昨日解禁になった特報は、<br>僕が監督しています。<br>「千原さん、予告はどこに発注しますか？」と聞かれて、え！？監督がやらないの！？って思ったと同時に、そこに「作業」を感じてしまいました。<br>自分がお腹を痛めて産んだ子供の教育を他の人に任せるなんてできないし、そこにすら、見たことない感覚を持たせたいと思うのは当然。<br>この特報は、みなさんのアイスクリームフィーバーの初見になります。<br>このイメージが公開まで、<br>映画の世界を引っ張っていくので、大切な存在です。<br><br>ポスターも僕がデザインしています。<br>「ポスターのデザインはさすがにやられますよね？」って言われて😂<br>僕は、グラフィックデザイナーでもあるので、今までも何度かたのまれて、映画のポスターデザインをしています。<br>ただ、新しいアイデアや僕がやることの意味をもたせるのが難しいジャンルのお仕事です。<br>出演者のパワーバランス配置位置、文字の大きさなど、かなり制約があります。<br>面白いアイデアよりは、宣伝チームの宣伝しやすさが重視され、ほとんどの映画が同じようなデザインになります。<br>斎藤工さんがある邦画のポスターを酷評したように、真ん中に主人公、左右に脇役、タイトルが斜めにあがる手書き文字。内容がある程度わかるキャッチコピー。<br>ほとんどが同じフォーマットにハマっていきます。<br>最近のテレビ番組も、あざとくて何が悪いの？が流行ったので、ほとんどの新番組のタイトル文字がピンクと水色のカラーです。<br>いかに、新しい考え方を生み出そうというよりは、「作業」になっているということです。<br>世の中に夢や感動やセンスを産むエンタメのデザインがそれでいいのか？という思いは、どのジャンルに対してもあります。<br>もちろん、すべてのものがそうという話ではないですが、、、。<br><br>今回、アイスクリームフィーバーは、<br>通常宣伝チームがつくるポスターのセオリーを壊しています。顔がだれかわかりづらい、顔に文字がかかっている。カタカナ表記がない。意味がわからないキャッチコピー。<br>そうではなく、ただ、なんか面白そう。<br>この映画なんか見てみたい。という意識を目指してます。<br>アメリカにA24という映画制作会社がありますが、今1番人気で面白い映画を作ると言われている会社です。<br>僕はこの映画会社の「なんか気になる」の秘密は「デザイン」にあると思っています。<br>映画の世界観の中にちゃんとデザインの個性を持たせていることがわかります。<br>面白い映画を目指すのはもちろん、もう一つ何をプラスするなら「デザイン」の力だと思います。<br>デザインは、どこにでも目に入る空気のように存在するので、重要視されにくいジャンルです。<br>映画だけではなく、TikTok、youtubeの世界の中でもデザインのクオリティを意識したものはすくないです。<br><br>ただ、僕はデザインで人の視点が変わったり、視野が広がったりできると思っています。<br>この映画のポスターには、そんな思いを乗せています。<br>ぜひ、その意図、世界観も楽しんで欲しいです。<br><br>ちなみにこの映画のために、書体もデザインしました。<br>アイスクリームフィーバーFONTです。<br>A〜Z、数字からすべて作りました。<br>これからさまざまなものに反映されて、<br>映画の世界を1つにしていくので<br>ぜひ書体も楽しんで欲しいです。<br><br>そして助監督から編集作業までマルチにこなす奥田啓太くん（ぶんちん）は、クリエイティブに対し、すべてにプロフェッショナルかつフレキシブルで、感覚を理解してくれて本当に助かっています。<br><br>映画は総合芸術と言われます。<br>作ってみて感じたのは、<br>フィルムのなかで起きることだけが総合芸術ではなく、広くはお金の集め方、デザイン、PR方法、グッズ制作、公開までの準備、すべて含めて総合芸術なんだと。<br><br>これからも、まだまだこの芸術にうもれたいです。<br>公開は７月１４日。<br>ぜひ劇場でみてほしいです。</p><figure embedded-content-key="emb7da905eef952" embedded-service="external-article" data-src="http://icecreamfever-movie.com/" contenteditable="false" name="1CE6D83D-B6DA-47E1-ABE1-E0407522F375" id="1CE6D83D-B6DA-47E1-ABE1-E0407522F375">    <div class="fude-iframe-container">        <div class="fude-iframe-container-external-article">            <span><div class="external-article-widget">
<a href="http://icecreamfever-movie.com/" rel="nofollow noopener" target="_blank"><strong class="external-article-widget-title">エックスサーバー サーバー初期ページ</strong><em class="external-article-widget-description"></em><em class="external-article-widget-url">icecreamfever-movie.com</em></a><a class="external-article-widget-image" href="http://icecreamfever-movie.com/" rel="nofollow noopener" style="background-image: url('https://assets.st-note.com/poc-image/manual/production/note_empty_ogp.svg');" target="_blank"></a>
</div></span>        </div>    </div></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/na81db2123307'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 01 Mar 2023 02:54:31 +0900</pubDate>
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      <title>アイスクリームフィーバー、7月14日公開決定</title>
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      <description><![CDATA[<p name="E43E13F3-5C5B-4556-8CA9-32C7F2C9EB2A" id="E43E13F3-5C5B-4556-8CA9-32C7F2C9EB2A">ついに今日、僕の初監督作品、<br>映画「アイスクリームフィーバー」の特報が解禁になった。<br>とてもドキドキして、<br>何十年も前に、初めてデザインしたものが世の中に出た時のような感覚だ。<br>この日が来るまでどれだけ待っただろうか。<br>1年の中で何万って邦画が公開されて、簡単に何かが生み出されているみたいだけど、こんなに大変なことはないというぐらいその1本にはさまざまな人の思いが重なっている。</p><p name="1F036091-AE56-4D6A-A5CB-5B3EB4308AA8" id="1F036091-AE56-4D6A-A5CB-5B3EB4308AA8"><a href="https://youtu.be/bLkPGvhpL2k" target="_blank" rel="nofollow">https://youtu.be/bLkPGvhpL2k</a><br>↑特報<br><br>この特報が完成したとき真っ先に<br>原作の川上未映子さんに見せた。<br>「いーやん！めちゃくちゃいい！」と<br>すぐに返事をいただき、何がいいかと言うと<br>「みんなの思いが重なってるのがわかる」と<br>言ってもらえた。そんな嬉しいことはない。<br>プロデューサーも、スタッフも、出演者も、家族も、友達も、積み上げてきた思いが初めて形になったのがこの「特報」で、この日を本当に楽しみにしていました。<br><br>吉澤嘉代子さんがこの映画のために書き下ろしてくれた主題歌「氷菓子」は、<br>本当に素晴らしい曲で、この曲を今日発表できることも本当にうれしい思いです。<br>何年前にオファーしたかは覚えていませんが、<br>僕の初監督作品に吉澤嘉代子さんの主題歌を使うのは２人の夢でした。<br>本当にそんな日が来るのかわからない、なんの保証もされていない「口約束」が、本当に長い年月を経て実現しました。<br><br>半年ほど前のこと、<br>中央道を車で走っていたら、この曲のデモが<br>LINEで送られてきました。<br>歌詞に、この映画への思い、その日までのさまざまな思いが詰まっていて、運転しながら涙を流し、涙で運転できなくなったので、車を路肩に止めて思いっきり泣きました。<br>吉澤嘉代子さんは、この楽曲に毎日毎日、本当に長い間向き合ってくれました。<br>僕の言葉、インタビュー、シナリオ、アイスクリーム、さまざまな方向をリサーチしながら悩み、生み出してくれました。<br>こんな素晴らしいプレゼントを受け取ることができ、この曲は、僕の人生の宝物です。<br>はやく、フル尺で聴いてもらいたいです。<br>今日の発表にあたり、吉澤嘉代子さんが書いてくれたメッセージがあります。<br><br>千原徹也監督へ<br> 「僕が初めて撮る映画の主題歌を書いてほしい」と言ってもらえた日から幾年が経ったでしょう。届かなくても叶わなくても、映画への 愛を熱しつづけるその姿をずっと見てきました。 いざ歌をつくるとき、最後には真夜中のれもんらいふでひたすらひらめきを編む貴方を浮かべていました。 人生は優しく繋がっている、私もそんな歌を書きたかったのです。何でも持っていそうだから何も渡せなかった千原さんにやっとプレゼントができました。<br>吉澤嘉代子<br><br>このように、<br>映画というのは、さまざまな思いが重なってできています。これまでの仕事の中でも、もちろん感じてきたことですが、それも比にならないくらいたくさんの人が関わり、それぞれがプレゼントを出し合い、小さな感動が重なっています。<br>吉岡里帆さん、松本まりかさん、詩羽、モトーラさん、今発表されているキャストとの間にもさまざまなな感動がありました。<br>また、映画が完成した時にその話もできたらなと思います。<br><br>特報が出たのはゴールではなく、公開へのマラソンがスタートしたような感覚です。<br>ここから公開まで、かかわったみんなの気持ちが最高になった瞬間を迎えれるよう、頑張っていこうと思います。<br><br>スタッフのみんな、頑張ろうね。<br>ひとまず、世に初めて映像が出た<br>アイスクリームフィーバーの世界を<br>楽しみにしててください！<br>特報の感想などもぜひ教えてください！<br>公開は７月１４日です。<br>よろしくお願いします！<br><br><a href="http://icecreamfever-movie.com/" target="_blank" rel="nofollow">http://icecreamfever-movie.com/</a></p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n6815bf98db6c'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 28 Feb 2023 09:00:00 +0900</pubDate>
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      <title>今「デザイン」が楽しい。</title>
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      <description><![CDATA[<p name="9A4FCF3B-354D-4E28-918C-8011FD46E2BC" id="9A4FCF3B-354D-4E28-918C-8011FD46E2BC">ネットで「デザイン」の日本語の意味を引くと、設計とか意匠とか工夫とか出てきます。<br>僕は、この言葉を使って仕事をしているわけですが、<br>ずっと20年以上この言葉を履き違えていたというか、一つの方向からだけ見ていた気がします。<br>なんとなく、絵作り？笑<br>ポスターを作ること？CDジャケットを作ること？文字を作ること？<br>洋服のデザイン？プロダクトデザイン？パッケージデザイン？<br>デザイン家電なんていう変な言葉があったけど、<br>ざっくり言うと「見た目をよくする」ぐらいの意識で<br>この言葉を使っていたのかもしれません。<br><br>「映画制作をデザインする」と言う言葉は、2019年の1月1日。<br>苦し紛れに出た言葉というか、映画監督のプロジェクトをスタートするときに書いた企画書のタイトルですが、<br>「映画監督になりたい！」では、誰が言っても同じというか、<br>「デザイン」という言葉を足せばデザインをやってきた人である意味があるかなと、<br>他の人との差別化として使った言葉だったと思います。<br><br>「映画」をデザインするではなく、<br>「映画制作」をデザインすると書いたのは、<br>ストーリーや映画そのもののデザインのことではなく、<br>作る過程、制作のセオリーを変えて作りたかったから。<br>でした。<br><br>実際その企画書で走り回ってみると<br>「製作委員会を作りなさい」<br>「プロデューサーを立てなさい」<br>「幹事を決めなさい」<br>「テレビ局に持って行きなさい」<br>「ここは監督の出る幕じゃない」<br>「主題歌は今、旬の人を」<br>「今、カメラマンはこの人がいい」<br>などなど、セオリーがたくさんありました。<br>これでいいのか？でも、映画作りたいしな、、、なんて悩んで<br>この言葉通りに進めているとあっという間に2年経っていました。<br>どれもなかなかうまくいかず、２年間ほぼ進んでない、<br>むしろ映画作りは難しいことという事実だけが、日々日々浮き彫りになっていく感じでした。<br>コロナや、映画のヒット性や、初監督だとか配給が決まらないとか、予定していたキャストのスケジュールが合わない<br>など、さまざまな理由で、プロデューサーとテレビ局がスタートから2年目にして降りることに。<br><br>これまでの２年間がここで白紙になります。<br>2021年10月のことです。<br><br>ここで我に帰ったというか、<br>「ここまでの2年返せ！」ってなってもしょうがないというか、<br>あれ、僕タイトルに「映画制作をデザインする」って書いてなかったっけと。<br>作り方自体デザインする気だったでしょと。<br>自分のやり方でやればいいんだと。<br>ここから、<br>「自由にやってやる！」と腹を括ったのです。<br><br>お金集めや、制作チームづくり、キャストへの連絡、<br>配給会社へのプレゼン、PR広告のコラボなどなど、、、<br>全てを自分で連絡して、1個1個組み上げて行きました。<br>自分のフィールドに持って来ればいいということ、<br>やり方にセオリーなどないということ、<br>そんなことを噛み締めながら、解像度が急速に高まって行きました。<br><br>今、<br>映画の撮影自体はクランクアップし、<br>編集という作業に入っています。<br>ここでもデザインという言葉を意識します。<br>クランアップって、もっと「やりきったー！」というか、<br>感動の域に達するのかと思いきや、この後の編集のことで頭がいっぱいで<br>全然嬉しくないっていう笑<br>おめでと〜！なんて言われて花束もらっても、不安しかないというか笑<br>度々<br>「編集って誰がやるんですか？」って聞かれますが<br>「僕です」としか言いようがないんです。<br><br>映画の編集って監督がやらないんだね。<br>なんてことも初めて知りました笑<br><br>ここでまたデザインとはなんぞやという話に戻るのですが、<br>編集って、デザインのレイアウトに近いなと思います。<br>ポスターというフレームが、２時間という尺になった感じ。<br>撮った映像は、レイアウトのための素材集めという感覚。<br>ここから、文字をおっきくしたり、写真をトリミングしたりするポスターレイアウトのように、<br>映画も、映像を切ったり貼ったり、ときには大きくしたり、重ねたり削ったり、、、<br><br>編集はデザインに似てる。<br>だから、ここがいちばんの本領かもしれない。<br>そう思うと、デザインやってきたことで、<br>他の監督とは違った領域に行けるのかもしれないと、感じ始めました。<br>明日から宣伝美術のデザインも進めます。<br>グッズやコラボ、パンフレットなども進めて行きます。<br>（そこまでやった監督もいないだろう笑）<br><br>今、ようやく本当のデザインの言葉の意味が分かりかけている。<br>デザインは、絵作りだけではない、もっともっと無限の可能性がある。<br>監督をやってわかった、<br>今、デザインが楽しい。<br></p><figure name="066E408F-28ED-4DA0-9B8A-DA4EA97CA28A" id="066E408F-28ED-4DA0-9B8A-DA4EA97CA28A"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/94931592/picture_pc_2ae246b02389adf37e1488efb12caa0e.png" width="620" height="879" id="image-066E408F-28ED-4DA0-9B8A-DA4EA97CA28A"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nfb573f2cbbfa'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 05 Jan 2023 16:23:51 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/nfb573f2cbbfa</link>
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      <title>あこがれ</title>
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      <description><![CDATA[<p name="A530332A-1337-4693-9DD7-5C633960349C" id="A530332A-1337-4693-9DD7-5C633960349C">つくづく良い時代に幼少期を過ごしたなあと思います。時代は高度成長期です。<br>当時、日本は世界２位の経済大国。<br>SONY、TOYOTAと輸出大国だった日本は、<br>テレビというメディアの全盛期でした。<br>僕んチはといえば、超！貧乏笑。<br>母が寝る間を惜しんで仕事をしていたので、僕の相手をしてくれるのは主にテレビでした。<br><br>その頃のテレビは、もっともクリエイティブな箱でした。<br>夜のヒットスタジオ、ザベストテン、オレたちひょうきん族、どの番組もセットや出演者が豪華で、1回の放送でどれだけお金がかかっているんだろうと心配になるレベルでした。<br>当時の夢は、漫画家か映画監督か、テレビで働くことでした。出演者よりも作り手、特にひょうきん族は、横澤さんや佐藤さん、三宅さんなど、プロデューサー、ディレクターと呼ばれる人がテレビに出てきて、カッコイイと思っていました。<br>作り手にあこがれていました。<br><br>本気で僕は何がやりたいのかなとか、<br>就職、ということを考え始めた頃には<br>バブルという時代が終わった９０年代にはいります。<br>ここから日本は暗黒の平成、抜け出せない不景気にはいりますが、何もわかっていないバブルを知らない僕たちは、それでも日本は素晴らしい国で、あこがれの街は、どの国でもなく東京でした。<br>この頃から、テレビの情報に頼らず<br>雑誌が僕にとって、1番の情報源になっていきます。<br>Olive、Relux、ブルータス、Casa、装苑、ハイファッション、エスクワイアなどの影響で東京カルチャーにあこがれて、好きなものの解像度が高まっていきます。<br>クリエイターが集う中目黒や代官山中心に、ファッション、音楽、渋谷系カルチャーとのめり込み、年に4回は深夜バスに乗ってレコードや洋服を買いに京都から東京に通うようになりました。1995年から2000年、二十歳の頃。<br>TOKYO to KYOTOというか、<br>京都にいながらにしても、そのあこがれを満たしてくれたのがクラブというカルチャーです。<br>メトロという京都、丸太町にあるクラブに毎週通いました。<br>そこで聴く音楽、目に飛び込むVJ、出会う人、すべてにあこがれ、夢中になりました。<br><br>世の中は、バブルがはじけ、テレビも低予算化していきました。それでも電波少年やガキの使いなどロケや企画の面白さで華やかさは変わらなかったというイメージです。<br>今考えてみると、テレビというメディアが、日本という国で生きる上では、すべての情報源であり、そこで起きていることがウソでも、台本があっても、信じて疑う、他に調べる方法がなかったということ。テレビ＝日本人を形成していたと言っても過言ではないかなと思います。<br><br>2001年、ピチカートファイヴが解散し、90年代、渋谷系、と呼ばれるカルチャーの時代が終わっていきます。小沢健二さんもメディアから姿をけし、レコード、カルチャーマガジンも、ものすごい勢いでなくなっていきます。<br>その年、グラフィックデザイン界には、佐藤可士和さんというスターが登場します。SMAPのジャケット（赤、黄、青だけ）という、本人たちの写真表現じゃないアルバムをデザインします。それまで日本の広告にはまったく興味がなかった僕が、「東京に行こう」と決意します。<br><br>何が言いたいのかというと、<br>今2022年、そのあこがれはどれだけ残っているのか？<br><br>デザイナーになって25年が経った今あこがれたメディアはすべて過渡期にあります。<br>日本を支配したテレビは、インターネットが登場し、YouTube、Abemaに押されていくとともに、CDは配信になり、ポスターはデジタルサイネージになり、デザインできるカルチャーはほとんどなくなってきています。<br>相変わらずADCは、ポスターやCMを評価していますが、広告はYouTubeやTikTokの方が影響力があります。<br>やりたいことと、今のクリエイティブはあまりにギャップがあり、もう新しいことに脳を切り替えていく事すら苦しい作業になっている気がします。デザイナーはYouTuberやTikTokにあこがれれない。切り替えれない。そんなジレンマがあるのではないでしょうか。<br><br>そんな中、<br>今年サイバーエージェントと出会いました。<br><br>広告部門で、電通の売り上げを抜いて１位になったのは驚きでしたが、今の時代の流れを見るとなるべくして起きた出来事なんだなあと思います。<br>広告といえば電通です。<br>戦後ずっとその定義をゆずらなかった日本社会が、変わろうとしているということです。<br><br>サイバーエージェントの広告チームの話を聞いていると真面目に、新しい価値を作ろうとしています。CMや渋谷駅ジャックだけが広告じゃない。他の新しい価値です。<br>デザインのやり方も、もう目から鱗、AIが考えるという手法を取り入れています。<br><br>僕のあたらしい「あこがれ」です。<br>何かワクワクしてます。<br><br>デザインへのあこがれのスタートは映画の中のデザインでした。<br>その後、ポスター、TV CM、CDジャケット、本などのデザインがしたい！第一線で活躍するデザイナーのデザインにあこがれて、そこを目指して頑張ってきました。<br>今そのほとんどが過渡期にあり、デザインの仕事は本当に様変わりしてしまいました。<br><br>だからといって、<br>WEBメディアやリアルな体験はデザインのあこがれになれないのか？グラフィックの経験は、意味がないのか？そんなことはない。<br>デザインの力は、ポスターや、CDジャケットだけではなく、その枠を飛び出し新しい世界をつくっていける。<br><br>というより、つくっていかなくてはいけない。<br>僕たちが。<br><br>「あこがれ」<br>これからのグラフィックデザインは、それを作っていけるだろうか。新しい広告の世界を切り開くサイバーエージェントさんとの出会いで目が覚めた。これまでのデザインメディアにすがるのではなく、その経験を活かして新しいメディアをつくっていくのだ。新しいデザインのあこがれを。</p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nd6a8f073710b'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 02 Dec 2022 19:42:55 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/nd6a8f073710b</link>
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      <title>クリエイティヴで、世界を変える</title>
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      <description><![CDATA[<p name="47940514-BFE7-44B7-A1DF-D85447610C18" id="47940514-BFE7-44B7-A1DF-D85447610C18">最近、さまざまな場所で<br>クリエイターとは何か？と<br>聞かれることがあります。<br>デザインの会社に入ったらクリエイター？<br>映画関係の職についたらクリエイター？<br>なんて、ふんわりみんな思っていますが、<br>僕は、何かを「変えたい」と思って、そのチカラを活かして世の中の問題と向き合う人がクリエイターなのでは？と答えています。<br><br>デザインやファッションの会社にいても、毎日なんとなく過ごしていたり、保身や安定をベースに考えている人は、サラリーマン。<br>逆に通常サラリーマンと呼ばれる人たちや<br>学生、主婦、先生、スポーツ選手、どんなジャンルの人でも、何かを「変えたい」と行動できる人はクリエイターなのではないか、と思います。<br>それぞれの考え方なので、どちらがいいとか悪いとかではないですが、「クリエイター」を定義するなら、、、の<br>僕の考えです。<br><br>2年前、突然コロナが襲ってきて、世界は一変しました。行動範囲が狭まったとかマスクをしなきゃとか、海外に行けないとか、飲食店やさまざまな仕事に影響がでた、コミュニケーションが難しくなった、とかだけじゃなく、何かもっと大切なものを失った気がしています。<br><br>肌間ですが、デザイン会社という形態は、もうこの先難しいのかなと感じています。<br>コロナ前を思い出してみると、毎日スタッフと密なコミュニケーションをし、良くも悪くも、<br>ベストなクリエイティヴができるまで毎日必死で戦っていました。<br>正直、この仕事についた時から、土日や時間も関係なく、納得いくまでやり切る。それが悪烈な環境を生んでいたとしても、クリエイティヴには素直に正面から向き合ってきたつもりだし、完成した時のチームとしての達成感みたいなものがあった。<br>その、成功体験や無茶苦茶になって働くという記憶が薄れていって、忘れてしまった2年間のような気がします。<br>「これは、私の仕事ですか？」<br>「代休、残業代もらえるのでしょうか？」<br>「約束とちがいます」<br>「それは出来ません」<br>と、言われることが増え、無茶をすることに疑問を抱かれて仕事がすすむようになり、<br>僕も、同じ方向を向けないことが増え、イライラしたり、悩んだり。<br>「頑張って乗り切ろうよ」<br>「もっと勉強しようよ」<br>が、この2年で徐々に言えなくなりました。<br>もちろんこの無茶なやり方がまかり通るのは<br>正解ではないです。<br>その間を模索してやってきたのですが、<br>「頑張ってここまで上がってこい！」という「修行」的は毎日よりも、その人らしい毎日を送ってもらうことが「正解」になってきました。<br><br>さまざまな企業が、社会の移り変わりのなかで<br>DXや、組織改変に悩む中、デザイン会社も、もう昔のような働き方はできないのでは？<br>と考えるようになりました。過去の頑張るで「乗り切る」も、いい働き方とは言えませんが、通常の仕事時間以外のパワーを出せないで、<br>新しいクリエイティヴや、他の人とは違う、人の心を動かせる仕事なんてことは、どうすればできるのでしょうか？<br><br>正直、その答えが出せないという毎日を今も過ごしています。<br>その答えがわからない以上は、今はもう、デザイン会社は解散するほかないのかなと。<br><br>昨日、<br>浜松の春華堂さん（うなぎパイで有名な会社です）に誘ってもらい、浜松のスイーツバンクという施設でワークショップを4日間やりました。<br>子供向け2回。<br>大人向け4回。<br>「自分のロゴを作ろう」と題し<br>ロゴを作るという課題にとりくんでもらいながら、<br>デザイン会社の仕事って何？<br>クリエイティヴの役割って何？<br>など話しました。<br>参加してくれている人の年代は<br>5歳から50代までさまざま。<br>職業も、デザインをやっている人はほとんどいませんでした。大工さんや、先生、事務、学生などなど。ロゴを作るということをやったことない人ばかりが集まって、自分のアイコンになるようなロゴを作り。僕も自分で参加し、仕事で依頼される以外のロゴづくりを<a href="https://kiss.tokyo" target="_blank" rel="nofollow">KISS,TOKYO</a> を作った時以来ひさびさに楽しみました。<br>「ん？」<br>なんか、仕事とはちがって楽しい、、！<br>何かを変えたい、、、そんなロゴ作ってみたい、、、！ワークショップをやりながら、自然とそんな気持ちになっていました。<br>5年前、<a href="https://kiss.tokyo" target="_blank" rel="nofollow">KISS,TOKYO</a> を発想した時は、<br>何かI♡NYのような、東京を代表するようなマークを作ってみたいと思い、衝動的に作りました。<br>その時の気持ちは、<br>確かに、何かを「変えたい」でした。<br><br>自分のクリエイターとしてのネクストステップだったのか、、、？<br>東京という街をもっと面白くしたいという気持ちだったのか、、、？<br>通常業務とは時間外で、さまざまな理解者をつのり、グッズや宣伝物をつくりPRしました。<br>今では、東京のさまざまな場所で目にするようになり、渋谷に、大きなベンチのオブジェまで出来ました。<br><a href="https://kiss.tokyo" target="_blank" rel="nofollow">KISS,TOKYO</a> は、当時依頼された仕事を打ち返すしか発想のなかった僕の、<br>小さな「クリエイター」としての一歩だったのかもしれません。<br>ワークショップをやりながらそんな事を考えていました。ワークショップの最後に、デザインをすこしでも「面白そう」と感じてもらうために、<br>書体「Helvetica」の話をしました。<br>Helveticaとは、世界でもっとも愛され使われている書体です。<br>ニューヨークの地下鉄のサインや、TOYOTA、Panasonicなどのロゴ、さまざまな「デザイン」にもっとも使われています。<br>何に持ってきても美しいたたずまいになり、グラフィックデザイナーは、何万もある書体から、自然にHelveticaを選んでしまいます。<br>なせ、そこまで世界に愛される書体になったのか？<br>ルーツをさぐると答えがありました。<br>世界を「変えたい」という意志がそこにあったからです。<br>Helveticaは＝スイスという意味です。国の名前です。<br>1800年代に一つになったスイスは、ヘルベチア共和国と呼ばれていました。<br>その後、1957年、書体Helveticaが誕生します。<br>Helveticaは、商業だけでなくスイスの意思統一、国政にも使われました。スイスみんなの気持ちを一つにするために使われた書体なのです。<br>すごいよね😂<br>日本の政治のなかでそんな考えが存在するでしょうか！？その志の高さによって生み出され作られたからこそその完璧なフォルムは、世界中に受け継がれていくのです。<br><br>クリエイティヴが世界を変える。<br>まさにそんな書体です。<br><br>れもんらいふを立ち上げて10年が経ち、<br>年間100案件近い仕事とむきあい、必死でれもんらいふと向き合う中で、ここ最近、<br>好きなことで食べていければいい、<br>という気持ちが徐々に変わってきました。<br>桑田佳祐さんと仕事をしたい！<br>映画をつくりたい！<br>れもんらいふを有名にしたい！<br>よりも気になることが生まれてきました。<br><br>今の日本は「変」だなと😂<br>政治とメディアの裏側を知れば知るほど「変」です。統一教会の話もですが、コロナが猛威をふるい、テレビメディアや政治の取り組みが「変」と感じることが増えました。<br>選挙すらみんなの気持ちをコントロールできる日本で、どうやったらこの変な日本は変わるの？<br>なんて絶望を感じつつも、希望もすこし感じています。<br><br>インターネットが普及し、情報コントロールがきかない世の中になってきたことです。<br>先日、電通の高橋治之さんが逮捕されたことで、権力に「文句言えない」時代が変わりつつある気がしています。<br>前回、noteに、電通の売上をサイバーエージェントが抜いたという話をしましたが、<br><br><a href="https://note.com/chiharatetsuya/n/n5e35ed17df46" target="_blank" rel="nofollow">「グラフィックデザインの時代は終わった」</a><br><br>メディアの主が、テレビからインターネットに変わり、政治×電通×テレビという権力が情報を操作できる1強時代も、終わっていくのではないかと。<br><br>クリエイティヴは、社会を変えることができる。<br>インターネットの社会が、そう思わせてくれています。僕も何か社会を「変えたい」そんな気持ちが芽生えてきて、クリエイターになった意味や、生まれてきた意味さえ感じ始めています。<br><br>ワークショップに話は戻りますが<br>Helveticaと、KISS,TOKYO の話のなかで<br>こんなロゴを作ってみました。</p><figure name="987DEB5B-14D0-4DD6-BD53-D9A23F5B0346" id="987DEB5B-14D0-4DD6-BD53-D9A23F5B0346"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/85244533/picture_pc_3c295a1e9143b6872b33f890bb676c64.png" width="620" height="438" id="image-987DEB5B-14D0-4DD6-BD53-D9A23F5B0346"><figcaption>RUSSIAUKRAINE SMILE MARK</figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nea031d47ca91'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Mon, 22 Aug 2022 13:31:38 +0900</pubDate>
      <link>https://note.com/chiharatetsuya/n/nea031d47ca91</link>
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      <title>グラフィックデザインの時代は、終わった。</title>
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      <description><![CDATA[<p name="9B410B6A-AF6A-4E58-ACCC-6D1041B92B06" id="9B410B6A-AF6A-4E58-ACCC-6D1041B92B06">れもんらいふをつくって11年、<br>スタートから手伝ってくれていた社員の<br>ゆいゆいこと永瀬由衣が先日、卒業した。<br>寂しさもあるが、日向坂46のCDジャケットやTBSのドラマなど、ゆいゆいならではの特徴をつかみ卒業できたことは、れもんらいふの10年も間違ってなかったんだなと心強く思います。<br>卒業祝いにサプライズで作ったドラマは、近々チャランポランタンのYouTubeで配信予定なので、ぜひお楽しみに😂<br><br>2020年末に放送された、デザイン業界のあるあるを描いたテレビ東京の深夜ドラマ<a href="https://www.tv-tokyo.co.jp/tokyodesign/" target="_blank" rel="nofollow">「東京デザインが生まれる日」</a>がベースとなっていて、<br>独立を志す人にとっては面白い内容のドラマになっています。<br><br>このゆいゆいが辞めたタイミングは、<br>ある意味デザイン会社としての仕組みが過渡期にあることを示している気がしてなりません。<br>ドラマを作った2020年から、たった2年でも全然違う気がします。<br><br>グラフィックデザインという仕事はビジュアルの「表現」であり、計算式が立つ仕事でもないし、ルーティン化するのも難しい。<br>その都度ギリギリまで持てる知識とアイデアを絞り出し、新しい表現を求めていくので、納得いかなければどこまでも考え直すし、終わりがない仕事だといえます。<br>それを指揮するアートディレクターも大変だし、ついてくるデザインアシスタントも大変。<br><br>ただ、ここ数年、それがすべてなのか？<br>とも感じるようになっています。というのも<br>15年前、修行中の頃の僕は、徹夜して徹夜して、とにかく「修行」という名のもとに「表現」を突き詰めていました。漢字ドリルのように、数ミリ単位でタイポグラフィを検証していく。<br>確かに今もその作業は、今の僕の骨や血になっているし、間違ってなかったと思う。<br><br>ですが、<br>最近違和感を感じているのは、<br>その「表現」だけに力をそそぐこと。<br>10年前にれもんらいふを作った頃は、<br>今のようにSNS普及していない時代。<br>ポスター、チラシ、CDジャケット、雑誌、本、パッケージ、TVCMと、<br>何十年もずっと与えられた枠の中で、デザインという「表現」をすればよかった時代です。<br><br>だが今は全く違う。<br>その「表現」のメディアすら、考えていかないと生き残れない時代に変わった。<br>テレビ局が衰退し、若いZ世代は、TikTokをメインメディアにし、CDは配信にかわり、紙はweb広告にかわった。実はまだそれを現実として受け入れきれていないのがデザインの業界。<br>TVCMをカンヌ広告賞に出品し、ADC賞は、まだまだポスターや新聞広告を評価し、TikTokなんてダウンロードしたこともないです（笑）なんて人もたくさんいます。<br><br>って、<br>そんなことをやっていたら、ほんの数年の間に、<br>電通、博報堂がずっとトップで戦っていた広告事業は、ついにWEB広告がメインになり、サイバーエージェントが追い抜いて、トップの広告会社になってしまった。<br>それは何を表すかというと、広告、デザインの「表現」は、グラフィックデザイナーのものではなく、時代をよみとれた人の「表現」場と変わったのです。<br><br>僕は、この状況、実に面白いと思う。<br><br>僕たちグラフィックデザイナーは、これから、<br>何をすべきなのか考えていかなくてはいけない。<br>サイバーエージェントは、AIのアルゴリズムによって広告表現を作っている。<br>何がどれだけ人に刺さって、どれだけの効果が得られるかを過去の例から弾き出す。<br><br><a href="https://toyokeizai.net/articles/-/541656" target="_blank" rel="nofollow">サイバーエージェント「広告王」になった理由</a><br><br>そう、クリエイティブディレクターが考えなくても「正解」を生み出せ、最大の利益を得る方法を編み出せるのだ。<br>そのアルゴリズムの台頭、メディアの崩壊。<br>その中で、今までの仕組みだけで生き残っていけるのか考えていかなくてはいけない。<br>今までのやり方では、もう時代おくれなのだ。<br><br>れもんらいふはよく、<br>変わったデザイン会社ですね。と言われる。<br>「なんでもやりますね」とか、「SNSで告知頑張ってますね」とか「なんでラジオやるんですか？」とか、「映画？」「喫茶？」「もう、デザイン会社じゃないじゃないですか（笑）」<br>とかとか。<br><br>今の時代に、肩書きにハマる仕事なんて逆に必要なんでしょうか？<br>SNSでPRしないアートディレクターが、本当に広告のことをわかっているんでしょうか？<br>グラフィックデザインは大好きです。<br>憧れた人もたくさんいます。<br>それが素晴らしいのもわかります。<br>2000年ごろ、僕に道筋を作ってくれたのは<br>グラフィックデザインです。<br><br>AIの台頭？面白い。<br>TikTokの「やってみました」？面白い。<br>でも、もっと面白いことをやってやるぞって思っている。<br>もちろん広告の芸術的表現もなくなりはしないだろう。<br>職人的アートディレクターもより際立っていくだろう。<br>時代を牽引するクリエイターも、もちろん必要だし、アートディレクターも、グラフィックデザイナーも柔軟な考えを持つ人は、生き残っていくだろう。<br>今、脳を切り替えれたら、ポスターじゃなくても、TVCMじゃなくても、どんなメディアも「表現」の場です。<br>よりデザインが自由になるということです。<br>もう、どんなジャンルも飛び越えて、<br>デザインの戦国時代が始まったのだ。<br><br>周りのアートディレクターやグラフィックデザイナーが、れもんらいふって何やってんですか？（笑）って言う間に、<br>僕は次へ進みたいと思う。<br><br>憧れたグラフィックデザインの時代は終わった。<br>さあ、<br>ここから僕の戦いがはじまる。</p><figure name="D1C054E0-1AA5-4F83-AF8E-DA3CFE7298EA" id="D1C054E0-1AA5-4F83-AF8E-DA3CFE7298EA"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82273096/picture_pc_87689550e5aa5907401a1d103e5c07cb.png" width="620" height="326" id="image-D1C054E0-1AA5-4F83-AF8E-DA3CFE7298EA"><figcaption></figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n5e35ed17df46'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 08 Jul 2022 19:51:12 +0900</pubDate>
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      <title>カンヌで感じた、取り残される「変われない」ニッポン！</title>
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      <description><![CDATA[<p name="00838C54-036D-4E54-8E1E-0A91CF8A592C" id="00838C54-036D-4E54-8E1E-0A91CF8A592C">久しぶりに海外に行くことができた。<br><br>日本を遠く離れてみると、<br>コロナがあって、緊急事態宣言、リモートなど<br>陰に篭る毎日は、かなり心や仕事にダメージを与えていたのだと感じた。<br>毎日テレビやTwitterでは、政府の対応の悪さ、それを批判する人人、この2年の間に批判を気にする社会と萎縮する若者、そんな構図が出来上がってしまった気がする。<br>れもんらいふも、海外撮影や社員旅行を知らないスタッフが増え、コロナ禍のマイナス感覚が長く続いたせいで、「やっていいの？」「私でいいの？」と人の顔を伺うことか普通になってしまっている気がする。<br><br>カンヌに行くとマスクは誰もしていない。<br>街全体が映画祭を歓迎し、楽しんでいた。<br>深夜まで町中のレストランがやっていて、お酒を飲みながら映画を語り尽くす。<br>そんな毎日だった。<br>地中海の空気は、日本とはまるで違う。<br>「生きることを楽しむ」そんなことをそのまま見せられた感じがして、なんか日本は今おかしい？<br>と思った。コロナ、ヤフコメ、コンプライアンス、国への不安、戦争、不景気、円安、参院選、さまざまな出来事がジャブのように、見えない不安で日本全体が「変」になっている。遠く離れると、日本を客観的に見て取れる。<br><br>カンヌ映画祭は、世界中から新しい映画が集まり、<br>見たことがない招待作品がたくさん上映され、<br>世界中のバイヤーがそれを見て買い付けをする合同展示会の場所だ。<br>フランス映画だけでなく、アジア諸国からもたくさん出品されていて、タイや、台湾、インド、特に韓国などは世界に基準を合わせた作品が並んでいる。<br>今年の韓国のイチオシ作品は、是枝裕和監督の「ベイビーブローカー」。<br>日本人の監督が、韓国の作品で世界に勝負しているという、珍しい作品だ。<br>他にもトムクルーズの「トップガン　マーヴェリック」、<br>「カメラを止めるな！」のフランス版リメイクなどがレッドカーペットを賑わした。<br>僕もはじめてのタキシードでレッドカーペットを歩き、<br>たくさんの作品を見させていただいた。<br><br>まず、<br>今回なぜカンヌにやってきたかというと<br>映画「義足のボクサー」やMEGUMIさんが出演している<br>「DECEMBER」のプロデューサー山下貴裕さんに経験として誘ってもらったのがきっかけではあるが、<br>僕が進行中の映画ブロジェクト、その“営業”という意識でやってきた。<br><br>イギリスのPR会社や、韓国のバイヤー、日本のプロデューサーなど、さまざまな人たちに会って、自分の作品をPRすることができたし、招待作品を見て、世界基準とは？日本の映画の特徴、カンヌってこういう空気の場所なんだということを感じれたのも大きな経験だった。その中で日本という国が、映画産業の中で孤立しているということも理解した。<br><br>というのも、文化庁や各映画配給会社がブースを出しているものの、他の国々とは違い、他の国の人を呼び込みたい！という体制になっていなかった感覚です。<br>文化庁のブースは、プレハブをそのまま使ってポスターを貼るのみ。イベントやパーティもなし、という状況でした。話しかけても、邪魔者扱いがすごかったです笑。<br>他の国は、海外に映画を売ることにさまざまな思考を凝らしてパーティやトークショーをブース内で企画してPRしていました。<br><br>なぜそうなるかというと<br>日本の人口が生実家多いため、国内で興行収入が取れてしまうのがまず大きい。<br>TOHOシネマズ１強の産業なため、TOHOシネマズで見せる映画作りが世界を意識する必要性がなく、<br><br>国内の人が喜んで確実にヒットの確約が取れる内容（アニメ原作、アイドルが主演、ドラマの延長）<br>すなわち製作委員会形式で、配当をしっかり得るには、<br>日本人にだけ向けた産業の構図がベスト。<br>そこに原因があるということを肌で感じてきました。<br>他の小さな国は、国内だけでは興行収入が得られないため、世界に映画を売る必要性があり、<br>世界の人が興味を持つ世界基準の内容（レベルの高い演技、演出、社会的意義）<br>を入れ込んだ映画づくりをしています。<br>実際カンヌで海外の人に日本の映画の印象を聞くと「幼稚」という言葉が返ってきました。<br><br>その中でも、招待作品はそれらを理解し、頑張っていることにも感動しました。<br>「PLAN75」「 YAMABUKI」さらに「ベイビーブローカー」それぞれの監督は、世界で戦っていました。<br>世界へ日本のエンタメや芸術が素晴らしいかを<br>自分の映画を通じてアピールしていました。<br>ただ、個人的に頑張るしか道はないのか、<br>日本の仕組みを諦めるしかないのか。<br>そんな雰囲気さえ感じました。<br><br>僕が子供の頃、日本はIt’s a SONY、TOYOTA、任天堂と世界に産業を拡大し夢溢れる国でした。<br>テレビもクリエイティブの全てが詰まった箱であり「憧れ」、映画も単観映画館が独自のキュレーション力を発揮し、今よりも個性的な作品をたくさん見ることができました。<br><br>いつの間にか日本は、経済的にもエンタメ的にも、世界に求められない国になっています。<br>日本人ですら、韓国ドラマ、韓国アーティストが面白いと思う時代です。<br>カンヌは楽しい反面、このまま国内を見ているだけではダメだという気持ちになりました。<br><br>映画を作る意味、意義、<br>ただ「監督になりたかったから」ではなくなってきました。<br>日本のエンターテイメント、芸術、国内での話題だけでなく、世界に何を残すのか。<br>そんなことも考えさせられるカンヌでした。<br><br>僕が映画監督に憧れたきっかけは<br>市川崑、伊丹十三、大島渚と日本人の監督に影響を受けたからです。テレビも音楽も本当に楽しかった。<br>そんな楽しい日本を残せていないのは悔しいです。<br><br>僕は、映画監督になります。<br>そして、デザイン会社としてもれもんらいふは新たなステージに行きます。<br>クリエイターは、クリエイティブな仕事をしているからクリエイターではないです。<br>与えられた枠組み、今の現状の仕組みに甘んじて仕事している人は、デザイナーでも映画監督でも、クリエイターではありません。サラリーマンでも、何か社会を「変えたい」なんて行動できる人がクリエイターではないでしょうか？<br><br>「変えたい」そんな僕の次のステップが始まります。<br>見ててね。<br></p><figure name="21ADD595-52DF-481F-8158-7C3CE89CC1AA" id="21ADD595-52DF-481F-8158-7C3CE89CC1AA"><img src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/82133628/picture_pc_9e70b8a86bf5696cc1edb819d5b6c120.jpg" width="620" height="826" id="image-21ADD595-52DF-481F-8158-7C3CE89CC1AA"><figcaption>今回の旅はMEGUMIさんと</figcaption></figure><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/nce128cf5850a'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 06 Jul 2022 16:15:42 +0900</pubDate>
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      <title>阪神タイガースを愛しているからこそ言っておきたいこと</title>
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      <description><![CDATA[<p name="5ADF82D0-0B61-4569-9574-39E85EBE520A" id="5ADF82D0-0B61-4569-9574-39E85EBE520A">僕がタイガースのファンになったのは1985年のこと、<br>あの時僕は小学校4年生。<br>バース、掛布、岡田という重量猛虎打線に魅了され、<br>応援する周りのおじさんたちの涙に魅了された。<br>それから、阪神は暗黒期に入る。<br>何をやっても最下位という負のスパイラルから抜けれない年月が続く。<br>1992年、優勝のチャンスがやってくる。<br>新庄、亀山といったスターが現れ<br>野村ヤクルトと最終戦までもつれるというデッドヒートを展開するが<br>惜しくも２位。<br><br>ここからファンとしては中毒性が増していく。<br>勝っても負けても、どれだけ裏切られても好きという<br>スパイラルに陥っていく。<br>2003年、あの1985年から18年、ついに、<br>優勝という出来事が起きる。<br>星野監督によるチーム改革。<br>惜しくも日本一は逃したが、<br>圧倒的黄金期が訪れたように見えた。<br>しかしその後2005年になんとか優勝したものの<br>ジャイアンツには負け越し、<br>日本シリーズでは大敗を期している。<br>それでもずっと優勝を信じて、毎日応援し続けた。<br><br>そして、とうとう17年の月日が流れた。<br>と、<br><br>わざわざ過去を振り返っているのは、<br>阪神タイガースの歴史の中で<br>何がよくなくて、何がよかったかが明確だからです。<br>タイガースに最も足りないのは<br>何十年もやってこなかった「改革」です。<br>普通に考えてみてほしい。<br>6球団チームがあるなかで、21年、18年、17年と優勝できないのは、確率的にかなりおかしい。<br>さらに日本一にいたっては、85年の一度だけという異常事態にもかかわらず、<br>これはかなり仕組みがおかしいのでは？と<br>言う人は1人もいません。<br>「阪神はたまに優勝するからいい」と言うことばや、どんなに成績が悪かろうと満員になる甲子園、<br>ファンに甘んじて、まったく焦る事なくチーム状況を<br>マーケティングやPRをしなくとも、<br>売り上げれる商品づくりをしているから<br>優勝できないと言うことを誰も言わない。<br>近年YouTubeにより解説者の話をたくさん聞く事ができるが、なぜ勝てないかをミニマルな視点でしか見ていない。<br>「内角責めに対応できてない」とか「エラーが多い」とか「抑えがいない」とか「ベンチの指示がない」とか、<br>そんな状況になっているのは、一つ一つ練習すればいいというだけの問題か？<br>なぜ、何十年も優勝できないと言う大きな課題に取り組まないのか。<br>そもそも改革を考えれるアイデアがないのか。<br><br>僕は常々、アイデアを考える時、一歩引いた目線で考えれないと解決しないとスタッフに伝えている。<br>アイドルのCDジャケットの仕事が来て、アイドルのCDジャケットを作ろう！と取り掛かると、<br>今までのアイドルのCDジャケットしか作れないから、まずCDジャケットが必要か？<br>アイドルらしくないジャケットってなんだ？から考えることで、<br>新しいアイデアのアイドルのCDジャケットにたどり着く。<br><br>今タイガースに足りないのは圧倒的に外部の声。<br>というかプロ野球全体にはびこる内部性から抜けれない思考が、<br>ずっと同じ悩みを解決できない大きな理由のように思う。<br><br>通常、どんな企業も広告やPRをする時は違う会社にアイデアを出してもらう。<br>商品や会社の取り組み方自体もコンサルや、<br>外部から他の会社を経験したスペシャルな人を迎え入れ、改革を行う。<br><br>阪神タイガース、野球、はそれができない。<br>コーチ、監督が野球経験者であり、それ以外の布陣を敷いたことがない。<br>阪神の監督にいたっては、悪しき伝統、生え抜きの選手からという、内輪のチーム。<br>2003年優勝できたのが、ヤクルト野村→中日星野と、<br>他のチームの監督でそれができた事をわすれている。<br><br>すべての職業、すべての教育、すべての生活には、クリエイターが必要だと僕は思っている。<br>クリエイターというのは、デザインできる人、映像が撮れる人、ファッションがわかる人、<br>という意味ではなく、何かを変える「アイデア」がある人のことを言うと思っている。<br>デザインをしていても、いわゆるクリエイティブと言われる仕事をしていても、<br>言われたことをやって、自分で何かを変えたいという意識や「アイデア」を出せない人はクリエイターではない。<br>サラリーマンでも、今までにない「アイデア」がある人はクリエイターだと思う。<br><br>野球しかやってきてない人をコーチ、監督に据えても、何もかわらない。<br>さまざまな「アイデア」をもつクリエイターチームをつくらないと、<br>阪神タイガースは永遠にかわらないのだ。<br><br>抜本的に考えよう！<br>変革のアイデアを出してみよう。<br>まず、ルールを変えず、ずっと決められた「決まり」を変えてみよう。<br>昨年優勝したチーム、最下位のチーム、足並み揃えて2月1日スタートでいいのか？<br>チームの個性にあったキャンプではないやり方もチーム単位で考えてはダメなのか？<br>それから、いい選手の基準、３割ってほんんとうに正しい？<br>30本、10勝って本当に正しい？<br>チャンスにどれだけ打てたかを一番評価するべきではないか？<br>30本のホームランがワンサイドやランナーがいない時に打ってないか？<br>4番がホームランバッターで本当に正しい？とか、考え方を変えたら練習方法も変わらないか？<br>とか、考えてみよう。<br><br>さらに<br>今、どうするべきかも考えてみよう！<br>現状阪神は、4月13日現在で１勝１2敗。<br>今日も、後半のリリーフの不安がそのまま出て負けた。<br>この原因は、開幕戦に全てが詰まっていると言っていい。<br>さらに言うと、去年の後半からのチーム不振、<br>クライマックスシリーズでの采配不審。などからの伏線の開幕戦。<br>８対１という試合展開の６回までは、<br>監督以下、選手、ファン、全てが今年の阪神は「いい」と感じていた。が<br>心の奥底にあった「監督、これでよかったのかな？」という<br>リリーフ、抑えの不安が、その不安の通りに打たれ、まさかの８対１０と逆転負け。<br>次の日からは完全に歯車が噛み合わない。<br>６回まで伸び伸びと野球をやっていた選手の体の中に<br>「いくら打っても勝てないかも」「これはどう対応するんだろう？」「抑えは誰に？」<br>という小さな不安が生まれてしまったため、些細なことだが全てのプレーに影響してしまい、<br>次の日から、全く打てない、全く守れないという状況になっている。<br>これは、技術や細かいプレーの修正の問題ではない。<br>監督の方針の問題、そう、ずっと僕が言っている、変えようという「アイデア」がないという問題なのだ。<br><br>開幕戦で８対１から逆転されたのは、チーム史上初のショッキングな出来事。<br>だからこそ、その日は大きな「改革」をしても許される、<br>選手が一致団結できる大きなチャンスの日でもあった。<br>監督は試合後選手を全員集めただろうか？<br>「今日の負けは今のチーム事情の集積で、今日変えなくてはいけない！」って言えただろうか。<br>スアレスのいない抑えがここまでチームに影響するなら、キャンプで、<br>なんとかなるだろうとやてきた準備は間違っていた。今日ここで<br>エースを抑えにする！という「アイデア」。驚き＋奮起させる、そんなアイデアを出せただろうか？<br>「なんとなく、湯浅かなあ」ではだめ、「西、頼む」「伊藤、頼む」「青柳、頼む」ができたら、<br>選手は変わらなきゃ！って思えたかも。<br>監督は間違いを認め、選手の力を信じ、本気で今年優勝させたい！って思いが伝わったのでは？<br>それが開幕戦の大敗の夜やれていたら変わったかもしれない。<br><br>僕は来年に向けてとか、ああ今年はだめだどかまだ思っていない。<br>「アイデア」次第では、チームは変われる。優勝もできる。<br>では、今からやれる改革ってなんだろう。<br><br>そう、監督交代だ。<br><br>「佐藤は守備をもっと確実に」と、言っていた試合後の<br>監督インタビューを聞いて、これは監督、どこをどうすれば改革になるのか<br>何もわかっていないかもしれないと心配になった。<br>あれだけ、外野内野を転々とさせておいて、それはないのでは？と思った。<br>根本的な不安を監督が取り除いてあげない限り、ミスも、スランプも起きる。<br>歯車が合うための「アイデア」が見つからない限りはそれがずっとつきまとう。<br><br>でも、今からでも遅くないと僕は思う。<br>クリエイティブディレクターや、ビジネスの賢人を呼んでもいい。<br>それでも「今年優勝する！」というアイデアを出し合おうよ。<br>意味のない逃げの監督休養ではなく、「アイデア」としての監督交代。<br><br>僕は40年も阪神が大好きだ。<br>人生を賭けて愛している。<br>だから言いたい。<br>優勝してほしいと。</p><br/><a href='https://note.com/chiharatetsuya/n/n03ef53c0048e'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/15678228/profile_5412a76cf585c38dc5ce4472b026ece3.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>千原徹也</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 13 Apr 2022 02:56:44 +0900</pubDate>
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