私にとってのnoteは第三の居場所
家庭でも、職場でもない。
私が私らしく素直に表現できる居場所。
それが、note。
3月6日、noteを始めて3年目になる。
始めた理由は、2つ。
苦手な「書くこと」に挑戦したかったこと。
そして、凸凹子育てを、多くの人に知ってもらいたかったこと。
今、最初の文章を読み返すと、恥ずかしくて、消したくなる(笑)
カッチカチの敬語。
よそよそしい文章。
全然、おもしろくない!
それが、コメントをもらい、誰かと交流するようになって、どんどん楽しくなってくる。気がつけば、「読んでくれる誰か」の為に、書きたくなっていた。
ここは、私が私らしく素直になれる場所。
ありのままの私を、受け止めてもらえる場所。
いつの間にか、なくてはならない大切な居場所になっていた。
息子が不登校になってからは、リアルなママ友との会話がしんどくなった。夫は忙しく、寄り添ってくれなかった。価値観の違う親には、理解してもらえなかった。
孤独だった。
そんな私が、吐き出せる場所。
誰かに受け止めてもらえる場所は、noteだった。
noteがあったから、あの辛い時期を、泣きながら笑いながら、乗り越えられたんだと思う。
ここ最近、一冊の本と巡り合った。
note愛にあふれた温かい本に、読み終えた後、涙が止まらなかった。
noteだったから、私は書き続けられた。
私も同じです。
今までずっと、誰かの言葉に救われてきた。
誰かの本、誰かのブログ。誰かの文章。
読む側だった私が、まさか書く側になるなんて思ってもいなかった。
きっと、noteだから続けてこれたんだろう。
私は、noteの場所では、できるだけ正直でいたい。
リアルな場所では、「ありのままの自分」を出すのが、難しい時もある。
でも、私の名前も、顔も知らないこの優しい空間では、嘘をつきたくないと思った。
私のnoteを初めから読んでくれてる人なら知ってると思うけど、本当に思う存分さらけ出してきた。
朝、「しばらくnoteお休みします!」と宣言したくせに、昼からまた書きたくなり「前言撤回!またnote書きます」と言ってみたり(笑)
どんだけ、かっこ悪くて、勝手な奴なんだろう。
息子が不登校になったばかりのあの頃。
毎日、感情のジェットコースターに乗りまくっていた。
泣いて、怒って、笑って、また、泣いて…
情緒不安定が、酷すぎた。
でも、どんだけかっこ悪かろうが、noteには正直な自分を書いてきた。
さらけ出しすぎて、隠すところが見当たらないレベルだ。
それでも、この優しい空間は、こんな私を受け止めてくれた。
noteを書くことで思考が整理され、気持ちが落ち着いていく。
そして、誰かのスキやコメントで、救われてきた。
改めて、「本当に、ありがとう」と、noteに伝えたくなった。
note3年目を迎える今
「この本に出会えてよかった」
心の底からそう思える本だった。
私も、「あなたと出会えてよかった」そんな文章を書ける人になりたい。
これからも、自分らしくnoteを書き続けていきます。
末吉宏巨さんのnoteはこちら。
私よりもっと詳しく本について、ご紹介されてます。
