“ プライド”について
〝看護〟の仕事の中で、認知症の方が、訪問の都度、同じ話をされる場面に度々遭遇する。
何十回もいやもっと…かもしれない。
通ってる数だけ。
繰り返し聞いているのでこちらはストーリーを実は知っている。
でも、「あ、それこの前も聞きましたよ」とは言わない。
時々、言いたくなるのをしばし我慢。
この繰り返すお話の中からその人の奥底にあった想いや感情に出逢わせて頂いている。
あー、これが、このかたの深い深い想いだったんだなぁって。
例えば、こんな内容。
90歳代のAさん(女性)
⭐︎90年生きてきた中で小学生の時のあの一瞬が最高に自分が誇らしかったのかもしれない。小学生の時に国のお偉いさんが来てご飯を炊くというイベントがあり、自分がそのご飯を炊くという重要な役を仰せつかったこと。先生があなたがご飯を炊くのが上手だからと、私に炊くようにと言われた。国のお偉いさん達は、美味しい!と褒めてくれたのよと。
その瞬間の誇らしい気持ちを何度も話された。
70歳代のBさん(女性)
⭐︎「若い頃、銀行でお勤めで髪を振り乱して頑張ってきたのよ。同期は大体ボーナスは一緒なんだけど、当時は、誰がいくらもらったのかが分かるようになっていて、私だけが500円多かったの。自分が多いことで逆に減った同僚もいたの。とても悔しがっていて口を利いてくれなくなったわ。でも私は、本当に一生懸命丁寧に仕事をしてきたのよ」と自信に満ち溢れていた。
⭐︎亡くなったご主人が当時モテモテだった話。「主人が、やってくると毎回、若い女の子がみんな並んでコピーとかとりにくるのよ。仕事ができる人でみんなの憧れだったの。」と。
80歳代のCさん(女性)
⭐︎母は私が作った可愛いワンピースを「ちょうだい」って言って取り上げて自分が着てしまった。全然似合ってなかったのに。
⭐︎私がおさげ髪をしていたら「似合わない」と言って突然ハサミでチョキンってそのおさげ髪を切ってしまって、グジャグジャな髪になって泣きながら学校に行って、みんなに笑われたのと。
(因みに、部屋に飾ってるお母さんが写ってる写真を見ながら毎回言われるので、写真を外したら少し楽になりませんか?と提案してみた。外してからはお母さんの話が出なくなった)
⭐︎「主人は、気に入らないことがあると私をいつも蹴っていた、だから私の足はこんなふうになってしまったの、悔しかった」と言われた。
90歳代のDさん(女性)
⭐︎「私のお父さんは、偉い人!警察の上の人だった」「私は、かけっこがいつも一番!」と繰り返しこの2つのことを仰る。
甲斐甲斐しくお世話をしてくださっているご主人も十分に社会的に偉い人なのだけどご主人のことではなくお父様の話を何度もされる。
それを聞いてご主人は優しく笑っている。
90歳代のEさん(女性)
⭐︎若い頃のお話になると「姉と2人で疎開した時に親戚にいつも意地悪をされていた」
⭐︎「酒癖の悪い亭主でずっと苦労した」と言われる。
70歳代のFさん(女性)
⭐︎「私は、毎日、カーブス(女性専用のトレーニングジム)に行ってるわよ。今日も行くのよ」と言っているけど、ご家族は、もう何ヶ月も行ってないよと言われていた。
⭐︎「あら、私はどこでも1人で行けるわ。ちゃんと買い物にも行けるし。ずっと主婦をしてるんだから」と言われるけど家の中は、パンが8斤くらいあったり、キムチが10個くらいあるときもあり、同じものをどんどん買い物されており、ご主人は、「ずっと主婦なんて出来てねーよ」と呟く。
まだまだたくさんいらっしゃるのだけどこうしてみると女性の方が繰り返し同じ話をされるのが多いのかなぁ。たまたまかな。
男性の認知症の方は、どちらかと言うと寡黙な方や怒りっぽくなる方が多い印象だけど昔の話を何度も繰り返されるようなシーンには私はあまり出会っていない。
認知症になってたくさんの記憶を忘れてしまうのになぜか決まった話だけは繰り返えされている。
これらの話を振り返って見てみるとプラスの感情の記憶とマイナスの感情の記憶に二分されている。
プラスの感情を持っている人からは『誇り』を感じた。
マイナスの感情を持っている人たちからは『屈辱』に近いものを感じた。
『屈辱』←(➖)← プライド → (➕)→『誇り』
というような図になるのかな。
『誇り』について話される場合、
ちょっとした自慢だからみんなちょっと恥ずかしそうに話されるけど、キラキラとした目、活き活きとした表情でお話をされる。
どこか前のめりで!
本当に魂の底から嬉しかったんだろうなぁと思う。
逆に『屈辱』について話される場合、
何十年経ってもこの間のことのように話されるほど傷が深い。
恨んでしまう気持ちが消えていない方も多いと感じる。
そして、その傷が、その人の人生のふとしたところで顔を出すことがある。
自分自身もダメな人間だと思い込んでいるパターンもあれば、自分はそこまでひどくないのにそんなふうにしか思われなかった悔しさや悲しさが伝わってくる場合がある。大切にされていないという思いは、本当に払拭するのが大変。
こんなことを思うと小さい頃や若い頃に褒められるというのは、本当に後々に大きな宝となっていくのだということもわかる。
そして、反対に何気ない一言や行動が誰かを深く傷つけてしまうこともあるということ。
うちの甥っ子たちにもっともっとたくさん褒めてあげたら良かったなぁと今頃になって思う。彼らが大人になってからもできるだけいいところは伝えていくようにはしているけど。
うちの父なんかは小さい頃にあまり褒められて育っていないのだと思う。
じーさんになってからもいじけ癖が強い。
面倒臭いくらい強い。
おばぁちゃん、もうちょっと褒めてくれてたら良かったのにと今更、思うけど(笑)。
うちの父は、よく朝ごはんを作ってくれるのだけど、「おいしかったよ」というとめちゃくちゃ嬉しそうにする。
同居の孫がギリギリに起きてくるので食べない時がある。
そうすると自分の作った料理は食べられないのか!!といじけて捨ててしまったりする。
「お父さん、いいこと教えてあげるね、期待していいのは、神様だけだって本に書いてあったよー♡」と伝えといた。伝わってないだろうなぁ。
母は、横で笑っていた。
・・・・・*・・・・・*
私の“プライド“は何なんだろう?
私が、将来、繰り返し若い人たちに言うのは、どんな自分のストーリーなのだろうか?
やはり、人生の中で一番時間をかけてきたのは「看護」の仕事だから、きっと仕事のことをベラベラ話すんだろうなぁ(笑)。
そして、若い人たちに「そうなんですね、すごいですね」と言われるだけでちょっと得意げになる私・・・という光景が浮かんできた。
なんだか・・・恥ずかしい。
でもきっと大変だったことじゃなくて楽しかったことを話すんだろうなぁと思う。
甥っ子たちと過ごした楽しかった日々のことも誰も聞いていないのに長々と話すんだろうなぁ。
病院という大きな組織の中で働いていたら私の場合は変なプライドが、育っていたかもしれないなぁと思う。今は、訪問看護で親子ほど離れた年齢の同僚とも一緒に働いている。みんながそれぞれ色んな病院、色んな病棟や施設で働いて集結している。そして、それぞれが色んな人生を経て集結している。
年齢とか全く関係なくみんなをリスペクトできる関係性が職場の中に在る。このことについては、◯◯ちゃんが得意だから教えて貰おう!とか。私も年の功や緩和ケアの事や今まで経験した科の事は、シェアできる事もある。
こうなると、自分は凄い!とか全く思わなくて、みんな凄い!ってなる✨
いい関係性の中で働けてるのが有難いなぁと思う。
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人生の中で誇りを持って何かに没頭できたのは、とても素敵なことだと思う。
ただ過剰になりすぎないことも大切かなと。
誇りというかプライドが高すぎると謙虚さを忘れてしまったり、プライドの為に変な嘘や見栄が必要になったりすることもある。
プライドが無さすぎるのも自分はダメ人間だと自虐的になったり気持ちも捻じ曲がりかねない。
私達は、存在価値が高められるといい気持ちになる生き物!という事は認めよう。
褒められると嬉しくて、ついつい木に登ってしまう(笑)
これは仕方がない、この気持ちは有難く味わった上で、最期の時を迎える時は、いや、まだ最期を迎えなくても
中庸というか・・・
例えるなら『凪(なぎ)』のような感じがいいなぁなんて思う。
マイナスのプライドもプラスのプライドも握りしめすぎないように・・・。
と、ここまで書いておきながらも
自分のプライドが輝いている人達もかっこいいなぁと思う自分もいる。
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