雨のような、涙のような。『水は海に向かって流れる』
雨の日のって、じぶんの身体の外にある時は
いつも物語をみるように眺められるものの
ような気がしている。
高校生の直達(大西利空)がどしゃぶりの雨の中
誰かを待っていると、ぶっきらぼうなちょっと
怒ってるみたいな女の人、榊千紗(広瀬すず)が
傘を二本もってそこに駆けつける。
雨はわたしに降っているのではない。
彼らにまつわりつくように降っているので、
観客者のわたしはもうそれだけで物語の始まりの
目撃者になった気持ちで、見入っていた。
はじまりの予感が匂う。
「水は海に向かって流れてる」を夜のご褒美と
名づけてるNetflixで観ていた。
直達が高校が近いから通うのに楽だからと、叔父の
いる家に居候するという理由で彼が来るのを
待っていたら。
叔父、マンガ家の茂道(通称ニゲミチさん)ではなくてそこに現われたのは榊さんだったという、軽い違和感から始まる。
だいたい雨の中を不機嫌な人と歩くという事実だけ
でも生きている理不尽を感じたり、感じなかったり
するものだけど。
直達がたどり着いて案内されたのは想定外の
シェアハウスだった。
曲者ばかりが住んでいるその空間に、叔父の茂道がいるせいか、意外にも直達は馴染んでそこにいるように見えた。
あの不機嫌な榊さんが、お腹の空いた直達にポトラッチ丼とよばれる、玉ねぎを甘辛く煮た高級な牛肉だけがどんと載ったゴージャスな丼をふるまってくれる。
今まで知らなかった人んちでご飯を食べることが、疑似であっても「家族」になってゆくことなんだなって思いながら、その違和感と上手に馴染んでいるように見える直達を観ていた。
あんなんもめんどくさそうに台所に立って料理している榊さんの料理は、めちゃくちゃ「うめぇ」もので直達はそれだけでどこか満足しているような顔をしている。
かわいい。
榊さんと直達には、因縁というか世の中って不条理だよなって思える妙な結びつきで結ばれていることがゆくゆくわかってゆく。
それは大人の事情とはいえ。感情だけであけっぴろげに生きてんじゃねえよと、思える出来事によってふたりは繋がっていた。
縁ってほんとうに、自分の計り知れないところで
ひょんに繋がる。
たまたまその家に生まれた子供であっただけじゃないか。って言いたくなるような。
榊さんちのお母さんと直達んちのおとうさんの、無責任な事件が榊さんの心の中でくすぶっている。
血がつながってるってめんどくせえなって感情はわたしも若い頃に十二分に感じていたし。
榊さん的な立場に陥ったこともあるので、彼女の感情の起伏のなさには逆に馴染を感じていた。
そして榊さんはいつしか怒ることのできない人になっていた。
そんな榊さんがある日。
「怒っていいよ 怒って大丈夫だよ」と直達に
投げかける。
家族の事実をある事実を知って、どうしていいわからなくなっている戸惑いの中にいる直達にかけた言葉。
子供達は悪くないのに、ちゃんと傷ついている。
大切なひとも深く傷ついている。
そして直達は感情を解き放つ。
榊さんの言うセリフが好きだった。
「怒ったってしょうがないことばかりだけど
怒らなければ許してるのと同じよ」
酷い目にあうと、誰もが扉を閉ざしてしまって
頑なになるけれど。
そして、言葉なんてめんどくさい。
感情が微風でさえ動くことさえめんどくさくなる。
けれど。
それでも何かに対して「怒る」ことは大切な通らなければ道だと教えている榊さんに、心が傾いていく。
わたしもいつしか直達と同じで榊さんに恋をしている気持になる。
疑似家族のような疑似恋愛のような。
この映画はわたしにとって唯一あらゆる感情を互いに傷を持ったもの同士が、思いがけず解き放つまでを描いた心のロードムービーのようにも思えた。
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