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ラーパツア一刀斎

妻にも好評な常備菜を作りながら、現代剣道の基にもなった劍術の流祖について妄想した記録。


材料

白菜   適当に
昆布   適当に
唐辛子  1/2本
塩    適当に
酢    多め
蜂蜜   酢の1/3
胡麻油  結構多め
摺り胡麻 結構多め

アバウトな分量。

剣道の所作の多くは一刀流から來ているという。そのため一刀流を學べば剣道もわかるという人もいる。
個人的には一刀流から派生した北辰一刀流が防具と竹刀を用いた道場稽古で隆盛したことが剣道の始まりかとも思う。
眞劍や木刀を用いた劍術では激しく打ち合う訳にはいかず、一歩間違えると死に直結。というより人殺しの技が元々の始まり。
叩いても大して痛くない竹刀と身を護る防具を用いたことで、速さと手數の多さがモノを言うスポーツ的な剣道に変化したように感じる。
その一刀流の開祖は眞劍を竹刀のように軽々と振り回す神速の持主。


ざく切りの白菜に塩を塗して10分位放置。

永禄三年(1560)伊豆大㠀に誕生した前原弥五郎が後の一刀流の開祖、伊東一刀斎。
伊豆大㠀は流刑地。弥五郎の父も流人。
幼い頃から體力、胆力共に優れた弥五郎は忽ち、㠀の中では敵なしの強者に。
廣い所で自分を試したいと思うのは若者の常。ということで十四歳の時、㠀抜けを決意。
だが流人の子に船を貸してくれる者はなし。そこで弥五郎は板一枚を抱えて海へ。
泳いで対岸の伊豆へ。110キロから120キロはあるという距離を泳ぎ切った。
板を持っていたから、もしかしたら波乗りサーフィン?等と馬鹿馬鹿しい妄想もしてみる。
上陸した時は眞っ赤に潮焼け。襤褸布を纏った姿から鬼夜叉と呼ばれ、自分でもその呼び名が氣に入った。
そのまま三嶋大社の床下に住んで独力で劍術修行。


昆布と唐辛子を細かく切る。

戰國時代であり、諸國を巡る武者修行の富田一放が三嶋へ。
富田家は小太刀を使う中条流を修めて、加賀前田家の剣術指南に成った家で、一放もその一族。
腕試しとばかりに弥五郎は一放に挑戰。
本格的に劍を學んだこともない小僧ということで甘くみていた一放の懐に弥五郎は素早く入り、脳天に一撃。
無名の小僧に敗れた一放は三嶋から逃げるように退去。
三嶋大社の神官は弥五郎を客人として神社に迎えた。
中世の神社や寺院は大きな力を持っていた。近世に入ろうとする戰國時代でもそれは同様。多くの人に崇拝され、供物や賽銭が集まる。
財産を守る用心棒として、弥五郎は打ってつけ。
神社に奉納されていた刀を与えられた弥五郎は伊東一刀斎と名乗った。


水氣を絞った白菜に昆布、唐辛子、酢と蜂蜜。摺り胡麻を混ぜる。

闇夜に神社に押し入った十数人の野盗。
一刀斎は忽ち、七人を斬り伏せる。
逃げ遅れた賊の一人は大きな甕に隠れた。
血に飢えたようになった一刀斎は隠れている氣配を感じ取り、神社から贈られた刀で甕ごと賊を眞っ二つに。以後、この刀は『甕割』と呼ばれるようになった。
更なる修行と強者を求めて一刀斎は江戸へ。
正式に劍術を學ぼうと鐘巻自齋に弟子入り。中条流から独立して一流を開いた鐘巻自齋は佐々木小次郎の師。↓

修行すること五年にして、一刀斎は
「もはやここで學ぶべきことは何もない。鐘巻流はすべて覺えた」
と師に告げる。
「たった五年の修行で思い上がりおって」
懲らしめてやるとばかりに自齋は一刀斎と立ち會うが、三本勝負をすべて一刀斎に取られ、止む無く一刀斎の独立を認める。

小田原に來た時、港に明(中國)船。
十官という中國の武芸者が功夫の妙義を披露。
それを見た一刀斎は挑戦。
十官は木刀。対する一刀斎が手にしたのは扇子。
「舐めやがって」
といきり立つ十官の木刀を躱して、一刀斎は扇子で十官の頭を一撃。これにて昏倒。


胡麻油を煙が出るまで熱する。

京都に居た時、一刀斎は懇ろになった女と酔って同衾。
何者かの氣配で目を覺ますが女はおらず、刀もない。
数人の男に寝込みを襲われた。女もグル。
徳利やら膳を投げ付けて抵抗。
ついに敵から刀を奪い取って、闇の室内で振り回して撃退。
この時に振るった劍技を『夢想劍』と名付けた。

後年、一刀斎は二人の弟子を連れて諸國を武者修行。
一人は船頭だった小野善鬼。
一人は里見家に仕えていた武士、神子神典膳(みこがみてんぜん)
「決闘をして勝った方に一刀流の跡目を譲り、徳川家に劍術指南役として推挙する」
と言い出した一刀斎。これにより善鬼と典膳は小金ヶ原で雌雄を決する。
勝利した典膳に一刀流の跡目と甕割の刀を譲って、一刀斎はそのまま旅立ち、行方は杳として知れない。


ラーパーツアー一刀斎

熱した胡麻油を回し掛けて完成。
中華の惣菜であるラーパーツアイに昆布を加えてアレンジ。
酸味と辛味、塩味、そして昆布の旨味が加わった一刀斎の劍のように最強のご飯のお供。
胡麻はゴマグリナンやセサミンが含まれる抗酸化食品、カプサイシンで脂肪燃焼、白菜から食物繊維やビタミンCやKも頂ける。

伊東一刀斎の劍とは天性の勘や力に頼った劍だったのではないか。
剣道の基になっているとはいうものの、『夢想劍』なんて習って覺えられる技とは思えないし、教えようもない。
師の自齋や十官を倒した時は、わざと相手を怒らせて虚を突いた心理戰のように思われる。
つまりあまりいいい性格ではなかったから恨みを買って闇討ちされたり、女に裏切られたり。

更に妄想すると、弟子二人の決闘後、姿を消したというのは殺されたということではないか。
弟子達に殺し合いをさせる師匠を見限って、勝者は一刀齋をも殺して葬った。
一刀齋自身が師匠の自齋に暴言ともとれる言葉を投げて、打ち負かしたことを思えば、因果が巡ったということになる。
確かに強かったかもしれないが、神格化するためにかなり話が盛られているかもしれない劍豪、伊東一刀斎を妄想しながら、ラーパーツア一刀斎をご馳走様でした。

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