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雑煮でぶつぶつ言う

善神と惡神が戰い、敗れた善神の内臓つまり臓物(ぞうもつ)を煮たのが雑煮の始まり。
臓(物)煮という訳。
更に惡神は善神が蘇らないように呪いをかけた。
「炒り豆から芽が出るまで戻って來るな」
炒った豆が発芽する筈もない。
そして人々に炒り豆をぶつけて善神の魂を追い払うように仕向けた。
「鬼は外。福は内」
敗れた善神は鬼とされ、勝った惡神は福の神を自称。
そんな歴史を思うと、日本の正月に付き物の雑煮にも複雑な思い。善惡が引っ繰り返っている現代を象徴?
それはともかく、雑煮を作りながら昨年を振り返り、本年のことを妄想した記録。


材料

餅   好きなだけ
蒲鉾  好きなだけ
鰤   好きなだけ
海老  好きなだけ
小松菜 好きなだけ
昆布  5㎝
醤油  風味付け程度
塩   メインの味
酒   鍋一杯に大匙1程

もう八年目になる令和があけました。おめでとうございます。
昨年、創作大賞に無謀な挑戰をしましたが、本当に無謀でした。
箸にも棒にもかからず。
昨年の冒頭に秘かに掲げた出版化は砕け散った。
恨み言を呟いている訳ではありません。


昆布で出汁を取っておく。

料理と歴史の二刀流を思い付いた当初は、歴史上の人物の食にまつわる話を書こうかと思いましたが、それでは普通で面白くない。いっそまったく關係ない料理を絡めてきました。
変化球のつもりでしたが、変化し過ぎてキャッチャーミットではなくベンチの方向に曲がった超カーブというべきか。或いは暴投?


適当な長さに切った小松菜を茹でる。

多くの人を魅了するものを作れる器ではないことがわかり、スッキリ。昔、なりたかった作家になどなれるものではなし。いっそこのnoteからも消え去ろうかと考えましたが、それも惜しい。
これからはこんな私と交流して下さっている方々に向けて、細々と趣味的にやろうと思います。
昨年秋から更新頻度を落としてきました。特に十二月前半はnote自体にもアクセスせず。
意欲枯れネタ枯れというだけではなく、他にやることがあったから。
ある検定を受験するための勉強。
辛気臭い昨年の振り返りはここで終了。


餅も茹でる。

昔から成りたいと思い、ほんの一時期でしたが叶った職業がありました。
トップページのプロフィールを見ればわかるかと思いますが、その職業に現在は『元』を付けています。その文字を外そうかと目論んでいます。
その業界に戻る地均しを今年、令和八年に始めようというのが本年の野望。


酒、醤油、塩を昆布出汁に足していって味を調節。

二年前の年頭noteに書いたのですが、これまでダラダラと続けていたスペイン語を使えるようにすべくスペイン語検定を昨年十二月に受験。
今年は更に上級を、そして最終目標はスペイン語での通訳案内士資格取得。
英語の通訳案内士資格は既に持っていますが、他の言語も使えるようになれば大きなアドバンテージ。
何でスペイン語かというと、私自身がスペインや南米に行きたいから。


具を入れて惡、いや灰汁を取りながら煮る。

日本の文化や歴史を多くの外國人に紹介したい。
又、日本人というのは海外で評価されて初めて自分達の文化に目覺めるという風がある。
浮世繪なんて、その最たる物。
元々は庶民が楽しむ物で陶磁器の梱包材として、つまり紙屑扱いで輸出されたのを見たヨーロッパの藝術家が評価したのが、浮世繪が美術品となった端緒。
そういう風に外國人に文化や歴史が評価されれば、現代の日本人も足元の歴史や文化に目を向けるようになるかもしれない。
度々、ここにも書いていますが歴史を學ばなくなった民族は百年で滅びるというアーノルド・トインビーの言葉があります。
敗戰以來、この國は歴史を學ぶことを止めてしまった。今年で81年目。
その流れを止める一助になれれば望外の喜び。
迂遠ですが外國人に評価されることで日本人の意識を変えたい。
日本の文化や歴史、価値観を好きになってくれる外國人が増えれば、それも喜び。


博多風雑煮をアレンジ。

現在、居住している關東では角餅が主流。
『郷に入っては郷ひろみ』ということで昨年までは角餅を作っていたが、今年は郷里の福岡で食べられている丸餅を作った。
焼くのではなく、餅を煮るのも西日本風。
魚介の出汁を味わう雑煮。

今年は二年振りに福岡に帰省しようかと計画。
新たな年に様々な望みや抱負を抱くのは私に限らないこと。
問題はどこまで、それを現実に引き寄せられるか。

インバウンドが盛り上がっていると盛んに言われていますが、私は冷ややかに見ていました。
日本に興味があるというようよりも円安なので、安価で良質なサービスが受けられるから來ているだけの外國人が多いのではないか?
でも、それも一つのきっかけでそこから本物の日本に氣付いてくれる人も出て來るかもしれないと考えを変えた。
それに円安だから來るという外國人も減ってくる。本当に日本に興味を持っている人が來るという風に流れが変わる。そう見ています。

今回は毎年恒例と言うべき、ここに訪問下さる皆様へ向けての年頭の挨拶。
例年通りに大風呂敷を廣げていると思って下さい。
來年の今頃はきっと私も何を書いたか忘れていることでしょう。
どこかで宣言しておかないと怠けてやらない自分を追い込むために、ここで大ぼら吹いているということです。

という所で令和八年、2026年に私を含めて多くの人々が年頭の抱負や誓いを叶えられるように、少しでもそれに近付けるように祈念しつつ、雑煮をご馳走様でした。

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