伊達巻宗?
枝豆と言えば茹でる。あえて焼いてみた枝豆を料理に使いながら、独眼竜と呼ばれた?戰國大名の家族關係等を妄想した記録。

枝豆 フライパンに一杯位
大蒜 1欠け
唐辛子 1/2本
塩 小匙半分
枝豆をすり潰したペーストをずんだというが、伊達政宗が考案したという。
永禄十年(1567)に誕生した梵天丸が後の政宗。
父は伊達輝宗。母は最上義光の妹、義姫。↓
詳しくは↑を見て頂きたいのですが、母の義姫は氣性が激しかったらしく、その血を受け継いだ政宗も城攻めの後、一兵残らずどころか女子供まで皆殺しにしたとか、敵対した武将を残忍に殺した話もある。
しかし意外なことに幼少の梵天丸は内氣で引っ込み思案。そうなった原因の一つが病。
疱瘡つまり天然痘に罹って、命は取り留めたが右目を失明。
しかし父、輝宗が付けた守役の片倉小十郎や教育係となった僧、虎哉宗乙(こさいそういつ)の薫陶で逞しく成長。

ドラマや漫画などでは母と政宗の關係はあまり良くないと描かれる。右目を失い容貌が変わった政宗よりも見た目がよく行儀もいい弟の小次郎を好み、そちらに伊達家を継がせようとしていたとされることがよくあるが、どうも事実は異なる。
母との關係も決して惡くなく、それどころか家督争いを避けるために弟の小次郎を殺したと言われるが、生きていたらしい話もある。
ただ母や弟を遠ざけねばならなかった風があり、独りで人生を切り開かねばならなかったとは言える。
十八歳の時、父の輝宗が隠居して家督を継いだ政宗だが、その父とも尋常ならざる別れ方。

伊達家は周辺の諸勢力と婚姻や養子縁組を結ぶことで親戚同士で争わずに奥羽を纏めようとしてきた。
跡目を継いだ政宗はそれを転換。
武力で周囲を圧迫、従わせようとした。
先に挙げた皆殺しの話は、この時の大内氏の小手森城攻めの時。
父の代まで築いてきた蘆名氏との同盟も破綻。
畠山氏とも対立と敵だらけ。
二本松城主、畠山義継は政宗により領地没収を言い渡されたが、あまりに苛烈に過ぎると輝宗が調停。
五ヵ村を領地として畠山氏は存続。
御礼言上に來た義継は輝宗を拉致。二本松城へ連行しようとした。

蒸し焼きにしたことでしっかりと火が通り、大蒜風味と唐辛子の辛味がよく沁み込んでいる。
手はべたべたするものの、ビールのアテには最高。
もう茹で枝豆には戻れない。
これだけでも美味いが、もう一変化。
鷹狩りに出ていた政宗は知らせを受けて畠山一行を追尾。
伊達家を守るために苦渋の思いで父ごと、畠山義継を射殺。
ドラマ等では父が「自分ごと撃て」と命じ、政宗も涙ながらに発砲を命じるという場面。
しかし、そもそもの前提がおかしい。
仮にも戰國武将である畠山義継が追い詰められた銀行強盗みたいな真似をするか?
伊達家を恨んでいるのならば、拉致なんてまどろっこしいことをせずに輝宗を殺して反伊達の戰をすればいい。
輝宗を人質にして政宗から譲歩を引き出したとして、その後、どうするの?
人質を返したら、怒り心頭の政宗に猛攻撃を食らう。
殺したら、余計にそうなる。
そもそも、畠山義継による伊達輝宗拉致事件なんて本当にあったのか?

伊達政宗には様々な逸話。
これは伊達家が戰國サバイバルレースの勝ち組だったから。
江戸時代を通じて伊達家は仙台六十万石のまま、転封、減封、改易もなく明治維新まで安泰。
それ故、藩祖の政宗公は偉かったとばかりに作られた話が多い或いはちょっとした話が誇張、若しくは如何にもやりそうなこととして盛られた話があると思う。
伊達政宗と言えば大概の人が右目に刀の鍔みたいな眼帯をした姿をイメージ。これも作られた政宗像。
政宗が眼帯をしていた記録はない。
遺品に眼帯もない。
肖像画にも木像にも右目は描かれている。
「両親に頂いた體を損なったのは親不孝だから、肖像画を描く時は必ず右目を描き入れよ」と政宗が遺言したからと言われるが、それも盛られた話?

疱瘡の後遺症で右目が醜く飛び出して、見かねた片倉小十郎が小刀で切り取ったと言われる。
伊達政宗の霊廟、瑞鳳殿は修復のため発掘されたことがある。その時に政宗の遺骨が掘り出されているが、右目の部分に異常は見られなかった。
軟部疾患で頭蓋骨に疵は付いていなかったと、もっともらしいことを言われているが、隻眼ではなかったんじゃないか?
政宗はオッドアイだったという説。
つまり左右で目の色が違った。
根拠となっているのが母の義姫が夢で、白髪の人物に胎内を貸してくれと言われて身籠ったのが政宗という話。ここから飛躍して義姫が南蛮人と關係して出來たのが政宗というが、噴飯物。
ただ、病氣か先天性かの障害があり、右目の色素が薄かったとか白く濁っていたということなら有り得る。

そもそも政宗の異名となっている独眼竜という名もオリジナルではない。
唐に李克用という武将。
その人物は隻眼だったが優れた武将で、師の虎哉がその人物になぞらえて政宗を励ましたというのが話の出所。
実は伊達政宗については以前もほぼ同じ題名で書いています。↓
今回は伊達政宗の逸話には疑ってかかった方がいいと思えることが多いということから?を題名に付けています。
という所で話は一応の完結ですが、政宗について更なる妄想。
但しモラル的にあまり大っぴらに公開するのを憚る内容で、政宗ファンの怒りを買うかもしれないので、その部分については有料にして隠すことにします。
頭のおかしいオッサンの妄想にとことん付き合いたい人だけ木戸銭を払って御覧下さい。
100円分のサービスとして伊達巻宗の完成画像もお付けしました。
ということで、ここで一応、締めさせて頂きます。
ご馳走様でした。
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