不登校の親のストレス問題
「子どもが学校に行けない」事実だけで、毎日ヘトヘトなのに、不登校の親は他にも多くのストレスを抱えなければならない。
家族と意見が合わない
学校とのやり取りがうまくいかない
周りの視線や言葉が気になる
自分だけでは、どうにもならない事なのに、「何とかしなくちゃ」と焦って空回りしてしまうのだ。
そして結局、
がんばっているのに伝わらない
説明してもわかってもらえない
といった空しさだけがつのっていく。
こうした積み重ねは、不登校の親をどんどん追い込んでいく。
そして、ちょっとした一言に傷つき、「自分が悪かったのではないか」と考え始める。
もちろん、家族みんなで支え合えるのが理想だろう。でも実際は、家族の中にさえ「不登校を受け入れられない」壁があるのだ。
そうなると、誰が決めたわけでもないが、母親がすべてを引き受ける構図ができあがってしまう。頼まれてはいないが、気づけば責任のすべてを抱えている感覚になってしまうのだ。
以前の私もそうだった。
教員として不登校の子どもたちと関わってきたのに、いざ、自分の娘のことになると
「どうして防げなかったのか」
「私の関わり方が悪かったのではないか」
と自分を責め続けた。
そんな私の「自責」の視点を変えてくれたのは、専門家の言葉ではなく、「同じ立場の親」との出会いだった。そこには、現在進行形で悩む人、嵐が過ぎ去って穏やかな生活に戻った人、いろんな人がいた。
そして、彼女たちが教えてくれたのは、「登校VS不登校」の対立ではなく、それを超えた先にある、「子どもの人生」との向き合い方だった。子どもの人生は子どものものであり、親が入り込むことはできない。そして親にできるのは、子どものチカラを信じてそばにいることだ。そんな言葉が経験と共に語られたのだ。
「学校に行けない」ことが受け入れられなかった私は、「どうしたら戻れるのか」ばかり考えていた。
子どもの行動を否定し、将来を悲観していたのだ。
でも、人の体験を聞き、自分の想いを話していると、少しずつ不登校のマイナス面だけではなく、プラスの面にも目を向けることができるようになっていった。
カウンセラーや医師の話も参考になったが、経験者の言葉にはリアリティがあった。子どもの未来がうっすら見え始めたのだ。
きれいに整えられた正解ではなく、迷いながら進んできたそれぞれの歩みが、私の心を軽くしてくれた。「不登校」になったら人生が終わるわけじゃない。回り道をしながら自分で歩き始めた先輩たちがたくさんいたのだ。
私が遠回りしてやっと気づいた「ストレスを減らす」工夫は、
✔全部一人で抱え込まない
✔頼れる場所を持つ
✔情報だけでなく、人とつながる
親が倒れてしまえば、子どもを支えることはできない。だからこそ、ストレスを分散させるための行動をとるべきなのだ。
今はAIが話を聞いてくれる。慰めてもくれる。人に会えないなら頼っていいと思う。
いらないストレスは吐き出して、子どもと向き合う時間を大切にした方がいい。
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