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    <title>ぼく脳</title>
    <description>noteの練習</description>
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      <title>Tonikakuという天使</title>
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      <description><![CDATA[<p name="aad2b17a-6800-43e0-8e98-c1f996682382" id="aad2b17a-6800-43e0-8e98-c1f996682382">今年の6月頃、ルーブル展を観に行った。絵の中の天使たちが色んな手法でちんこを隠していて、とにかく明るい安村さんが海外でウケる理由がわかった気がした。西洋の人たちはあの芸の楽しみ方を何百年も前から知っていたのだ。<br><br>Tonikaku（とにかく明るい安村）は紛れもなく天使だった。<br><br>Tonikakuは人間ではなく天使、という目線で見ると「とにかく明るい」という言葉にも別の解釈が生まれてくる。明るい、という言葉が、陽気＝内面的な話ではなく、雲間から差し込む「光」や、天使の輪の「光」的な明るさとも取れる。<br>今までは「とにかく（内面が）明るい（安村」だと思っていたが「とにかく（物理的に光っていて）明るい安村」の可能性があるのではないか。安らぎを与える光。安心してください。</p><p name="cf45d1c6-8e97-4c76-9747-d1fdbae665db" id="cf45d1c6-8e97-4c76-9747-d1fdbae665db">そんなことを考えていると、途中からもう絵画そのものには全く集中することができなくなっていた。あらゆる手法でちんこを隠す天使たちだけを見て、これを分析すれば安村さんが次にやりそうなネタを当てれるのでは？と思いあれこれ予測していたら出口に着いていた。もしいつか安村さんに会う機会があったら、展示の入場料を払ってもらおうと思う（冗談です）</p><br/><a href='https://note.com/_bokunou/n/n33c2360003c4'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ぼく脳</note:creatorName>
      <pubDate>Wed, 13 Dec 2023 15:51:04 +0900</pubDate>
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      <title>おばけはえらい</title>
      <description><![CDATA[<p name="e4cff0f9-ebf5-4c3c-9b77-4293af78b71c" id="e4cff0f9-ebf5-4c3c-9b77-4293af78b71c">おばけは本当に偉い。死後の世界のネタバレをしないからだ。物音を立てて脅かしたり、体調不良にさせたりするおばけはいるが、もしも自分がおばけになって生きてる人の前に現れることができたら、死後の世界のネタバレをベラベラと喋ってしまうと思う。地獄の気温とか天国はフワフワだとか、輪廻で目が回って酔わないようにする方法とか。なんなら心霊スポットに後輩のおばけたちを集めて、肝試しに来たヤンチャな子に向けて「おばけが選ぶ、本当に棺桶に入れて欲しい物ベスト10〜！」とか勝手に番組みたいなことをやってしまうかもしれない。それなのにおばけは「ばぁ！」で終わる。なんてロマンチストなのだろう。おばけには何かディズニーランドのキャストのような使命感を感じる。あの世というテーマパークで働いているプロのキャストであり、おばけは皆総じて「あの世リテラシー」が高いのだ。おばけの口が軽く、あの世の情報が筒抜けになってしまったら、きっと物事の全てのバランスが崩壊してしまうと思う。今もこうして世界のバランスを保てているのはおばけの口が堅いからなのだ。<br>ひょっとして口が堅い人しか死んでないのだろうか？とも思うかもしれないが、新作映画のネタバレすることだけを楽しみに生きてる人も同じくらい死んでいる。死とは平等なもので、そういうものなのだ。人は死んでおばけになると口が固くなるらしい。</p><p name="08b46e5d-5527-45d1-9418-2deb0bfef374" id="08b46e5d-5527-45d1-9418-2deb0bfef374">とはいえあの世の情報というのは喉からどころか全毛穴から手が出るほど知りたいものであり、人類（だけじゃないかも？）が気になる共通のテーマであることは間違いない。生きながらにして死後の世界の情報を知る術はないのだろうか。おばけに拷問をしてあの世についての情報を吐かせれば良いのではと考えたが、拷問というのは死というものがあるから成立してるのであって、すでに死んでいるおばけにとってはノーダメージ、時間の無駄であるということにすぐに気づいた。死後の世界というのは秘密を守るには最高の環境なのだ。（地獄の釜茹でとかって死んでるのに辛いのかな）<br>逆お盆みたいな感じで1週間ほどあの世に行ける期間があれば良いのになと思う。あの世には肉に割り箸を刺して作った乗り物とかあって、我々生きている人間を迎え入れて欲しい。おばけだけお盆があってずるいし、ご先祖様に毎度ご足労おかけして申し訳ないのでいつでもこちらから出向きますよ。</p><br/><a href='https://note.com/_bokunou/n/n8876876eef82'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ぼく脳</note:creatorName>
      <pubDate>Tue, 12 Dec 2023 16:28:28 +0900</pubDate>
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      <title>魂と肉体</title>
      <description><![CDATA[<p name="9547df30-fa1e-42f2-9fdd-270e3a42bc37" id="9547df30-fa1e-42f2-9fdd-270e3a42bc37">自分の肉体を自分の魂のペットとして「自分の散歩」ということで毎日ジョギングをしている。そのおかげで10キロくらい痩せて、体調もいい感じがする。<br>実は昔にもジョギングを趣味にしていたことがあったのだが、そのときは「健康のためにジョギングしてる人は死に向かってゆっくり歩いているけど部屋で寝ながらプリングルス食ってる俺は死に向かってジョギングしてる。だから俺の趣味は（死に向かっての）ジョギング」というキモい一休さんみたいな考えからくる「逆方向へのジョギング」だったので、まともに（まともか？）ジョギングするのは初めてかもしれない。<br>2ヶ月前、初めはコントのような感じで「肉体を魂のペットだと思いこむ」ジョギングを始めたのだが、なんだか自分自身だと思っているよりも、自分の（魂の）ペットだと思っている方が自分（肉体）のことを愛せてしまっている。（ペットはすごく可愛いので）</p><p name="4d3fcf7d-7399-404b-8a25-bab44127e58d" id="4d3fcf7d-7399-404b-8a25-bab44127e58d">ダイエットのためにこの「自分の肉体を自分の魂のペットと思いこむ」ことをしているのだが、それとは別に元々の考えとして「自分の肉体は自分の魂の乗り物」というのがある。<br>僕は昔からよく意味不明な怪我をする。この前もわかってはいるのに体が動かずガストの配膳ロボットに轢かれかけた。これが一般的に言う運動神経やリズム感なのかわからないが「自分の体をうまく乗りこなせていない」という感覚がどこか常にあった。自分の体に初心者マークのタトゥーを入れようとしたこともあったくらいだ（一生初心者じゃんと思ってやめた）。そんな自分のように自分の体をうまく乗りこなせない人のための施設「人体の教習所」があったら良いなと思う。何をしても怪我しない屈強な肉体の教習体（きょうしゅうたい）（教習車のようなものだと思ってください）に乗って色々なことをして、試験に合格すると人体の免許証が受け取れる。教習体にはもちろん試験官の魂も乗っているので「そこジャンプ」とか「変なとこ曲がってるよ」とか言われるだろう。免許を獲得したのにずっと寝てばかりの肉体ペーパードライバー生活も楽しそうだ。<br><br>魂が体の中のどこにいるのかはわからないが（肉体と同じ形をしてミチミチに人の形をしてるのかもしれない）イメージしやすいものとして心臓だとする。心臓がこの肉体という乗り物の運転席である。人間は大抵の人が左に心臓があり（チャンス大城さんなど稀に右に心臓がある方もいるらしい）僕も左に心臓がある。ということは僕は外車なのだ。左ハンドルの外車。そう思うとこの体もなんだか悪くない。まだ経験が無いのだが、鼻につく金持ちがピカピカの外車を自慢してきたら「いや自分も体、外車なんで」と言ってみたい。</p><br/><a href='https://note.com/_bokunou/n/n1a1922376ca1'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ぼく脳</note:creatorName>
      <pubDate>Fri, 22 Sep 2023 18:35:22 +0900</pubDate>
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      <title>環境問題とお笑い</title>
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      <description><![CDATA[<p name="566e56ac-a711-4bf2-9e92-6726f85e654f" id="566e56ac-a711-4bf2-9e92-6726f85e654f">「爆笑問題とお笑い」に見えてしまい、このテーマ辞めようかなって思ってしまった。<br>しかしそれは逆で、爆笑問題という文字を見て環境問題と見間違うようでなければらないと思う（は？）<br>「お笑い芸人」という名前のヤバさは一旦置いておいて（感情表現が名前に入ってる職業なんて他に存在するのだろうか。お涙大工とか）お笑いは環境に悪いのだろうか。確かに芸人はよく喋り、人間と車のハーフかと思うほど二酸化炭素を排出している。照明という太陽を浴びてこれでもかと二酸化炭素を排出する姿は逆植物とも言えるだろう。ガムテープ＋段ボール＝無限、だと信じている小道具芸人たちはＳＤＧｓかもしれないが、お笑いにおける色んな競技でまだまだ改善ができると思う。</p><p name="4d79028c-b99e-4fdf-bcc0-f4280db588e4" id="4d79028c-b99e-4fdf-bcc0-f4280db588e4">最近流行っている大喜利においても一番環境に良いのは無論、何も答えないことだが、答えるにしても環境に対する配慮は十分できるはずだ。インクの無駄を防ぐ為に同じ答えを使い回す(再利用)とか、他の演者が使った答えのおさがりをもらうとか。なるべくウケない答えを出すのも大事である(お客さんの二酸化炭素の大排出を防ぐ)<br>ピン芸に代表されるフリップ芸も紙をたくさん使用しているので環境には優しくない。ピン芸人はとりあえずフリップ芸を始めがちだが(そもそも僕はフリップ芸をコンビ芸だと思っている。紙は生きている)コンビ解散から次のコンビ結成までの繋ぎの期間だけとりあえずフリップ芸をやる芸人などもいて、相方として紙が可哀想だなと思うこともある。そのフリップ芸は目の前の紙ではなく「オゾン層をめくっている」地球を使った壮大なフリップ芸だという事を自覚しなければならない。フリップ芸で滑ったらその紙をリサイクルしてダンボールにし、そのダンボールで小道具を作りコントをする「生まれ変わったフリップたち」というライブをやってほしい。せめてそこまでするべきだろう。それでも滑ったらそれをさらにリサイクルしてトイレットペーパーにして糞を拭くまでライブにしてもらいたい。R-1グランプリも紙（元を辿れば植物）がOKなら動物もOKなのか？植物→動物→人間みたいな感じでグラデーションにしてステージに出していってどこで止められるかを実験してみたい。<br>その点、モノボケは非常に環境に優しい。物があれば永遠に可能である。永遠といっても将来人間よりも上位の生物が地球にやってきて、芸人を「モノ」として使いだすモノボケをやるかもしれない。モノ側としてモノボケに出る可能性もある未来があると思うとこれからの芸人は大変である。以前テレビの企画で「大喜利最強芸人にミニマリストの家でモノボケをしてもらう」という案を出したのだが、物がない状態で家そのものとか酸素とか使ってボケるのを見てみたかった（理由は忘れたがボツになった）</p><br/><a href='https://note.com/_bokunou/n/n45f55edcc35f'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ぼく脳</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 26 Aug 2023 14:50:31 +0900</pubDate>
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      <title>鏡について</title>
      <description><![CDATA[<p name="725897dd-fb0d-47d3-bc46-1bcb19cc7875" id="725897dd-fb0d-47d3-bc46-1bcb19cc7875">鏡は本当は作られてはいけない物だったと思う。少なくとも「まだ」作られてはいけない物だった。自分の姿を知る、というのは人生のゴールで、そのためだけに寿命をまっとうするのもいいものだろう。鏡はこの世のネタバレであり、神も最初鏡の存在を知ったときはそのとき創ってるもの（エッチな形の野菜とか）の手を止めて頭を抱えたと思う。雨上がりの翌日の水溜り、終電の窓ガラス、ポケットビスケッツのCDの裏面など、神がこの世界を創造する際に遊び心で「自分の姿を知る」ヒントを仕掛けてくれたのに台無しである。<br><br>以前見たアダルトビデオで衝撃だったシーンがある。男優が女優をホテルの鏡に手をつかせて後ろから攻めるというシーンで、男優が実物の女優と鏡に映る女優を交互に見ながら「どっちも可愛いってすごいね」と言ったのだ。僕は驚き「神話だ」と思った。まるでアダムとイブの行為を見ているようで、握っていた陰茎がタイムマシンのレバーになったのではないかと疑った。動画を見ていたのはApple社のiPhone。食べかけのりんご。<br>（キモくてすみません、鳥に言葉を譲ります）</p><p name="87044d73-d414-4dfa-9cee-e74699e30840" id="87044d73-d414-4dfa-9cee-e74699e30840">神話で思い出したのだが（世界一かっこいい話の入りじゃん）ナルシストの語源でもあるナルキッソスという人物は水面に映る美少年（自分の姿）に見とれてその場から離れられず痩せ細って死んだらしい。水面に映った自分にキスをしようとして池に落ちて死んだという説もあるらしいが、どちらにせよ凄い。昔テレビで動物番組を見ていて、ふと「水場に顔を近づけて水を飲んでいる動物たちはナルキッソスのように水面に映る自分と激しいキスをしているのかもしれない」と思ったことがある。映っているのが自分だと認識しているのかはわからないが、水場に顔を近づけて水を飲む動物たちは生きるために「水面に映る自分とディープキスをしている」のだ。生きることは自分を愛すること、そういうメッセージなのかもしれない。そう思った僕は、この水の飲み方を人間も一度やってみるべきだと思い挑戦してみた。家にある桶に水を入れ、ベランダで実行した。はじめての動物の練習。桶の水には一人分の空が映っている。そこに恐る恐る顔を近づけると初日の出のようにゆっくりと水面に自分の顔が映し出された。しかし下からのアングルの自分がひどく、全員に無視される初日の出になっていたので重力を憎んだ。重力は美の天敵だ。いっそのこと重力をオフにして永遠に美しく生きれたらどれだけ幸せかと思うが（思うか？）、突然地球の重力がなくなったら全てがバラバラに吹っ飛び大爆発を起こすらしい。大爆発を起こす前に一瞬だけ全人類が格好良くなると思うと、ちょっと面白い。そんなことを考えながら動物のマネをして水に口をつける。水面の自分と口づけしている間はまるで失敗した目玉焼きのように顔のパーツが混ざり合い、口を離すとまた自分の顔に戻っていく。ターミネーター2というものが既に存在してることは知っているのに、ターミネーター2を思いついてしまいそうだ。何口か水を飲み、顔を上げて休み、水を飲み、顔を上げて休み、と繰り返していると、次第に水面に映る自分が自分ではない何かに見えてくる。そしてどこを見ていいのかわからなくなってきて、さらには「普段ペットボトルの水を飲んでいるときはどこを見てたっけ」という不安に駆られる。もしかしたらだが、ペットボトルの水を飲んでいる人間もあれは実は自分自身を見ているのではないのだろうか。だから水を飲んでいるときの景色を思い出せないのだ。自分自身を見つめやすいように水はあのような色、あのような味になったとすら思えてくる。ペットボトルの飲み口は、水面に映る自分と同じ、もう一人の自分の口なのだ。動物が水面の自分と口づけをしながら生命を維持しているように、人間もペットボトルの水で同じことをしていた。生き物は水を飲んでいるとき自分自身を見つめている。動物の練習をしていたのに、いつのまにか動物の本番になっていた。鏡なんてなくても、水を飲めばいい。<br><br>鏡がなければ色んな物がなくなる。この世界に存在するものが今あるものの半分くらいになっていただろう。そもそも、鏡が映しているだけでひょっとしたらこの世界のものは元々今あるものの半分しかないのかもしれない。</p><br/><a href='https://note.com/_bokunou/n/n6b7d35b3aecd'>続きをみる</a>]]></description>
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      <note:creatorName>ぼく脳</note:creatorName>
      <pubDate>Thu, 27 Jul 2023 19:14:20 +0900</pubDate>
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      <title>飯論</title>
      <description><![CDATA[<p style="text-align: start" name="8e9d474e-0e7a-4c74-ad98-2b9de05c68e0" id="8e9d474e-0e7a-4c74-ad98-2b9de05c68e0">全ての食べ物はゴッホである。なぜなら死んだ後に評価されているから。自分が美味しいということに気づきながら生きている生き物はいないと思うが、ウニやら海老やらは宇宙を感じる見た目でやはりゴッホ的な、誰かが食べてから（死後）評価されたに違いない。どう見ても美味しそうな見た目のもの、つまり生きているうちから評価されていたピカソ的な食べ物は何かないか考えてみたが（赤ちゃんの目になってスーパーを見渡したりしてみた）やはりどれもゴッホで、中にはゴッホすぎるゴッホゴッホなものしか無かった。葡萄なんてゴッホゴッホゴッホゴッホくらいだろう。食べ物というのは割と神秘である（割と神秘という言葉があるとは思えない）<br>自分のようなスタイルで活動してる人間は神秘性をパンパンに持たせることが大事だと、そう信じて10年ほど真顔をドレスコードにして、この「大（だい）人間味時代」に真っ向から立ち向かっていたのだが、ある日気づいてしまった。「飯が似合うのに神秘も何も無いだろ」<br>しかも飯が似合いすぎてるわけでもなく、飯が似合わなくは無い、程度の自分に神秘もクソも無い。何を言ってるか全くわからない人もいると思うが、昔からカリスマは食べ物が似合わない人が多いというイメージがうっすら脳の片隅に存在している。（ロックスターが不健康そうなイメージに近いかも）痩せてる＝カリスマということが言いたいわけではなく体がデカくても食べ物が似合わない人はいるし、その逆もいる。痩せてる太っているではなくて「食べ物が似合うかどうか」なのだ（これはかなり主観な感覚なので人によっては僕は全く食べ物が似合わなく見える人も多いと思う）<br>僕は食べ物が好きだ。食べ物という名前を含めてとても好きだ。食べ物そのものは割と神秘だが（割と神秘という言葉があるとは思えない）食べ物が似合いすぎると神秘性に欠ける、僕はそう思った。</p><p style="text-align: start" name="b5f405e4-295c-4982-b907-a4f37d64fe7c" id="b5f405e4-295c-4982-b907-a4f37d64fe7c">僕の友人に全ての食べ物をお茶漬けに変えてしまう人がいるのだが（何でもお茶漬けのようにズルズルっとかき込むため何を食べててもお茶漬けの音が聞こえてくる。一度サムギョプサルからもお茶漬けの音が聞こえてきてえらく驚いた）彼は一番食べ物が似合うし神秘性は0に近い。どんなウンコをするのかすら想像できる。ちなみに彼は小人がボルダリングできそうなくらいお茶碗に米粒を残した状態でご馳走様するので、神秘とか神秘じゃ無いとか関係なく今度怒らなければならない。</p><br/><a href='https://note.com/_bokunou/n/n7361c9d38a20'>続きをみる</a>]]></description>
      <note:creatorImage>https://assets.st-note.com/production/uploads/images/103067332/profile_a4851835aefef0f71872037d85d2cbf6.jpeg?fit=bounds&amp;format=jpeg&amp;quality=85&amp;width=330</note:creatorImage>
      <note:creatorName>ぼく脳</note:creatorName>
      <pubDate>Sat, 15 Apr 2023 14:32:34 +0900</pubDate>
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