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戦闘機と宇宙開発の歴史を振り返り戦争と平和を考える

戦闘機と宇宙開発の歴史を振り返り戦争と平和を考える

小惑星「イトカワ」に向かって飛行する小惑星探査機「はやぶさ」のイメージ(池下章裕氏提供)

8月15日―。終戦からちょうど80年になる。度重なる戦争で多くの命が犠牲になってきた負の歴史がある半面、戦争は科学技術が進展する契機にもなってきた。日本でも高性能の戦闘機をはじめとして世界から注目される技術が生み出され、戦後には日本を復興に導く基盤技術や新たな分野である宇宙開発の開拓につながった。戦闘機と宇宙開発の歴史を振り返り、戦争と平和を考える。(飯田真美子)

鉛筆ロケットが礎 大型化、衛星打ち上げに発展

米ライト兄弟が開発した飛行機は各国が技術開発にしのぎを削って高性能の戦闘機に生まれ変わり、世界中の戦場に投入された。日本も例外ではなく、戦争の最前線で使われた航空機の技術が飛躍的に発展した。具体的に、日中戦争の途中の1940年から運用を開始し生産量トップだった旧日本海軍の零式艦上戦闘機(零戦)や太平洋戦争で主力となった陸軍の一式戦闘機「隼(はやぶさ)」などの戦闘機が有名だ。特に零戦は第二次世界大戦前期に世界トップクラスの飛行性能・航空戦力を実証し、他国を震撼(しんかん)させた。当時は三菱重工業や中島飛行機(現SUBARU)が競い合って戦闘機を開発し、航空機の構造の設計や軽量化、高性能なエンジンなどの技術を確立。皮肉にも戦争が技術開発の進歩につながった。

糸川博士とペンシルロケット(JAXA提供)

ただ戦後は連合国軍総司令部(GHQ)が航空機の開発や製造を禁止し、戦闘機の開発を担った技術者の多くは鉄道や自動車などの分野に流れて日本の復興を支えた。一方で、新たな分野を切り開く道を歩んだ技術者もおり、その一人が中島飛行機で隼の設計に携わった技師の故・糸川英夫博士だった。

当時、糸川博士は「日本はすでに先行しているジェット機の分野で他国の開発を後追いするより、他の輸送機へ応用したい」と考えていた。ちょうどその時、米国では宇宙に人を送る計画があることを知り、日本でロケットの研究を決意する。戦闘機の開発で培った知見を生かしながら、70年前の55年に日本初のロケットで鉛筆ほどの大きさで作られた「ペンシルロケット」を開発し、水平発射実験に成功。日本の宇宙開発が幕を開けた。

糸川博士のまな弟子の一人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)の的川泰宣名誉教授は「糸川博士がいなければ、日本のロケット開発は数十年遅れていただろう」と振り返る。

ロケットの大型化や物資を宇宙に輸送する能力が備わるとともに、人工衛星の開発にも着手。70年に日本初の衛星「おおすみ」が打ち上がった。こうした技術は、大型基幹ロケット「H3」などの宇宙輸送技術や大型から超小型までの衛星の開発、惑星探査など幅広く宇宙開発へとつながっている。

日本、惑星探査に強み

近年は、日米欧だけでなく世界中で宇宙開発が進んでいる。日本の強みの一つには惑星探査があり、探査機を天体に飛ばして試料を地球に持ち帰る「サンプルリターン」に2回成功している。日本が最初に成功させた小惑星探査機は2003年に打ち上げ10年に感動的な地球帰還を果たした「はやぶさ」で、探査機が向かった小惑星は「イトカワ」だ。戦闘機から命名したわけではないが、小惑星のサンプルリターンを世界で初めて成功させた傑作機として隼と同様に後世に語り継がれる探査機となった。

26年度には火星の衛星「フォボス」からのサンプルリターンを目指す探査機「MMX」が打ち上がる予定。JAXAの川勝康弘MMXプロジェクトマネージャは「機体の開発状況は順調。組み合わせて振動試験などを行い、打ち上げの準備を進める」と引き継いだバトンをつなぐ。

日本がロケット研究を始める前から、米露では宇宙開発が競って行われた。ロシアによる世界初の宇宙有人飛行や米国による月面着陸などが実施され、世界中の人々の耳目を集めた。こうした宇宙進出には技術競争や各国の政治的な背景があったが、国連が「宇宙を平和目的で利用し、恩恵はすべての国が共有できる」と示し、現在に至るまで宇宙での争いは起こっていない。的川名誉教授は「宇宙は平和の象徴。ただ宇宙開発の技術は軍事に応用できる技術が多く、戦争に使える。使い方を誤ってはいけない」と強調する。

ISSは「協力」の場

現在は人が宇宙に行く機会も増え、日米欧露などの宇宙機関が参加する国際宇宙ステーション(ISS)は宇宙での国際協力の場となり、平和のシンボルとなっている。ISSでは多国籍の宇宙飛行士が滞在し、争いなくミッションを実施している。

ISSに長期滞在中のJAXA宇宙飛行士の油井亀美也さんは「ISSでは文化や言葉が違う人間同士が相手を尊重しながら一緒に仕事や生活をしている。この文化を広められれば地上はもっと住みやすくなり、戦争で苦しむ人は減るだろう」と語る。

これはロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ・ガザ地区での紛争など、地球上での争いを止める上で参考になる発想の一つだろう。現在、ISS船長を務めているロシアの宇宙飛行士のセルゲイ・リュジコフさんは「地球では対立があっても、宇宙では協力できる」と宇宙から地球を冷静に見つめている。

終戦から80年が経ち、日本では戦争で使われた技術が姿を変えて産業界や宇宙開発で生かされ、人々の生活を豊かにしている。科学技術を活用し、平和を守る努力を続けることが豊かさを享受している我々の義務だろう。

日刊工業新聞 2025年08月14日

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