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レズビアンなのに、“男”を好きになってしまった

掲載日:2026/04/09

 私は、女性しか愛せない。

 それは、選んだわけじゃない。

 気づいたときには、もうそうだった。


男を見ても、何も思わない。


触れられても、ただの“他人の体温”だった。

何も感じなかった。

好きになる、という回路が最初から存在しない。


そういうものだと、疑ったこともなかった。

 

あの人に会うまでは。

 

 

 最初に見たとき、ただ、綺麗だと思った。

輪郭が少しだけ曖昧で、光の当たり方によって印象が変わる顔。

作り込んでいるわけじゃないのに、どこか完成されている。

 

「こんなふうに笑う女の人、初めて見た」

 

そう思った瞬間に、もう半分、落ちていたのかもしれない。

  

声をかけたのは、私からだった。

理由は、うまく言語化できない。

ただ、“見過ごせなかった”。

 

声は、少し低かった。

でも、その低さが不思議と馴染んだ。

違和感じゃなくて、深さみたいなものとして。

 

帰り道、名前を聞いたとき。

その人は、少しだけ間を置いてから言った。

 

「俺、男だよ」

 

その一言で、世界の解像度が一段階ズレた。

 

さっきまで“女”として認識していた存在に、

“男”というラベルが強制的に貼られる。

 

頭の中で、何かが噛み合わなくなる。

 

でも。

 

そのズレは、拒絶にはならなかった。

 

むしろ。

 

そのまま、受け入れてしまった。


おかしいのは、分かっている。


私は、女性が好きだ。

それはアイデンティティに近い。

自分を定義するための、数少ない確かなもの。

 

なのに。

 

その前提が、あっさり揺らいでいる。

 

それでも、目が離せなかった。 

 

仕草が、柔らかい。

距離の詰め方が、自然で、侵入してこない。

視線の置き方が、優しい。

 

女よりも、女らしい部分がある。

 

でも、それは“女だから”ではなくて。

たぶん、その人自身の構造だった。

 

私は、その構造に惹かれていた。

 

何度か会ううちに、関係は静かに近づいた。

名前を呼ぶことに抵抗がなくなり、

隣に座る距離が、当たり前になっていく。

 

手が触れたとき、違和感はなかった。

むしろ、“正しい位置に収まった”ような感覚があった。

 

たぶん私は、その人を“女として”扱うことで、

すべてを整合させていた。

 

そうじゃないと、自分が壊れるから。

 

「それでいいよ」

 

ある日、その人はそう言った。

「女として見られるの、嫌いじゃないし」

 

その言葉は、免罪符みたいだった。

 

間違っているかもしれない関係に、

「続けてもいい理由」が与えられる。

 

私は、それに甘えた。


見ないふりをすればいい。

考えなければいい。

現実は、いくらでも形を変える。

 


その夜、初めて身体に触れた。

 

近づいた瞬間、分かった。

 

ああ、これは男の身体だ、と。

 

骨の硬さ。

筋肉の付き方。

体温の伝わり方。

 

細部が、すべて違う。

 

一瞬、手が止まる。

 

ここで引けば、たぶん間違わない。

 

そう思った。

 

でも。

 

離れなかった。

 

触れた。

そのまま、触れ続けた。

 

身体は、正直だった。

 

気持ちよかった。

 

でも。

 

その感覚が、いちばん嫌だった。

 

自分の中の前提が、ひとつずつ崩れていく。

「女しか愛せない」という確信が、

曖昧な快楽に上書きされていく。

 

これは違う。

これは私じゃない。

 

そう思いながら。

 

止めなかった。


止められなかった。

 

終わったあと、静かな沈黙が落ちた。

 

呼吸だけが残る空間で、その人が言った。

 

「それ、俺をみてるんじゃなくて“女”をみてるだけでしょ」

 

言葉が、まっすぐ刺さった。

 

反論できなかった。

 

私は、その人を見ていなかった。

 

ただ、“女として成立する何か”を、

そこに当てはめていただけだった。

 

「だって」

 

ようやく出た言葉は、ひどく弱かった。

 

「そうじゃないと、無理だから」

 

その人は、少しだけ笑った。

 

怒りでも、悲しみでもなく。

ただ、理解してしまった人の顔で。

 

「そっか」

 

それ以上、何も言わなかった。

 

 

帰り道、一人で歩きながら、考え続けていた。

 

私は、何を好きになったんだろう。

 

女じゃない。

でも、男としても受け入れていない。

 

そのどちらにも属さない存在を、

私は都合よく解釈して、愛したつもりになっていた。

 

それでも。

 

確かに、好きだった。


私は、女が好きだ。

 

それは、今も変わっていないと思う。

 

でも。

あの夜だけは。

 

“男でもよかった”。

 

これを恋と呼ぶなら。

 

たぶん私は、間違ってる。


**************


あの夜のことは、ちゃんと覚えてる。

 

触れたとき、少しだけ安心した。

ああ、これで、この人は離れないかもしれない、と思った。

 

おかしいのは分かってる。


“女として見られること”でしか繋がれない関係なんて、

長く続くはずがない。

 

でも。

 

それでもよかった。

 

最初から、分かっていたから。

 

この人は、女が好きで。

俺は、男で。

 

その時点で、条件は揃っていない。

 

だから、少しだけ期待していた。

 

例外になれるんじゃないかって。

 

“男だけどいい”じゃなくて。

“俺だからいい”って、思ってもらえるんじゃないかって。

 

でも、違った。

 

あの人は、最後までちゃんとしてた。

 

ちゃんと、“女が好きな人”のままだった。


「今のそれ、俺を見てるんじゃなくて、“女”を見てるだけでしょ」

 

あのとき、ああ言ったのは。

 

責めたかったわけじゃない。

 

ただ、確認したかっただけだ。

 

俺が、どこにもいないってことを。

 

答えは、思っていたよりも簡単だった。

 

「そうじゃないと、無理だから」

 

ああ、そっか、と思った。

 

ちゃんと、分かってたはずなのに。

 

少しだけ、期待してた。

 

その分だけ、きれいに外れた。

 

帰り道、一人で歩きながら考えていた。


俺は、何になろうとしてたんだろう。

 

女でもなくて。

男としても見られていなくて。

 

ただ、“都合よく存在できる形”に寄せていた。

 


それでも。

 

あの時間は、本物だったと思う。

 

少なくとも、俺は。

 

嘘をついていなかった。

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