子どもには「やってみたら?」と言うのに、 自分は動けなかった。
子どもが何か新しいことに挑戦しようとしている時、 私はよく、こう言っています。
「迷うぐらいなら思い切ってやってみたら?」
「1度くらい失敗しても大丈夫」
習い事や 学校生活、部活でも。
"やる前から諦める"より、
まず一歩踏み出してみることの方が大事だと思っているから。
でも、 自分のことになると全然違いました。
「失敗しても大丈夫」と言いながら、自分は失敗を怖がっていた
ブログでもnoteでも、そしてこのサブスタの発信も。
ノートでのつぶやきやリスタックなら軽くすぐできるようになったのに
でも、いざ記事を書くとなると…
「他の人達みたいに早くかかなきゃ」、と思っているのに ずっと動けない。
「もっと理解してから」
「ちゃんと準備してから」
「もう少し勉強してから」
そんなことばかり考えていました。
でも本当は、 「正しいやり方」を追い求めて
失敗するのが怖かったんです。
50代で新しいことを始めること。 「今さら?」と思われること。若い人ばかりに見える世界に入っていくこと。
そして何より怖かったのは、
"やってみて、うまくいかなかった時の自分"
を見ることでした。
だから私は、 動かない理由をどこかで探していました。
時間がない。
まだ子育て中だから。
もっと知識が必要。
私なんかが記事を書いたって…。
そうやって、 「今はまだ無理」 と言い続けていたんです。
そんな時に出会ったこんともさんの記事
「進む方向が違っていたら、すぐ動いて変わった方がいい」
記事を読んでいただければわかりますが、
こんともさんはGW中に何時間もかけて作った
Brainでのコンテンツをライブ配信までしてリリースされました。
でも周りの方から、 「その切り口、ニッチすぎない?」 と言われたそうです。
最初はまだご自身の方向性を信じていたものの
本当は、 少し気づいていた。
"伝えたいこと"と、 "相手が求めていること"が、 ズレていたことに。
そして、 リリース後3時間で
タイトルも、 見せ方も、 全部変えられました。
実はそのコンテンツ、私も購入するつもりでしたが
「最初のタイトル」には
聞きなれないワードが使われていたんですよね
ワードの意味を調べてみて、やっとそれが何を指すのかがわかり
「じゃあ購入しよう」という気持ちにはなっていたのですが、
心のどこかで
「ちょっと難しそうだな」
「私にできるかな」
「がんばんなきゃいけないかも」
と感じていた思いが、その後変えられたタイトルを見て
ふっとびました。
それはそれは「スッと」心の中に入ってくるタイトルで
そのコンテンツを購入したら、私が手に入れて
前に進む姿が想像できたからです。
変わるってダメなことじゃない
私が同じ立場だったら
「ここまで時間も手間もかけたコンテンツなのに」
と、 "変えること・変わること"
を怖がっていたんと思います。
「これは違う」と心の端でもし引っかかるのであれば
途中で変えてもいい。
出した後に修正してもいい。
完璧じゃなくても、動きながら整えていけばいい。
子どもには 「やってみてダメなら変えればいい」 って言えるのに、
自分には、 ずっとそれを許せていませんでした。
私のあり方を少しだけ変えてみるところから始める
今、Substackでの記事を少しづつ出すようになり始めたことは
「完璧主義の私」をちょっと横に置いてみる
「失敗しても大丈夫」と自分に声をかける
です。
この記事だってそう。
もうちょっと見返したいし
1000字ちょっとしか書いていないこの記事に
もう少し言葉も足したいし、
なんか足りないんじゃないか、
こんな記事出していいのかって
「続ける」ボタンを横目で見ながらドキドキしています。
でもいいじゃん
完璧に準備してから動くより、 小さく出してみる。
違ったら、 また修正する。
まずは「私のあり方」をちょっと変えてみよう。
そして少しづつ変化に慣れてみよう。
「そう決める」と今決めました。
まずは軽く、軽く、
すぐに動いてみよう。






なおさん、
「失敗しても、すぐ変わっていい」「完璧主義をちょっと横に置く」最高でっす!
これ分かっていても、なお、動けない人多いですからね。ちゃんと言語化・記事化できてるの素晴らしい!
ぼくも失敗していきます!変わっていきます!
なおさん 共感です!
これからサブスタ始める人たちへのエールにもなると思います。
寄り添いの中に芯のあるステキな記事!