【ムカデ深掘り】第01回:不退転の覚悟
——戦場の霧を切り裂き、異形の旗指物が駆け抜ける。
「できれば日常では出会いたくない……」 そんな嫌われ者の代表格とも言えるムカデですが、なぜ日本の歴史の中では「最強」のシンボルとして扱われてきたのでしょうか。
今回のディグテーマは、戦国最強・武田軍の歴史に刻まれた「ムカデ」の姿です。 CryptoNinjaに登場する新忍者「ゴコウ」
このおどろおどろしいムカデというモチーフを背負っている彼のキャラクターは戦国時代の最強軍団の中から垣間見れる…かもしれない!
(なぜか、深掘る…が、ディグるという書き方になってしまった…謎)
1. 不退転(ふたいてん)
ムカデは「後ろに下がれない」生き物・・・
身体の構造的に、ムカデはその多くの足を一斉に動かして前進することに特化しており、急にバックすることは苦手とされています。
あ、いや、Uターンして頭を後ろに向けて進めば、来た道はもどれますよ。スイッチバックはできませんってことですね。
この「ただ前進あるのみ」という特性を、死と隣り合わせの戦国武士たちは**「不退転(ふたいてん)」**——つまり、決して退却しない強い意志の象徴として見出しました。 「退けば死、前進あるのみ」。この究極の覚悟を示すデザインとして、兜の前立てや旗指物にムカデの意匠が好まれて使われたのです。
2. 『甲陽軍鑑』が語るエリート集団「百足衆」
戦国最強と謳われた武田信玄の軍勢。その中で、背中に「ムカデ」をデザインした旗指物(はたじるし)を背負い、戦場を疾走する特務集団がいました。それが「百足衆(むかでしゅう)」です。
武田家の戦術や歴史を記した軍学書**『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』**には、彼らの具体的な姿が描かれています。 百足衆は最前線で槍を振るうだけの一般兵ではなく、信玄直属の選りすぐりのエリートたち(諸説ありますが12名程度とも)で構成されていました。彼らの任務は「使番(伝令)」。主君・信玄の命を各部隊に正確に伝えることです。
無線のない時代、広大な戦場で戦況を左右する情報を運ぶ彼らは、いわば戦場の神経系。敵の矢玉が飛び交う中を、絶対に立ち止まらず、退かずに(不退転で)走り抜け、確実に情報を届ける必要があったのです。
【軍師・山本勘助との繋がり】
実は、この最強の特務集団を指揮し、自らの手足(神経系)として使っていたのが、伝説の天才軍師・山本勘助(やまもとかんすけ)だと言われています。築城術や「金山開発」にも精通していた勘助にとって、鉱山の神の使いである「ムカデ」は自身のルーツにも直結するシンボルでした。勘助の恐るべき知略は、百足衆という絶対的に信頼できる通信網があったからこそ、戦場全体に行き渡ったのです。
3. 小説『武田信玄』に描かれた山のスペシャリスト
武田の本拠地である甲斐(山梨県)や信濃(長野県)は、険しい山岳地帯です。 新田次郎氏の歴史小説**『武田信玄』**などの作品において、百足衆の凄まじい身体能力と暗躍は非常にスリリングに描写されています。
山本勘助自身が「忍び(素破・三ツ者)」を束ねる情報戦のプロであったという説もある通り、彼の指揮下にあった百足衆もまた、単なる足の速い伝令ではありませんでした。 夜の山道や断崖絶壁を最短距離で駆け抜け、敵を欺き、神出鬼没(しんしゅつきぼつ)に現れては消える。地形を完全に把握し、隠密行動も辞さないその姿は、まさに後世の私たちがイメージする「忍者」そのものと言える存在感を持っています。
敵軍にとって、どこからともなく突然現れ、不気味な黒いムカデの旗を翻して消えていく百足衆は、得体の知れない恐怖の象徴だったことでしょう。
とはいっても、ゴコウくん、結構目立ちたがり屋っぽい感じもありますよね(笑)
4. 黄金の匂いと、ゴコウへの系譜
さらに興味深い事実があります。武田軍の強さを裏から支えていたのは、領地内から採れる莫大な「金(金山)」でした。そして古来より、ムカデは鉱脈の神である「毘沙門天」の使いとされ、黄金を守護する存在と考えられていたのです。(この「ムカデと黄金」のディープな関係については、また別の回でじっくりディグります!)
CryptoNinjaの「ゴコウ」もまた、オレンジと黒の警戒色をまとい、敵の死角から一気に懐へ飛び込む戦闘スタイルを持っているかもしれない・・・ 決して後ろを見せず、障害の隙間を縫って敵の中枢へ侵入する不退転の覚悟。それはかつて、戦国最強の軍団を支え、山々を駆けた「百足衆」のDNAを受け継いでいるから・・・と妄想を膨らませてみたりもします。
5. 百足衆の息吹を感じる「聖地巡礼」
もし、この「不退転のムカデ」のロマンに惹かれたなら、実際に彼らの痕跡に触れられる場所があります。CryptoNinjaの「ゴコウ」推しの方には、ぜひ訪れていただきたい「聖地」ともいえる・・・かも。
武田神社 宝物殿(山梨県甲府市) 武田信玄が暮らした「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」の跡地に建てられた神社です。ここの宝物殿には、武田家ゆかりの武具や資料が多数展示されており、当時の熱気を肌で感じることができます
恵林寺・信玄公宝物館(山梨県甲州市) 信玄公の菩提寺である恵林寺(えりんじ)。その境内にある宝物館には、貴重な歴史資料が収められています。 直接ムカデ衆にかかわるもの(例えばムカデマークの旗指物の現物とか)は、現存していないようですが、当時を思い起こさせるものはあるかもしれません。
【NFT・Web3ファン必見!】 武田神社(武田氏館)は「デジタル城下町プロジェクト」の対象スポット(日本100名城)にもなっています。訪れた際は、ぜひ同プロジェクトで「登城記録」をつけてみてくださいね!
(※山梨県の「要害山城」や「新府城」だけでなく、長野県にも川中島の最前線基地だった「松代城(海津城)」、山本勘助が縄張りをしたとされる「小諸城」、武田家最後の激戦地「高遠城」など、武田軍ゆかりの100名城が多数対象になっています。アプリを開いて広大な武田領を巡るのも一興です!)
おわりに:不気味さが「最強」に変わる瞬間
普段、家の隅で見かけたらゾッとしてしまうムカデ。 しかし、その不気味な足の動きや、獲物を決して離さない執念は、かつての日本人にとっては「頼もしい力」として映っていました。
「不気味」が「最強」に変わる瞬間。そんな歴史のロマンに思いを馳せてみると、次にゴコウの姿を見たとき、彼の背中に数多の足で戦場を駆け抜けた武士たちの幻影が見えるかもしれません。


