Substackと陰陽説
何事にも陰陽があって(陰陽説といいます)
そう思ってSubstackを眺めてみると、
行動して結果を出す陽のタイプ
マイペースで思索する陰のタイプ
がいるように思います。
(ざっくりした仮の定義だと思ってください。)
どちらが良い悪いではなく両方いるから成り立つわけで、
どちらかに偏るとバランスが壊れて人が離れていきます。
某SNSを見ると、どこに偏ってるのか一目瞭然ですよね。
バランスよくどちらも存在して、お互いを受容して、良い影響を及ぼしあえるか。
それが現実でもオンライン上でも共存・共創への道だと思います。
ただ、一見すると行動している人たちの方が目立つし、登録数やフォロワー数、収益など数字というわかりやすい結果を得られやすいので、陰のタイプの人たちはちょっと押され気味になりがちです。
なんとなく居心地が悪い……と感じる人もいるかもしれません。
(なんせ前提が資本主義社会なので、そうなるのが自然の現象なのかも。)
それでもしSubstackから陰の要素がどんどん消えていったとすると、陽だけの世界はバランスが悪いので結果として人が離れていきます。
当然、「場所」として影響力を持つことはできません。
仏教的に言えば、世の中は関係性で成り立っています。
つまり、二辺(両端っこ)のどちらか片方だけが存在することはできないわけです。
陽があるから陰があり
昼があるから夜があり
右があるから左があり
夫がいるから妻がいて
子供がいるから親がいる
私ではない誰かが存在するから、
「私」が在る。
その関係性の中で、私たちは生かされています。
ここで少し過去話
「お金じゃないものを求めている」
というと綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが、私がそう思うのには理由があります。
少し、私の過去話をさせてください。
私の父は、私が15歳の時に他界したのですが、生前は個人で工具商店をしていました。
家には全くお金を入れないので、父が外で社長と呼ばれてるのが恥ずかしいほどの
貧乏暮らしでした。
一方で父は外面が大層良く、飲み仲間に奢ったり一緒に旅行に行ったりと、とても羽振りのいい人でした。
それがバブルが弾けて倒産すると(弁護士が驚くほどの)借金があることが判明し、支払えるわけもないので母も巻き込んで自己破産。
「社長社長」と群がっていた人たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなり、
「お金で繋がるとこうなるのか…」
と私は15歳ながらに悟ったわけでした。
父はそのあと警備員になって働いていましたが、お金がなくてもアルコール中毒で
飲むのはやめられず……。
冬の日に飲んで帰ってきたあと、急性心筋梗塞で亡くなりました。
お葬式に来たのもほんの数人の飲み友達だけで、その時は何とも言えない気持ちになりました。
思春期真っ只中だった私は父を心底憎んでいたので、
「こういう生き方はしたくない」
と思ったのでした。
そういう背景があるので、私はお金とは
「生きるのに必要だから稼ぐのは大事。
でもお金では得られない大切なものを探したい」
というスタンスで付き合っています。
資本主義の価値観の外側とは
私は「資本主義の価値観の外側にある幸せを探究していきたい」と思っています。
今はポスト資本主義とも言われてるので
「ポスト資本主義の在り方を探究したい」
と表現する方がいいのかもしれません。
私は先ほど書いた体験や7年間365日働き続けて鬱になった経験から、
「人として本当に大切なことは何か?」
「幸せとは何か?」
という問いを持ち、答えを探して学んできました。
AIが普及してきたことで、今はそういったことに関心が向く時代の流れなんじゃないかなと思います。
資本主義の限界の先に人類が作る新しい世界は、どんな風景になるんでしょう?
時代の変革期で人類が初体験していることなので、まだどこにも答えはありません。
でも、答えがないからこそ面白いですよね。
そこに自分なりの答えを出そうと考え、行動し、発信する場所として、私はSubstackに存在したいなと思っています。
(と言いつつ、なんてことない日常投稿の方が多いんですが。)
知名度もなく特に何者でもない人間ですが、次の時代を担う子供たちのためにも一人の大人として考え続け、良い形でバトンを渡せたらなと願っています。
ということで、これからSubstackという場所で何が起こっていくのか、一サブスタ住人として、とても楽しみにしています!



初めまして。陰陽のバランスで成り立っている、というお話とても響きました。
背景こそmonaさんと違えど、わたしもお金を含めた”資産”と呼ばれるものが人を狂わせている様を割と身近で体験しているので、資本主義の先にある世界はどうなっているのか興味があります。
陰陽は二項対立するものではなく、二律背反……背中一枚を隔てるくらいの近い場所に実はあるんだろうなと何となく感じています。
だからこそ、資本主義の先は超社会主義が待ち構えているのか。それとも資本だとか社会だとかに囚われない第三の勢力がそこにはあるのか、気になるところです。
とても響きました。
私もとても陰タイプです。
しんどいし流されてしまいそうになるけれど、
それでは自分が居心地悪く感じる。
もがきつつ、でも発信はしたいという自分を観察しようとスタンスに落ち着きつつあります。
数字やお金はわかりやすいしもちろん大事。
でもそこに重きは置きすぎないようにしたいと思ってます。