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張 ひしり|Heuishil Changのアバター

都内にある、建築に関するギャラリーの名前がそのまま「ギャラリー間」でした。西欧の美術館では絵が隙間恐怖症のようにビッシリ壁に飾ってある一方で、日本では茶室に掛け軸を一幅だけかけるのを見ても、日本は「間」への感性が鋭いんだろうな、と感じています。

対機説法の逆を行く距離感で、情報が隙あらば自分の生活に入り込んでくる昨今。私たちはうっすら疲れていて、電車で居眠りしている人たちは、目をつぶって、情報との間をとろうとしているのかも知れませんね。

舞原詩音 | Cross‑Cultural Writerのアバター

「店員さんが忙しそうならベルを鳴らさない」という場面が印象に残りました。

子どもに注意したというより、「間」の感覚が受け渡された瞬間だったのですね。

私は最近、情報との間をよく考えます。

良い情報でも、今の自分には少し濃すぎることがあります。

逆に、数年前なら見過ごしていた言葉が、今になって妙に腑に落ちることもあります。

記事を読みながら、「正しい情報」より「今の自分に合う情報」を選ぶ感覚を大事にしたくなりました。

ありがとうございました。

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