「完璧主義じゃない」と思っていた私が「完璧主義」を手放したら楽になった話
心理学を学んで気づいた、自分を苦しくしていた思考の正体と落とし穴
ゆるゆるなマイペースだと思っていた私、
心理学を学んでいくうちに気づいたんです。
「私、めちゃくちゃ完璧主義じゃないか!」
気づかない種類の完璧主義、だったんですよね。
自覚しにくいからこそ、
長い間自分を苦しめ続けていたということに気づきました。
そんな「完璧主義の落とし穴」について、今日は書きます。
心理学を学びながら
「頭ではわかってるのに、なぜかできない」と感じたことがある方にも、
特に読んでほしい内容になっています😌
「完璧主義」は、几帳面な人だけのものじゃない
「完璧主義」というと、私はこういうイメージを持っていました。
真面目で、細かくて、ミスが許せなくて(完璧じゃないとイヤだと思う)、
整理整頓が得意で、ザ・完璧に見える人。
でも、私はマイペースで、料理がとりたてて得意なわけでもなく、
A型なのに「おおざっぱだよね」と言われることがあるくらい。
散らかっていなければ「これぐらいでいいか〜」と
わりとゆるゆる生きている。
なので「完璧主義とは無縁だ」と思っていました。
でも「完璧主義」って、完璧を求めるかどうか、だけじゃなかったんです。
心理学を学びながら知ったのは「完璧主義」というのは、
自分に対して理想像があって、
それができていない自分が受け入れがたい、
責めてしまう状態も「完璧主義的」と言われる、ということ。
理想通りの自分はOK。できていない自分はダメ。
その間がない、ゼロ百思考。
これ、すごく自分に当てはまると思いました。
特にパートナーの前で、「理想の私」を演じていた
誰かのパートナーになるとき、
無意識のうちに
常に相手を受け容れらる器を持っていたい
ネガティブな感情は出さず、ずっとハッピーでいたい
そつなく何でもこなせるパートナーでいたい
欠点のない女性でいたい
そんな理想像を「目指すべき自分」として設定していました。
どこからこのリストが来たのかは今でも謎です。笑
パートナーという存在の目があるだけで、
「器用で欠点のない女」を演じようとしていたんです。(なれなかったです~)
演じ続けた結果、
本来の自分と、理想の妻像とのギャップが、出てきました。
そのギャップを見るたびに、自己嫌悪が積み重なっていく..。
さらに「相手に嫌われないために理想像でいたい」と
相手軸で動き続けているから、
パートナーにちょっと冷たい態度をとられるだけで
「私はこんなにしてるのに!」
「愛されてないんだ」
「私が足りないから?」
と、大好きな相手といるはずなのに、
一緒にいればいるほど情緒がめちゃくちゃになっていくことがあったんです。
心理学を学んで、新しい落とし穴にハマった
そんな自分を変えたくて、
心理学の本を読み始め、自己受容を学ぶオンライン講座にも参加しました。
そこで気づきました。
「あ、私はありのままの自分を受け入れるのが、ものすごく苦手だったんだ」。
理想の自分でいられるときは自信があった。
でも、そこから外れた瞬間に「こんな私じゃダメだ」という
気持ちが出てきていたことに、ようやく気づきました。
なので、
「よし、自己受容を練習しよう!」
そう思って取り組み始めた私を待っていたのは…
ドーン「自己受容すらうまくできない私」への自己嫌悪でした。
「ありのままって何?」
「頭ではわかってるのに、できない」
「それすらできない私って、やっぱりダメなんだ」
……そう、完璧に自己受容しようとしていたんです。笑
学べば学ぶほど「できない自分」が増えていく。
知識が増えるほど「まだ足りない」と感じる。
自己受容しようとするほど、自己批判が深まるという、
謎のループができ上がっていました。
ループが起きていた、本当の理由
「理想の妻像」を演じていたのは、理由がありました。
それは、
私が傷つかないための、無意識の守りだったんです。
「欠点がある本来の私は、愛される価値がない」
どこかでそう信じていたから、必死に理想像を作り上げて、
愛されようと頑張っていたんです。
そんな心の守りは、知識がついたからといって、簡単に崩せるわけがありません。
むしろ「今すぐ変わらなきゃ」と焦ることで、
心はもっと怖くなって、もっと守りを固めようとする。
だから「完璧に自己受容しよう」とすればするほど、
そのループにはまってうまくいかなかったんです。
私が続けられた、シンプルなワーク
そんな私が、続けやすかった方法を一つだけ紹介します。
・「受け入れる」ではなく、「認識する」ワークです。
良い・悪い、できた・できない、の評価を一旦置いておいて、
ただ「今の私はこうだ」と認識するだけです。
「今の私は、理想の妻像になりたかったんだ」
「心理学を学んだのにうまくいかなくて、悔しかったんだ」
「余裕がなくて、ぶつかってしまったんだ」
このようにただ、
「ここにいる私を、見てあげる」ということです。
とはいえ最初は
「受け入れなくていいのかな?」と、完璧主義さんが、
顔を出してきたこともあるんですが、
でもそれも「認識する」だけでいいんだ。と続けているうちに肩の力が抜けて、
不思議と「ここにいてもいいんだ」という感覚が、
少しずつ育ってくる感覚が実感できるようになりました。
これがパートナーシップを変えた
「認識する」という練習を続けていくうちに、
パートナーとの関係にもじわじわと変化が出てきました。
一番大きかったのは、「完璧な自分を演じるのをやめられた」ことです。
以前は、
欠点のある私を見せたら愛されなくなるとどこかで思っていたから
「できない」を見せることが怖かった。
でも今は
「今日、ご飯作る余裕なさそう」
「ちょっと今日は気持ちが沈んでて、うまく話せないかも」と
とそのまま伝えられるようになりました。
するとどうなったか。
パートナーの「できない」にも、優しくなれたんです。
理想像を自分に持っていたとき、
相手に対しても「私の気持ちをわかってほしい」と言う気持ちが
どこかでずっとあったんです。
でも自分の「できない」を認識できるようになると、
相手の「できない」「わからない」も
「そういう日もあるよね」と思えるようになってきたんです。
テクニックで変えようとしても、たぶん変わらなかったこと。
けど「完璧な自分でいなきゃ」という前提が変わったから、
関係の空気そのものが変わった。
完璧主義を手放す練習は、自分のためだけじゃなく、
一番近くにいる人との関係を、じわじわと変えていく練習にもなっていたんです。
最後に一つだけ
今日のワーク、一つだけにしておきます。
なぜかというと、完璧主義な方ほど、
複数のワークを
無意識に「全部こなそう」としてしまうからです(経験者は語る)。
まずこれだけ。
今日、何かうまくいかないことがあったとき、「ダメだった」ではなく
「今の私は、こうだったんだな」
とつぶやいてみてください。
評価しなくていい。変えようとしなくていい。ただ、認識するだけ。
自分のペースでやりやすいタイミングだけでOK。
ここでポイントは、認識も完璧にできなくてもOK…😌
💬 「わかる」「私もそのループにハマってた」など、
感じたことをコメントで教えてもらえると嬉しいです。
同じ気持ちの方に届けたいので、スキもしていただけると嬉しいです。
このnoteでは、セルフコンパッション(自分への思いやり)とパートナーシップについて定期的に発信しています。
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