1か月毎日書いて気づいた。記事の種は探すものではなかった
どれも、ネタを探して書いた記事ではありませんでした。
サブスタを始めて1か月。
気づけば一日も休まず記事を書いていました。
毎日書いていると、不思議なことがあります。
以前は「今日は何を書こう」と悩んでいたのに、
最近はその時間がほとんどなくなったんです。
先日公開した3本の記事を読み返していて、
その理由が少しわかった気がしました。
並べてみたのは、この3本です。
・娘の落書きの話
・肩書きを名乗れなかった頃の話
・AIイラストに嫉妬した夜の話
テーマも内容もバラバラです。
でも、入り口は全部同じでした。
それは、「なんか気になる」という感覚です。
どれも最初は記事ではありませんでした。
ただの違和感でした。
振り返ると、どの記事も最初は一行だけのメモでした。
「描こうとしていない線」
「名乗るのが怖かった」
「悔しさの矛先がわからない」
それだけです。
記事にしようと思って残したメモではありません。
なぜか気になったので残しただけでした。
でも、その違和感を放置しなかった。
あとから言葉を足していったら、
記事になっていました。
以前のわたしは、
ネタが先にあって記事が生まれると思っていました。
面白い出来事。
特別な体験。
誰かに話したくなる事件。
そういうものを探してました。
でも実際は違いました。
探していたのは出来事ではなく、
自分の引っかかりだったんです。
同じ景色を見ても、
立ち止まる人と通り過ぎる人がいます。
同じ出来事を経験しても、
気になる人と気にならない人がいます。
その違いが、その人の視点になります。
そして視点が、記事になります。
出来事そのものは特別ではありません。
でも、そのときの自分には引っかかった。
だから記事になったんです。
記事になるのは、大事件ではありません。
日常の中でなぜか立ち止まった瞬間です。
その感覚を残しておくことが、
記事を書くことにつながるんだと思います。
教材を作るときも、
ネタ探しの方法を教えたいわけではありませんでした。
AI活用術を伝えたいわけでもありません。
伝えたかったのは、とてもシンプルです。
小さな違和感を流さないこと。
気になったことを残しておくこと。
そして、
その違和感を少しずつ掘り下げていくこと。
すると記事は、
自分で探しに行かなくても育っていきます。
今回の3本の記事は、
それをわたし自身に教えてくれました。
もし今、
「書くことがない」と感じているなら。
それはネタがないのではなく、
まだ言葉になっていない
引っかかりが残っているだけかもしれません。
最近、なぜか気になった出来事はありませんか。
なぜか覚えている会話はありませんか。
何度も頭に浮かぶ場面はありませんか。
その中に、
まだ記事になっていない種があるはずです。
こういう「違和感から記事を作る話」を、
これからもここで書いていきます。
よければ登録して読んでもらえたら嬉しいです。
そして、
「違和感をどう記事に育てるのか」
をもっと体系的に知りたい方のために、
Brainにもまとめています。
今回の記事の考え方の土台になっている内容なので、
もしご興味いただければ、こちらもどうぞ。
Brainリンク(PR)








