「自助論」サミュエル・スマイルズが説く自立の3つの処方箋
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今日、みなさんと一緒に考えてみたいテーマは、日々感じる無力感や、他責の念との向き合い方についてです。
私たちは毎日、たくさんのニュースや情報に触れていますよね。
世の中の景気が良くないとか、社会の制度がどうなっているとか。
そうした自分一人の力ではどうにもできない問題ばかりを見ていると、ふとこんなもやもやを感じることはありませんか?
自分以外の他人の動きや、自分では動かせない社会の仕組みばかりを気にしているうちに、なんだか自分という存在がとてもちっぽけに思えてくる。
「自分のような個人が何かをしても、世の中は何も変わらないのではないか」
「自分には社会や環境を変えるような力なんて、これっぽっちもない」
そんなふうに、どこか無力感に襲われてしまう。
あるいは、自分の物事がうまくいかない原因を、景気や環境、社会の仕組みのせいにしたくなってしまう。
こういう気持ちになることは、誰にでもあると思います。
私自身も、ふとした瞬間にそういうもやもやした気分になることがあります。
でも、そうやって外部の環境や社会の動きばかりを気にして、ため息をついている時間って、本当にもったいないなと思ったんです。
私たちの貴重な時間とエネルギーを、自分では変えられないもののために浪費してしまっているからです。
そこで今日は、1859年に書かれた世界的な名著であるサミュエル・スマイルズの『自助論』の知恵を借りて、この無力感から抜け出すヒントを探ってみたいと思います。
『自助論』の中には、逆境にあっても不屈の意志で学び続けた人々の話が数多く出てきます。
そうした偉人たちの具体的な格闘のドラマから、世間の風向きのせいにせず、今日という一日の中で、自分の意志で小さな一歩を踏み出すヒントを一緒に考えていきましょう。
第1章 「どうせ変わらない」という無力感と、『自助』の基本概念
まず考えてみたいのは、私たちがなぜ「どうせ変わらない」という無力感を抱いてしまうのか、という点です。
その原因の多くは、私たちが自分では決してコントロールできないものに目を向けすぎていることにあります。
国の政治、景気の良し悪し、あるいは社会の制度。
これらはすべて、個人の力では明日の朝までに変えることのできない大きな外部環境です。
どれだけ不満を言っても、どれだけ嘆いても、私たちの力で明日の天気を晴れにすることはできません。
それなのに、私たちは毎日の時間と関心を、そうした自分ではどうにもできないことに奪われてしまっています。
ニュースを見ては憤り、ネットの書き込みを見てはため息をつく。
これって、実は精神的に大きなエネルギーを消耗しているんです。
そして、この状態が続くと、私たちは環境依存の罠にはまってしまいます。
うまくいかないのは社会の制度が悪いからだ。 自分が評価されないのは環境のせいだ。
そうやって、すべての原因を外に求めてしまうようになるんです。
ここで、サミュエル・スマイルズの『自助論』第1章の言葉を思い出してみましょう。
この本の冒頭には、あまりにも有名な言葉が掲げられています。
「天は自ら助くる者を助く」
スマイルズがこの本の第1章を通じて最も強く伝えているのは、外部からの援助に依存することの危うさです。
彼はこう言っています。 外部からのサポートは人間を弱くする。
内部からの自発的な努力、すなわち自助のみが、人間を強くし、本当に自立させるのだ、と。
さらに彼は、いかに優れた法律や制度も、個人の自立的な努力に代わることはできないと説いています。
法律によって人間を強制的に良くすることはできません。
国家を本当に良くするのは、制度の美しさではなく、そこに生きる一人一人の誠実な行動と、自立の精神であるとスマイルズは主張したのです。
他人の都合で作られたルールや、自分で動かせない大きな環境を嘆いていても、私たちの状況は前に進みません。
だからこそ、私たちは一度、その視線を外側から自分の手元へと戻す必要があります。
世間の風がどちらに吹いていようと、関係ありません。
まずは、自分が今日、何をするかという主導権を、自分の手に取り戻すことが大切なんです。
第2章 人生の主導権を取り戻すための3つの「自助」の実践と偉人の逸話
では、私たちは具体的にどうやって、この自助の精神を日々の生活の中で実践していけばいいのでしょうか。
『自助論』に登場する偉人たちの逸話から、今日から始められる3つの具体的なアクションを提案します。
コントロールできることとできないことを切り分ける
1つ目は、コントロールできることとできないことを切り分けることです。
世間のニュース、他人の反応、過去の出来事。
これらはすべて、私たちがコントロールできないことです。
ここに悩む時間は、今日から一切ゼロにしましょう。
代わりに、私たちがコントロールできることにだけ集中します。
この切り分けを最も体現したのが、歴史家のトーマス・カーライルです。
カーライルは数年分の歳月を費やして、必死に『フランス革命史』の原稿を書き上げました。
しかしある日、原稿を貸し出していた友人の家の使用人が、それをただのゴミと勘違いして、すべて暖炉の焚き付けとして燃やしてしまったのです。
数年分の原稿がすべて灰になってしまった。
これを知ったカーライルは、目の前が真っ暗になり、深い絶望に襲われました。
しかし、彼はそこで立ち止まりませんでした。
「燃えてしまった過去」や「他人の誤操作」は、自分にはコントロールできない事実です。
そこで彼は、自分がコントロールできる唯一のこと、すなわち「もう一度机に向かい、1行目から原稿を書き直すこと」に全神経を集中させました。
そうしてカーライルは、前作を上回る素晴らしい名著を完成させたのです。
これが、コントロールできない事実を受け入れ、できることに集中する自助の姿勢です。
極小の一歩を自分の意志で踏み出すこと
2つ目は、極小の一歩を自分の意志で踏み出すことです。
大それた目標を立てる必要はありません。
今日は本を1ページだけ読む。
日誌を1行だけ書く。
10分だけ散歩をする。
そんな、誰でもできる極小の行動を、自分の意志で実行することが大切です。
『自助論』の中に登場する、アフリカ探検家デイヴィッド・リヴィングストンの逸話を紹介します。
リヴィングストンは、10代の頃、1日14時間も過酷に働く綿紡績工場で働いていました。
勉強をする時間などどこにもない環境です。
しかし彼は諦めませんでした。
作業をする紡績機に本を縛り付け、機械が動作するわずかな合間の数秒から数十秒の隙間に、1行ずつ本を読んで知性を磨き続けたのです。
「時間がない」「環境が悪い」と言い訳をせず、機械が動く間のわずかな時間に「1行読む」という極小の一歩を自分の意志で積み重ねたこと。
その静かな執念が、のちに歴史に名を残す偉大な探検家としての土台を作りました。
自分で決めて、実行できたという極小の感覚の積み重ねこそが、無力感を消し去る最大の力になります。
評価基準を自分の内側に置くこと
3つ目は、評価基準を自分の内側に置くことです。
活動をしていると、どうしても外の評価が気になります。
しかし、他人がどう反応するかは、私たちがコントロールできる領域ではありません。
ですから、他人の物差しで自分の価値を測るのをやめましょう。
他人がどう評価したかではなく、自分が納得できる仕事をしたか。
この自己満足の達成こそが、私たちの最大の成果基準です。
この姿勢を貫いたのが、芸術家ミケランジェロです。
ミケランジェロは、彫刻を制作する際、他の人からは絶対に見えないような裏側や、細部の削り込みに何日も没頭していました。
それを見た友人が尋ねました。
「なぜ、誰の目にも触れない場所にそこまでこだわるのか?誰が気づくというのか」
するとミケランジェロは、こう答えたのです。
「私自身が知っている(私が見ているからだ)」
他人が気づくか、他人が褒めてくれるかという外側の評価ではなく、自分が納得できるクオリティに仕上げるという「内側の物差し」だけで動く。
このミケランジェロの美学こそが、他人の評価やアルゴリズムの数字に振り回されず、自分の表現をやり遂げるための究極の知恵です。
世の中のニュースに憤り、他人の活躍に焦る生き方は、今日で終わりにしましょう。
世間がどうであれ、私たちは自分の人生の主権を持っています。
天は自ら助くる者を助く。
私たちの人生を本当に豊かにし、支えてくれるのは、他の誰でもない、自分自身の日々の実直な歩みだけです。
まずは今日、他人の目を一切気にせず、あなたが今、本当にやってみたいと思っている小さな作業を1つだけ、手元のノートに書き出して、実行してみてください。
誰に報告する必要もありません。 その静かな一歩が、あなたの人生後半戦を支える、本物の自立の土台になります。
それではまた、Lyustyleでした!
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