1969年、「夕月」で映画デビューし、1971年には、テレビドラマ「おれは男だ!」の主演に抜擢されると、その硬派な魅力で、たちまちブレイクを果たし、以降、青春スターとして活躍すると、1992年には参議院議員に立候補して当選し、その後、2009年か2021年まで千葉県知事も務めた、森田健作(もりた けんさく)さん。

そんな森田健作さんのプライベートはどのようなものだったのでしょうか。

今回は、森田健作さんの妻・美子さんへのプロポーズ、結婚後の夫婦関係などのエピソードや、子供(息子)についてご紹介します。

森田健作

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森田健作の妻は?

森田健作さんは、1986年10月15日、12歳年下で、全日空(ANA)のフライトアテンダントだった片山美子さんと結婚しています。

ちなみに、森田健作さんが美子(よしこ)さんに一目惚れして交際がスタートし、結婚に至ったそうです。

森田健作のプロポーズは?

そんな森田健作さんの美子さんへのプロポーズは、まさに青春ドラマそのままだったそうで、

森田健作さんは、自身のお父さんの実家がある仙台に美子さんを連れていき、早朝の誰もいない海岸で、砂浜をパーッと走り出し、

美子さんに、

見ろよ、あそこの朝日が出て来るの、かっこいいだろう

と、声をかけ、2人で並んで朝日を見ると、

その後、森田健作さんは自身のヒット曲「さらば涙と言おう」を熱唱し、

歌い終えた後、

もういいな、よし、結婚しようや

と、断言するかのようにプロポーズしたのだそうです。

森田健作の妻との夫婦仲は?

そんな森田健作さんと美子さんは、結婚してから現在に至るまで、ずっと、「健ちゃん」「よしちゃん」と呼び合うなど、とても仲が良いそうで、

森田健作さんも、日頃から、美子さんに、「おっ、きれいだね」「愛してるよ」などと、冗談交じりに声をかけることが多いそうですが、

ある時、森田健作さんが、深く落ち込む出来事があるも、帰宅後は、元気なふりを装い、何事もなかったかのように他愛のない話を美子さんとしていると、

美子さんは森田健作さんが落ち込む出来事があったことを既に知っており、

健ちゃん、うちに帰ってきてまでお芝居することはないのよ

と、声をかけられたそうで、

森田健作さんは、どんなときも自分の全てを包み込んでくれる美子さんにいつも助けられているといいます。

また、森田健作さんは、2005年に千葉県知事選挙で落選した際も、テレビのイメージ同様、明るくさわやかに振る舞っていたそうですが、

美子さんも、そんな森田健作さんに答えようと、家庭では、意識的に楽しい話題をしたり、散歩にはなるべく同行して、2人で会話のできる時間を大切にしていたそうで、

森田健作さんが、2009年に、見事、千葉県知事に当選した際には、

4年間で、親子3人で食卓を囲めるような生活が初めてできた。妻として母親として、幸せでした。

と、その思いを明かしています。

森田健作と妻・美子
2009年、千葉県知事選挙に初当選し、感極まる森田健作さん(左)と妻の美子さん(右)。

森田健作の子供は息子が1人

森田健作さんは、妻・美子さんとの間に、1991年10月8日、男の子が1人誕生しており、秀尚(ひでたか)さんというそうですが、

森田健作さんは、息子さんについて、ほとんど語っておらず、詳細は不明なことから、芸能関係者ではないようです。

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森田健作は右目が病気だった

ところで、森田健作さんは、2018年4月7日、眼瞼痙攣(がんけいけいれん)のため、右目の手術を受けていたといいます。

(眼瞼痙攣(がんけいけいれん)とは、まばたきが異常に増えたり、まぶしさを感じるなどの症状が出る病気だそうです)

実は、2008年頃から違和感を感じていたそうですが、近年は、朝起きると目が開かないほど症状が重くなっていたそうで、長文の原稿に目を通すこともままならず、人前に出ることが苦痛だったそうで、

塞(ふさ)がりがちだった右まぶたのぶつかっていた血管と神経をはがす手術を受けたのだそうです。

結果、手術は無事成功し、同年5月7日には、約1カ月ぶりに登庁し、公務に復帰しています。

(塞がりがちだった右まぶたも開くようになったそうです)

ただ、この時、回復の程度はまだ本来の30%だったそうで、痙攣は治まってきたとはいえ、しばらく続いていたようで、完治には半年以上かかるとのことでした。

(その後の情報はありませんでしたが、森田健作さんは、現在も精力的に活動を続けているので、無事、完治したものと思われます)

さて、いかがでしたでしょうか。

森田健作さんの、

  • 森田健作の生い立ちは?幼少期は?刑事の父親を尊敬し警察官志望だった!
    • 森田健作のプロフィール
    • 森田健作の本名は?
    • 森田健作が幼い頃は刑事の父親はほとんど家にいなかった
    • 森田健作が幼い頃は両親から「挨拶」と「ありがとう」を言うよう育てられていた
    • 森田健作が幼い頃は刑事の父親を尊敬し警察官になりたいと思っていた
    • 森田健作は小学6年生の時に父親の言いつけで剣道を習い始めていた
    • 森田健作は中学2年生の時に成績が振るわず自暴自棄になるも母親の言葉で元気を取り戻していた
    • 森田健作は中学時代~高校時代は剣道で活躍していた
  • 【画像】森田健作の若い頃から現在までのヒット曲や代表作ほか経歴は?
    • 森田健作は高校卒業後は東京外国語大学の受験に失敗し浪人生活を送っていた
    • 森田健作は浪人時代、日劇のダンサーだった姉の楽屋に遊びに行った時に福田時雄にスカウトされていた
    • 森田健作は姉の所属する「日劇ダンシングチーム」でルックスが噂になっていた
    • 森田健作は「サンミュージック」のタレント第1号だった
    • 森田健作は20歳の時に「夕月」のヒロイン(黛ジュン)の相手役で映画デビュー
    • 森田健作は20歳の時に初主演映画「夕陽の恋人」の同名主題歌で歌手デビュー
    • 森田健作は21歳の時にテレビドラマ「おれは男だ!」で主演デビュー
    • 森田健作は21歳の時に6枚目のシングル「さらば涙と言おう」が大ヒット
    • 森田健作は20代の時「青春をつっ走れ」「あしたに駈けろ!」「おこれ!男だ」に主演し「青春ドラマ」で人気を博していた
    • 森田健作は25歳の時に「砂の器」の出演オファーを受けるも当初は消極的だった
    • 森田健作は「砂の器」の撮影時に数々の忘れられない経験をしていた
    • 森田健作は43歳の時に政治家に転身していた
    • 森田健作は56歳の時に「千葉県知事選挙」に出馬し当選すると以降3期12年務めていた
    • 森田健作の現在は?
    • 森田健作の出演作品(映画)
    • 森田健作の出演作品(テレビドラマ)
  • 森田健作の妻は?プロポーズが凄い!結婚後の夫婦関係は?子供は息子1人!
    • 森田健作の妻は?
    • 森田健作のプロポーズは?
    • 森田健作の妻との夫婦仲は?
    • 森田健作の子供は息子が1人
    • 森田健作は右目が病気だった

について、ご紹介しました。

浪人時代にスカウトされたことをきっかけに芸能界入りすると、主演ドラマ「おれは男だ!」やその主題歌「さらば涙と言おう」の大ヒットで青春スターとして一世を風靡し、そのうえ、「砂の器」では俳優としても高い評価も得、さらには、千葉県知事を3期12年も務めるなど、政界でも成功した森田健作さん。

そんな森田健作さんといえば、「サンミュージック」の社名にもなったというその太陽のような明るさと元気ですが、やはりそれらがこのような成功を引き寄せたのかもしれませんね。

友達よ泣くんじゃない(1972)

お読みいただきありがとうございました

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