kimuchiです!
突然ですが、「あなたの職業は何ですか?」
この質問に1つの仕事名で答えるのが普通になったのは、実は最近のことです。
私は普段「AIエンジニアです」と答えています。でも実態は、本業の合間にSubstackで文章を書き、朝ランの記録を残し、Claude Codeの使い方を解説し、個人開発をしている。5つくらいの小さな仕事を、行ったり来たりしながらやっています。
そして最近、こういう人が周りに一気に増えました。
エンジニアをやりながらYouTubeをやる人。会社員をやりながらSubstackで書く人。コンサルしながら畑をやる人。AIで業務時間を圧縮して、空いた時間で別の仕事をする人。
これらは、新しい働き方かと思いきや、ただ戻ってるだけなんです。
=====
専業は、ここ70年の発明。
ちょっと歴史をさかのぼります。
江戸時代、日本の人口のほとんどは「百姓」と呼ばれていました。百姓 = 農民、と学校で習った人が多いはずです。
しかし、これは誤訳に近いと言われています。
歴史学者の網野善彦さんが繰り返し言ってきたのは、「百姓」は「百の姓を持つ人々」、つまり「いろんな仕事をする、ふつうの人々」という意味だ、ということ。
実態として、当時の百姓は田んぼを耕しながら、漁に出て、山で炭を焼き、農閑期は出稼ぎに行き、酒を醸し、織物を織り、商いに出ていました。
奈良県の百姓は「置き薬」を作って、顧客の家に薬を置いておく訪問販売までやっていたそうです。漫才も、元は農家の副業だったと言われています。
ひとり、十役。
これが「普通」だったんです。
そして、これは日本だけの話ではありません。
中世ヨーロッパの農民も、農業をやりながら紡績・織物・鍛冶・陶器・ビール醸造をやっていました。
家族総出で農閑期に手工業をやり、市場で売る。これが農村の標準でした。
人類はずっと「ひとり何役」で生きてきた、というのが世界共通の歴史です。
では「ひとつの仕事に専念する」働き方は、いつ世界に広まったのか。
18世紀末の産業革命以降です。アダム・スミスが『国富論』(1776年)で「分業」を提唱し、工場で「ひとり1タスク」のほうが圧倒的に効率的だと示した。ここから専業化が世界の標準になっていきました。
日本でサラリーマンモデルが定着したのは、そのさらに後。戦後の1950年代から1970年代、いわゆる高度経済成長期です。終身雇用、年功序列、月給制。新卒で1社に入って、定年まで勤め上げる。
このモデル、歴史のスパンで見ると本当に最近の話なんです。
人類が定住農耕を始めて、ざっくり1万年
「ひとり何役」モデルが続いたのが、そのうち9,750年くらい
「分業・専業化」が世界に広まったのは、産業革命からの約250年
日本で専業サラリーマンが主流になったのは、たった70年
これはざっくりした年数ですが「ひとつの仕事を一生」のほうが、よっぽど異常な短い期間だった、ということになります。
=====
なぜいま、百姓モデルに戻れるのか。
3つあると思っています。
1つ目。リモートワークで通勤の時間がなくなった。江戸の百姓は、田畑が家のすぐそばにあった。私たちも、仕事場が家に戻ってきました。
2つ目。AIで作業が圧縮された。コードを書く時間、文章を書く時間、調べ物の時間、全部短くなった。空いた時間で別のことができます。
3つ目。プラットフォームで個人が直接稼げる。Substackで月8ドルのサブスクを100人集めれば、年9,600ドル(約144万円)。江戸の百姓が市に出て小銭を稼いだのと、構造はそっくりです。
=====
正直、ひとつに絞ったほうが「効率はいい」場合もあります。
でも、効率は、生存に勝てないです。
多くの会社は長年もたず、技術は2年で陳腐化します。柱が1本だと、それが折れた瞬間に終わります。1本の太い柱より、5本のひょろい柱のほうが、倒れにくいと思っています。
これらは、百姓と中世ヨーロッパの農民が当たり前にやっていた話と、たぶん同じです。
ということで、まとめます。
「ひとつの仕事を一生」は、戦後70年の特殊な発明
人類史のほとんどは「ひとり十役」の百姓モデルだった(世界共通)
専業化が世界標準になったのは産業革命以降、約250年
リモート+AI+プラットフォームで、いま百姓モデルに戻れるようになった
1本の太い柱より、5本のひょろい柱
百姓に、戻れ。
それでは以上!!kimuchiの登録・いいね、よろしくお願いします!


なるほど!百の姓を持つ、沢山の役割と仕事を持つのが百姓だったのか。専業も100年もたってない!いいこと聞きました!ありがとう!