kimuchiです。
今日のテーマは、AI時代に何に価値がつくか、です。
「これからは『人の無駄』が価値になる」
これが、いまの私の結論です。
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具体的に何が起きているか?
私は毎日Claude Codeにコードを書かせています。10分かかった調査が数分で終わる。設計のたたき台、レビューコメント、コミットメッセージ、PRディスクリプション、ぜんぶAIが先に下書きしてくれます。
コードだけじゃありません。アイデア出しも、この文章の添削も、AIに通してから出しています。
最初は「効率化されたな」と素直に喜んでいました。
でも、ある時から手が止まるようになった。「これ、私が書いた意味あるか?」と。
これがずっと続いた先のことを、最近よく考えます。
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ここから先は私の意見です
コードも文章もデザインも、ゼロ円でコピーされていく世界に向かっている、というのが私の見立てです。
そこで「効率」「最適化」「再現性」を売っても、たぶん値段はゼロに張り付きます。
私の業界だけの話じゃないと見ています。
文章を書く人、デザインを作る人、調べごとを請け負う人、構成を整える人。
ぜんぶ同じ構造に巻き込まれそうです。AIが「いい感じのもの」を量産する時代に、整った成果物の希少性は壊れる。
最後に残るのは「コピーできないもの」だと思っています。
そして「コピーできないもの」は、これまで「無駄」「非効率」「ふざけている」と呼ばれてきた側にだいたいあります。
たとえば、回り道、変な趣味、ふざけた企画、誰にも理解されない偏った観察、必要のない丁寧さ、誰得な独り言。これまでぜんぶ「効率の敵」として削られてきた側です。
これらの共通点は「コピーできない」こと。
AIに食わせて再現させてもなぜか劣化します。たぶん、その人の身体・時間・偏りに紐づいているからだと思います。
つまり、これから価値が下がる側と、上がる側がはっきり分かれそうです。
下がる側:効率・最適化・再現性・整った成果物
上がる側:偏り・身体性・無駄・コピー不可な個人性
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「無駄を削る」をやってきた側として
私はエンジニアとして「無駄を削る」ことを正義にして動いています。
コードレビューでの指摘も、スケジュールの組み方も、発信の文体も、ぜんぶそうです。
これは少し前まで、正しかった。希少なのは「整ったもの」の側だったからです。
でも、前提がもう反転している。私はそう見ています。
ここを今、少しずつ手放そうとしています。具体的に3つ。
整いすぎた発信をやめる。整いすぎた文章はAIで作れてしまうから、整っているだけでは差にならない。
自分の偏った趣味・偏った観察をそのまま載せる。誰にも刺さらなくてもいい。コピーされない側を増やす。
「これって価値あるかな?」と迷う企画ほど通す。迷う時点で、AIに置き換わらない領域である可能性が高いから。
最初の2週間で気付いたのは、整え直そうとする手癖が想像以上に強い、ということ。「無駄を残す」のは、考えるより難しいです。
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ということで、まとめます
AIが「効率・最適化・再現性」をぜんぶ持っていく
整った成果物の希少性は壊れて、値段はゼロに張り付く
最後に残るのは「コピーできないもの」=偏り・身体性・無駄
「無駄を削る」を正義にしてきた人ほど、いま信念の置き換えが必要
整え直す手癖は強い。意識して残さないと残らない
これからAIで「いい感じのもの」はインフレします。
差が出るのは、無駄が削れていない側だと思っています。
同じように「無駄を削る」を正義にしてやってきた人は、たぶん私だけじゃないはずです。
効率を磨くこと自体が楽しくて、ここまで来た側。これからの数年、いちばん信念の置き換えが必要なのは、私たちです。
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無駄を極めろという視点、AIコピー時代に値段が残らない側の話として参考に読みました。SNS運用を超効率化するツールを配布してる個人開発者で、フォロー失礼しました🥺発信のスタンスが面白かったので、繋ぎ返していただけたら嬉しいです。投稿には毎回反応しますし、コメントもリアクションも積極的に残します!