「種の記憶」は、なぜ“記憶”なのか
「種の記憶」というタイトルには、
過去を懐かしむだけではない意味があります。
この作品を作るとき、
最初に考えていたのは、
在来の種と、
新しく生まれる種のことでした。
長い時間をかけて、
土地に根づいてきたもの。
人の手や、
時代の変化の中で、
新しく生まれていくもの。
どちらか一方を正しいと決めるのではなく、
それぞれの存在に目を向けたいと思いました。
まずは、
作品そのものを置いておきます。
言葉にする前の気配を、
先に受け取ってもらえたらうれしいです。
そのときに出てきたのが、
「記憶」という言葉でした。
ここでいう記憶は、
頭の中にある思い出のことだけではありません。
土地に残るもの。
植物に残るもの。
祈りに残るもの。
文様や、
ひらがなや、
風景の中に残っているもの。
言葉にする前から、
どこかで知っていたような感覚。
そういうものを、
「記憶」と呼びたかったのだと思います。
種は、
とても小さいものです。
でも、
その中には、
長い時間が眠っています。
過去から受け取ったものを抱えながら、
まだ見ぬ未来へ向かって、
静かに芽を出す。
その姿は、
記憶そのもののように感じました。
失われたように見えるものも、
完全には消えていません。
誰かの中で、
土地の中で、
風景の中で、
小さく残っています。
そして、
何かのきっかけで、
また芽を出すことがあります。
「種の記憶」は、
過去をそのまま保存する作品ではありません。
過去と未来のあいだで、
何を守り、
何を受け入れ、
何を静かに継いでいくのか。
その問いを残す作品でした。
そして、
この問いは、
そのまま「かげつぎ」へ繋がっていきました。
失われかけた何かを、
影で静かに継いでいく。
「種の記憶」は、
その最初の種だったのだと思います。
映像を見たあとに、
音だけで聴くと、
また少し違う景色が残ります。
よろしければ、
音だけの「種の記憶」も置いておきます。
この作品は、
にんじゃーと学園のAI動画コンテストに向けて制作したものです。
公開時の記録も、
ここに残しておきます。
実は、
「種の記憶」の楽曲は、
最後まで2つの方向性で悩んでいました。
ピアノバージョンは、
「種の記憶」のアニメーションパートで使用した楽曲です。
物語の内側に
静かに沈んでいくような音でした。
一方で、
コンテスト作品のMVパートには、
最後に選んだ口笛ジャズの楽曲を使いました。
こちらには、
記憶が外へ広がっていくような軽さがありました。
内側へ沈む音と、
外側へ広がる音。
どちらも、
「種の記憶」に必要な音だったのだと思います。
なお、
口笛ジャズの元になった、
最初に制作した楽曲も、
ここに残しておきます。
https://suno.com/s/79jAarizjwWaXkCY
作品を作っていると、
選ばれたものだけではなく、
選ばれなかったものにも、
小さな火が残ることがあります。
消えたように見えても、
完全には消えていない。
それもまた、
「記憶」なのかもしれません。
「種の記憶」は、
完成した作品のタイトルであると同時に、
制作の途中で生まれ、
揺れ、
残り続けた感覚そのものを表す言葉だったのだと思います。
「種の記憶」は、
ここで一度、
静かに閉じます。
この場所では、
「かげつぎ」の制作過程や、
作品の中に残した小さな気配を、
少しずつ書いていきます。
静かな火を、
一緒に見守ってくれる方へ。
次の記録も、
ここに置いていきます。




