小学校という場所を見ていると、
人間の性格は、
「表舞台」より、
むしろ誰も見ていない場所に出るのだなと思います。
授業中は、
みんなそれなりにちゃんとします。
先生の目がありますからね。
でも、
休み時間
掃除
給食
廊下
帰り支度
そういう、監視が少し薄くなった瞬間に、
人間が出ます。
たとえば、
落ちているプリントを見たとき。
見なかったことにする子もいる。
踏んでいく子もいる。
無言で拾う子もいる。
面白いのは、
そこに「正解」を教えていないことです。
つまり、その子の素が出やすい。
掃除もそうです。
先生が近くにいると、
急に丁寧になる子がいます。
逆に、
誰も見ていなくても、
黙々と机を運ぶ子もいる。
そして、もっと面白いのは、
そういう姿を
子ども同士はちゃんと見ていることです。
大人より敏感かもしれません。
人間というのは、
「見られている自分」を演じます。
これは悪いことではありません。
社会というのは、
ある程度、演技で成り立っています。
ぼくだって、外ではちゃんとします。
でも、
その演技が外れた瞬間に、
その人の癖が出る。
たぶん、性格というのは、
「何を言うか」より、
「誰も見ていないときに何をするか」
に宿るのでしょう。
そして、
これは大人もまったく同じです。
店員さんへの態度。
SNSで匿名になったときの言葉。
立場が弱い人への接し方。
ゴミの捨て方。
誰も得しない仕事への向き合い方。
人間は、
「バレない」と思った瞬間に、
かなり本性が出ます。
でも、ぼくは、
それを責めたいわけではありません。
むしろ、そこに人間らしさを感じます。
ズルさ
弱さ
怠け
見栄
そういうものって、たしかに格好悪いです。
でも、
人間というのは、
そもそもそんなに綺麗な生き物ではないのでしょう。
ただ、
だからこそ、
誰も見ていない場所で、
静かに誠実に振る舞える人を見ると、
ちょっと感動します。
子どもでも、いるんですよね。
誰にも褒められないのに、
ぐちゃぐちゃの本棚を黙って直している子。
給食をこぼした子を、笑わずに手伝う子。
そういう場面を見ると、「あぁ、人間っていいな」
と思います。
教育というのは、
テストの点を上げることだけではなく、
「誰も見ていない場所で、どう振る舞うか」
を育てることなのかもしれません。
そしてそれは、
子どもだけではなく、
大人にもずっと問われ続けるのでしょう。
たぶん、
人格というのは、
スポットライトの当たる場所ではなく、
薄暗い日常のなかで作られていくのです。
かめ先生の人間の生態観察まだまだ続きますよ🐢





大人だからこそ気をつけたいですね。。。
高校で働いていましたが、強豪の部活ほど人間性に疑問を感じる生徒&顧問が多かったです😓