ビルマヤマガメという亀がいます。
かなり大きなリクガメです。
派手ではない。
美しい模様があるわけでもない。
目を奪うような色でもない。
どちらかというと、
地味。
土と落ち葉の中にいると、
そのまま森に溶けてしまいそうな亀です。
でも、この亀には、
かなり珍しいところがあります。
卵を守るんです。
多くの亀は、卵を産むと、
その場を離れます。
あとは自然に任せる。
天敵に見つかるかもしれない。
雨に流されるかもしれない。
無事に生まれるかもしれない。
でも、
親は基本的に、そこにはいない。
ところが、
ビルマヤマガメは違います。
落ち葉を集める。
小枝を集める。
森の床に、大きな巣を作る。
その中に卵を産む。
そして、
産んだあともしばらく、
巣の近くにとどまる。
ときには、
近づいてくる相手に対して、
押したり、
噛んだり、
巣の上に体を伏せたりすることもあるそうです。
亀なのに。
あの、
基本的には卵を産んだら去っていくイメージのある亀なのに。
ビルマヤマガメは、
しばらく卵のそばにいる。
ここ、かなり面白いなと思いました。
親って、
結局、
そういう生き物なのかもしれません。
全部は守れない。
でも、離れられない。
代わりに生きることはできない。
でも、気になってしまう。
自分にも、子どもがいます。
長男は、
支援学校に通っています。
知的障害があります。
将来のことを考えると、
正直、胸が重くなる時があります。
眠れない日があったり、
気持ちがおちつかないときがあります。
自分がいなくなったあと、
どうなるんだろう。
ちゃんと暮らせるのかな。
困った時、
誰かに助けを求められるのかな。
悪い人に利用されないかな。
寂しい思いをしないかな。
考え出すと、
止まらなくなる夜があります。
でも、
どれだけ心配しても、
親ができることには限界があります。
代わりに学校へ行くことはできない。
代わりに友達を作ることもできない。
代わりに失敗することもできない。
代わりに傷つくこともできない。
殻を破るのは、子ども自身です。
歩き出すのも、子ども自身です。
生きていくのも、子ども自身です。
ここが、親としてはかなり苦しい。
ビルマヤマガメも、
卵の中の命を、
代わりに生きることはできません。
卵の殻を、
内側から破ってやることはできない。
生まれた子の道を、
全部整えてやることもできない。
でも、できることはする。
落ち葉を集める。
巣を作る。
巣材を足す。
踏み固める。
近づく相手を追い払う。
しばらく、そばにいる。
「何もできない」わけじゃない。
でも、「全部はできない」。
この中途半端さが、
ものすごく親っぽいと思うんです。
親って、万能じゃない。
子どもの人生を、
丸ごと守ることなんてできない。
どれだけ願っても、
どれだけ心配しても、
手が届かない場所がある。
でも、
だからといって、
何もしないわけにもいかない。
見守る。
声をかける。
環境を整える。
危なそうなものを少し遠ざける。
帰ってこられる場所を作る。
たぶん、
親にできることって、
そのくらいなんだと思います。
昔の自分は、
「心配しない親」
のほうが強いと思っていました。
どっしりしている。
子どもを信じている。
過干渉にならない。
口を出しすぎない。
そういう親に、少し憧れていました。
でも、
実際に親になってみると、
そんなに綺麗にはいかない。
心配する。
不安になる。
先回りしたくなる。
余計なことまで考える。
口を出したあとで、
「ああ、言いすぎたかな」と反省する。
かなりめんどくさいです。
でも、
ビルマヤマガメを見ていると、
そのめんどくささも、
全然、許せます。
森の中で、
落ち葉を集めて、
大きな体で巣の近くにいる。
きっと、
効率だけで見れば、
無駄も多い。
守ったからといって、
全部の卵が助かるわけでもない。
実際、
親が離れたあとに、
巣が捕食されることもある。
それでも、
産んだあとすぐに去るのではなく、
しばらくそこにいる。
その行動に、
どうしても心を持っていかれます。
親の愛情なんて、
科学的には測れないのかもしれません。
亀が何を思っているかなんて、
本当のところは分からない。
でも、行動は残ります。
落ち葉を集めたこと。
巣を作ったこと。
そばにいたこと
近づくものに向かったこと。
それは、
「気持ち」ではなく、
「行動」として残る。
人間も、たぶん同じです。
どれだけ心配していたか。
どれだけ愛していたか。
それは、
言葉だけでは伝わらない時がある。
でも、
朝ごはんを用意したこと。
学校の準備を手伝ったこと。
不安そうな顔に気づいたこと。
帰ってきた時に、「おかえり」と言ったこと。
そういう小さな行動は、
どこかに残るのかもしれない。
ビルマヤマガメは、
卵を孵化までずっと見守るわけではありません。
ずっとそばにいる、
という言い方は、少し違う。
でも、産んだあと
しばらくは離れない。
できる範囲で守ろうとする。
全部は守れないけれど、
それでも巣の近くにいる。
この「全部はできないけど、できることはする」という姿が、
自分には刺さりました。
親って、
たぶん、
そういうものなんだと思います。
完璧に守る存在ではない。
人生を代わりに背負う存在でもない。
でも、
子どもの少し後ろで、
心配しながら、
見守ってしまう存在。
完璧に守る存在ではない。
人生を代わりに背負う存在でもない。
ビルマヤマガメは、
森の落ち葉の中で、
卵のそばにとどまる。
大きな体で、
地味に、
不器用に、
できる範囲の守り方をする。
その姿を見ていると、
親である自分も、
少しだけ救われる気がします。
全部できなくてもいい。
完璧に守れなくてもいい。
でも、できる範囲で巣を作る。
できる範囲でそばにいる。
できる範囲で見守る。
それくらいしかできない。
でも、それくらいはしていたい
できれば幸せになってほしいから。









はじめまして!ももとさんのリスタックから失礼します。ステキな記事でした🥹
また、楽しみにさせてください🙌