【意見】『マリオカート ワールド』は決して「オープンワールド・レースゲーム」ではない
フリーランはあくまでロビー
Nintendo Switch 2の目玉タイトルである『マリオカート ワールド』は楽しいゲームだ。しかしながら、ひとつ留意しておくべき点がある。
それは、本作が「オープンワールド・レースゲームではない」という部分だ。思い返してみれば任天堂はオープンワールドという言葉は使わず、ひとつながりの世界と表現していたように思う。とはいえ、「世界をまたぐレース」など、期待を持たせることを言っていたのは否定できないだろう。
シームレスに移動できる広い世界をオープンワールドと定義するのであれば、確かに『マリオカート ワールド』はそれなのだが、オープンワールド・レースゲームではないと考えておくべきだろう。なぜなら、そう思っていると失望しかねないからだ。
フリーランをオープンワールドものとして見ると貧弱すぎる

もし『マリオカート ワールド』をオープンワールド・レースゲームと捉えていると、世界のなかにある遊びが足りず、スカスカなように感じられてしまうだろう。
本作のフリーラン(オープンワールドを自由に走れるモード)のなかにある遊びは、以下の3種類である。
・Pスイッチ:特定のミッションをこなすもの
・ハテナパネル:隠されたパネルを探して踏むもの
・ピーチメダル:いわゆる収集品
これらをクリアするとステッカーが獲得できる。それだけだ。おまけにステッカーは一種類しか貼ることができず、位置も自由に設定できない。これでは集める意欲があまり湧かないだろう。また、それぞれの密度も低めで「探し回ると見つかる」くらいの設置状況である。
ほかの要素がないわけではない。コインを集めるのも遊びのうちだし、各地にあるヨッシーズで料理を食べて衣装をアンロックする要素もある。ただし、これらは副次的な要素だろう。あくまで早期アンロックを狙う場合にフリーランが有利になるくらいで、ほかのモードでもそのうち解除できる。
とはいえ、オープンワールドは世界を見て回るのも魅力のひとつである。『マリオカート ワールド』の世界を自由に移動し、マリオたちがどういう場所にいるのか眺め、フォトモードで撮影するのもおもしろいはずだ。
桜に囲まれたピーチスタジアム、幻想的なロゼッタ天文台など美しいロケーションがあるのは間違いない。レトロな初代『スーパーマリオカート』の看板を探したり、『スーパーマリオランド』のトコトコ(走るモアイ像的な石像)の異質さに笑ったり、NPCの一般車を無理やり止めて遊ぶのも楽しみのうちだろう。
BGMも印象的だ。曲数が多くてシームレスに切り替わるといった部分はもちろん、夜になればしっとりとしたジャズアレンジが流れるのだからたまらない。『マリオの絵描き歌』のおしゃれなアレンジ曲が流れたときは笑いと感動が同時に押し寄せてくるような感覚を覚えた。
しかしフリーランでしばらく走っていると、ここにいるのはヘイホー、ヨッシー、そしてキノピオなど、レースに参加するわけでもない一般的なNPCだらけだと気づくだろう。おまけに彼らは妙にデカい。おそらく遠景で表示する際にサイズが大きくないと目立たないので、意図的にマリオたちよりサイズが大きくなっていると思われる。

街中のディテールもいわゆるオープンワールドほどはこだわられてはいない。プクプクのたいやき屋はものすごくおもしろいアイデアだが、店に貼られているメニュー表はすべてコピペである。こんなに「たいやき300コイン(?)」をアピールすることはないだろう。
そもそもここは、公然と公道で妨害が行われるイカれた世界である。キノピオの家の近くではハンマーブロスがハンマーを投げ狂っており、道を走ればブーメランやらラグビーボールが飛んできて事故を起こそうとしてくるし、なんなら爆発寸前の爆弾まで運ばれている。端的に言ってクレイジーだ。
結局のところ、これは「マリオカート」の世界がおかしいのではなく、遊びを優先して世界設定を深く考えていないだけなのだろう。任天堂らしいいつもの仕草だ。
本作はオープンワールド・レースゲームとしては遊びの種類が少ないうえ報酬も目立つものではなく、世界が緻密に描かれているわけでもない。よって、フリーランで延々と走り続けて楽しめてしまうゲームとは言い難いのである。
フリーランはあくまで「豪華なロビー」である
では、『マリオカート ワールド』はなんのゲームなのか? それはもちろんいつもと同じで、みんなでワイワイ騒げるパーティー・レースゲームである。
プレイヤー数が最大24人に増え、新しいアイテムが追加されたおかげで、レースはよりわちゃわちゃするおもしろいものになった。広い世界にさまざまなコースがあるのでロケーションも魅力的だし、ウシをはじめとする興味深いキャラクターも増えた。
いつもの順位を競うレースはもちろん、新モードであるサバイバルもアイテムの使い方や走りの味わいが変わっておもしろい。パーティー・レースゲームとして進化している点も多い。
「じゃあフリーランは単なる欠点なのか」と思うかもしれないが、そうではない。本作のフリーランは、単に豪華なロビーなのである。

ロビーを作ってフレンドと一緒にフリーランで流していると、画面下部に「+ゲームをはじめます」と表示される。つまり、フリーランはレース・サバイバル・バトルなどを始めるまでの暇つぶしなのだ。
前作のロビーではプレイヤーができることはほとんどなかった(せいぜい「エキサイティング!」などと叫ぶくらいである)。それを考えれば、走って暇つぶしできるフリーランはかなり進歩したロビーといえよう。おまけに3種類も遊びがある! と、見方を変えれば正反対の意見も出てくる。
あるいは、フリーランはフレンドとのんびりゲームチャットをするための場といえるかもしれない。会話がメインであるならば、フリーランに遊びが少ないのもむしろ納得できる。ゲームがおもしろすぎては話の邪魔になってしまうから。
オープンワールドという言葉の魔力

話を整理すると、『マリオカート ワールド』は従来と同じくみんなで楽しむパーティー・レースゲームであり、オープンワールド・レースゲームとして期待してはいけない、というわけだ。
世界がひとつなぎになっただけであって、本来の狙いは忘れていないゲームともいえる。しかし事前情報でオープンワールドになることがやたらと注目を集め、結果としてそれを期待してしまう人も少なくないはず。筆者もそうだったし、フリーランに失望しているレビューも見かけた。
ゆえに、フリーランはあくまで「豪華なロビー」であると強調しておきたい。そう考えれば決して悪いものではないのだ。ただ、オープンワールドという言葉には奇妙な魔力があるような気がしてならない。
