DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH - レビュー
正統進化を遂げてはいるが、新たな地平を切り開くには至らない良作
本レビューは、発売前にSIEからレビューコードの提供を受けたうえで執筆を行っている。
私たちは「繰り返し」を都合よく嫌い、都合よく愛しながら生きている。
マンネリに沈むカップルのピロートークや、形式ばって中身のない会議が敬遠される一方で、朝の目覚めから一杯のコーヒーにたどり着くまでのルーティンには、どこか安らぎを見出している。「繰り返し」は、ときに停滞を生み、ときに癒しをもたらす。停滞と癒しは、意外なほど近い場所で、静かに歩調を合わせている。
そして続編とは、前作を「繰り返す」ことともいえる。本作『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』はコジマプロダクションが手掛け、革新を生んだ傑作『DEATH STRANDING』の続編だ。主人公であるサムは前作の北アメリカ大陸に続き、メキシコ、さらにはオーストラリア大陸を横断する。分断され孤立した人々を再びつなぎ直し、世界を再建する旅へと向かうのだ。
「もう一度、君は旅に出て、同じことをするべきだ」――序盤でとあるキャラクターがサムに向かって、こんなことを言う。今作のサムは物語冒頭である事件に巻き込まれ、深いトラウマを負ってしまう。前作において、旅そのものが結果的に彼の「接触恐怖症」の癒しにつながっていたように、本作でもサムは旅の「繰り返し」を通じて、心の傷と向き合おうとする。
ここで描かれるのは、「伝説の配達人」であるサムが「手慣れた旅の繰り返しによって身体は移動しているように見えて、その心は停滞している」という逆説だ。彼だけではない。人形に魂(カー)を宿したことで成仏できないドールマン、胎内に子を宿しつつも成長が止まってしまう「スティル・ベイビー症候群」を患うレイニー、あるいはフラジャイルやヒッグスらもそうだ。本作では、あらゆるキャラクターたちが停滞している。もちろんこうした停滞については物語の中で重要な意味を孕む。ネタバレを避けるためにレビュー段階でその見解については伏せておこうと思うが、それらは「今日」から繋がる少し先の未来を冠するトゥモロウを中心に、本作のテーマに結びついて回収されていく。

思えば小島秀夫が自らディレクションする作品においては、前作と同じ主人公を据えながらここまで続編であることに自覚的な作品は初めてだ。『METAL GEAR SOLID 2 SONS OF LIBERTY』でも続編であることをシナリオ上で逆手に取っていたが、プレイヤーキャラクターをソリッド・スネークから雷電に代えることで、プレイ体験としては主人公やプレイヤーにとってはそれが同じ旅ではないことを暗に意識させていた。だが今作は冒頭から、本作が「繰り返し」であることを殊更に強調するのだ。
現実と幻想が手を取り合い、静かに息づく世界
とはいえ、本作では前作からその語り口自体は大きく変えている。前作では「デス・ストランディング」、「DOOMS」、「BB」などといった未知の単語や設定のつるべ打ちによって、その世界観自体をプレイを通じて紐解いていくというミステリー的なストーリーテリングを行っていた。しかし本作では、前作までで風呂敷を広げたSFファンタジー的世界設定を用いて、あらためてどんな物語が提示できるかをさまざまに実験しているような印象を受けた。
新しい単語や設定が出てきてもそれ自体でプレイヤーをけむに巻くことはなく、カットシーンの中で基本的に説明がなされ、さらにコーパスと呼ばれるTIPS集によって詳細な解説を読むことができる。コーパスはポーズ画面からいつでもだけで呼び出せるだけでなく、該当の単語が話題に上がるとそのタイミングですぐにアクセスができるショートカットが表示される。『ファイナルファンタジーXVI』における「アクティブタイムロア」や『ポリスノーツ』の用語集を発展させたような仕組みだ。

こうした工夫によって物語自体は格段にわかりやすくなった。だが、設定やそれに対するエクスキューズが増えたことで、前作の神秘的で広がりのある世界観が、どこか矮小化してしまったような感覚は否めない。以前からその傾向がなかったわけでもないが、とくに何かにつけて「カイラル〇〇の影響で~」といった説明が繰り返されることが多く、やや興醒めしてしまう。かつて「METAL GEAR SOLID」シリーズが、大半の謎を結果的にナノマシンのせいだと片づけたSF的「ご都合主義」を思い出させるところがある。
しかし、だからといって世界描写に新鮮味が欠けているというわけではない。むしろ視覚的なセンスオブワンダーは前作を凌いでおり、とくに序盤は目を見張るような発見に満ちている。フラジャイルが首に巻いている装置「セカンドハンド」や荷物の形状に擬態して自爆する機械犬「ドッグズ」との戦闘、さらにはメキシコーオーストラリア大陸間を繋ぐプレートゲートをはじめ、見たこともないガジェットや光景の目白押しであり、未知への扉が次々に開かれていくような感覚を覚えるはずだ。

また、各カットシーンについても単純にグラフィックスやパフォーマンスキャプチャのクオリティが上がったほか、焦点距離や露光、そもそもレンズの選定にいたるまで映像設定のひとつひとつが明確に撮影を意識して仮想的に設計されている。あえて誤解を恐れずに言えば、これまでの作品と比べても、実写映像に限りなく近い表現を志向した演出といえるはずだ。ヴィルヌーヴ作品を思わせるリアリティを極めたオープニングの美しい遠景は、本作の白眉のひとつである。
小島秀夫のビジョンが結実しつつも、頭打ち感のあるゲームプレイ
本作においても依頼された荷物を配送センターなどの目的地に配達するという基本的な流れは変わらない。配達の過程で梯子やロープ、橋をはじめとする建造物を活用し、地形を攻略すること。また、それらの建造物を「ソーシャル・ストランド・システム」と呼ばれる非同期オンライン要素を通じて他のプレイヤーと共有し、利用していくことも同様だ。しかし本作においては、こうした「移動の遊び」そのものがさらに拡張され、より深みと奥行きを増している。
具体的には、前作よりも多くのミッションにおいてゴールに向かう前に「荷物のピックアップ」や「敵対勢力の制圧」といった中間地点(経由地)が設定され、全体としてオリエンテーリングを思わせるような構成に進歩した。さらに長距離移動のミッションの中で険しい近道を取るか安全な遠回りを取るか、といったような択一を迫られるケースも増加。比較的ルート取りに悩むことが少なく、スタートからゴールまで単線的に進んでいた前作の主だったミッションと比べると、今作はルート構築の複雑性が大きく増して三次元的な経路選択が求められるようになっている。
ミッション傾向の変化に伴い、移動や「ぼう」となる攻撃アクションの利便性も多方面で向上している。梯子は2本を連結して設置できるようになり、移動可能な地形の幅が広がった。また、スナイパーライフルをはじめとして重火器が充実したことも、戦術の多様化に寄与している。
また本作では、ひとつのアイテムに対して複数の用途を持たせることが明確に意識されていた。展開式シールドはその場において簡易バリケードとしても機能するし、「ぼう」として近接攻撃に利用することもできる。タールキャノンは攻撃用の武器でありながら(特殊なタールのため)「なわ」として消火に用いることもできるといった具合だ。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』の「化学エンジン」ほど自由度が高いわけではないが、こうした工夫によって世界に対する現実感や説得力が補強されているのはうれしい。
さらに、任意のタイミングで荷物を下ろすことができるようになったことで、潜入時に身を軽くしたり、遮蔽物に隠れやすくなるなど、戦略的なアクションの幅も広がった。下ろした荷物は敵に見つかると接収されてしまうため、その扱いに慎重さが求められることも心地よい緊張感をもたらしている。

余談だが、一連のゲームプレイはある意味で小島秀夫の手掛けた『METAL GEAR SOLID V: THE PHANTOM PAIN』から氏が目指していたビジョンであり、理想形なのではないかと思う。そもそも前作『DEATH STRANDING』は、「歩荷ゲー」ともいうべき突飛な発想から生まれた実験的な作品のように見えながらも、実際には「MGSV」に見られた不完全さを補強し、ゲームとしての完成度を一歩進めた作品だ。
“自由潜入”をコンセプトに掲げた「MGSV」では、「どこからどう攻めるかはあんた次第」という劇中のセリフ通り、プレイヤーキャラの降下地点や潜入先までのルートを自らでシミュレーションし、さらに現地の状況に合わせて柔軟に作戦を軌道修正していく——そんな自由度の高さが醍醐味のはずだった。けれど蓋を開けてみれば、ほとんどのケースで潜入先までの移動は、殺風景なアフガニスタンの大地を車で走るだけのものに過ぎず、実際には潜入のための助走にすぎなかった。その過程に戦略的優位性があったとは言い難い。
そこにきて、であれば「どこかへ行って、そこで何かをする」のではなく、「どこかへ行く」という行為そのものをスリリングにしてしまえばよいのではないか。そんな発想が『DEATH STRANDING』を生んだように思うのだ。

ただし、アクション面においては、本作が「繰り返し」であることの弊害も多々生まれているように思う。あらかじめ断っておくと、そもそも「ソーシャル・ストランド・システム」や移動の遊びそのものを発明した前作があまりに完成されすぎていたのだ。
追加されたさまざまな要素はあくまでも前作の不満だった点を解消したり、より便利で拡張性のある形に改良したものに過ぎない。そのため、「METAL GEAR SOLID」シリーズの続編で主観視点やCQC、あるいはシミュレーション要素が導入されたときのようなジャンルにおけるゲームチェンジの感覚は、本作には見られない。「APASエンハンスメント」と呼ばれる、いわゆるスキルツリーも追加されたが、その恩恵も大きいとは言えない。
MGSシリーズは、MGSという看板を巧みに活用しながら、その時々の時代性や実現したい遊びを作品ごとに盛り込んできた印象がある。一方で本作は、あくまでも前作の延長という印象を拭い切れず、言葉を選ばずに言えば遊びの面においては「DEATH STRANDING 1.5」といった体感だ。無論、開発においてはさまざまな検討がなされたのだろう。しかし思いの外「配達を行う」というゲームジャンル自体の消費期限が、少しばかり早かったのかもしれない。
ロケーションに関しても、一部には砂漠地帯などこれまでに見られなかった新たな地形が登場したり、火災やゲートクエイク(地震)といった環境変化も発生する。しかし全体としては大きな変化や驚きは感じられず、やや代わり映えに欠ける。少々辛辣かもしれないが、筆者が以前レビューした『アサシンクリード シャドウズ』のオープンワールドで描かれた空間の密度感や自然環境の厳しさを思い出すと、本作の世界はそこから半歩後退したような印象すらあった。
本当に身も蓋もないが、北アメリカ大陸を東から西へ繋ぐというスケールの大きな旅だった前作に比べると、現実ではそれより面積の小さなオーストラリア大陸を時計回りに巡るというのも、どうにもスケール感の縮小を感じざるを得ず、惜しいと感じた。
「繋ぐ」というテーマによって、一本に編み上げられたストーリー
旅の途中で立ち寄る施設に暮らすNPCたち、作品を彩る「プレッパーズ」の扱いは大きく進化している。前作でも、小島秀夫の交友関係からなるさまざまな実在の人物がモデルとなって登場していたが、本作でもその流れは健在だ。

それどころか、今作ではさらに驚くような顔ぶれが揃っており、登場キャラクターには本人のプロフィールをそのまま反映しているケースもあれば、まったく異なる衝撃的な特徴が与えられている場合もある。とある海外のモデルにいたっては、吹き替え音声に定番の著名声優が起用されており、そのわかる人にはわかるこだわりにおおいに笑わされた。
全体的に落ち着いたトーンで進行するメインストーリーに対し、遊び心溢れるプレッパーズの演出には、コジマプロダクションらしいユーモアセンスがいかんなく発揮されており、ゲーム全体として緩急が整えられている。

一方で、本作のメインヴィランとなるニール・バナの扱いについては、やや不満が残る。前作のヴィランであるマッツ・ミケルセン演じるクリフは、登場シーンこそ短いながらも強烈な印象を残したキャラクターだった。もちろん本作のニールも、演じるルカ・マリネッリの高い演技力やキャラクターとしての魅力、そして彼にまつわるストーリーの質において、決してクリフに劣るものではない。にもかかわらず、今作では最終盤までまともにセリフを発する場面すらほとんどなく、彼がどんな人物像なのか、観る側にとってまったく掴めないまま物語が進んでしまう。
加えて、彼の動向は確かに物語の主軸と完璧に結びついてはいるものの、深く考えず一見したままだと、「メインストーリー」と「ニールのサブストーリー」という2本の大きなプロットが並行して進んでいるように見えてしまうのも少し気になった。物語を終えた今振り返ると、個人的にはシリーズの中で最も魅力的に映ったキャラクターであっただけに、総じてもったいなさが残る。

冒頭に話したテーマ上の制約――すなわち「ある種の停滞」を巡る構造によって、ニールに限らず本作全体の物語が、終盤までかなり曖昧なまま進行していくことも評価を難しくさせる。プレイ中はコジマプロダクション(と旧小島プロダクション)作品の中でもとくに示唆的なカットシーンの連続に終始するため、物語の全体像や核心が一向に見えてこないことにフラストレーションが溜まるかもしれない。
ストーリー進行に応じて断片的に明かされる情報についても、「サムが配達をしている間に別のキャラクターが調べていた」、あるいは「サムの知らないところで計画が進んでいた」といった形で語られることが多く、プレイヤーの操作による「オーストラリア大陸を繋ぐ」という行為が、結果として物語にさほど強い因果性を持たないように映ってしまう。「カイラル通信を広げたことにより調査が可能になった」というような形式的な説明があるだけでも、プレイヤーの手応えとしては多少実感が増すと思うのだが。
また詳述は避けるが、ストーリー展開の中には、これまでの作品群へのセルフオマージュがやや過剰に感じられる部分がある。これもある意味で、本作が「繰り返し」を描くうえでのひとつの手段だと思われるのだが、それらはあくまで物語の本質的なメッセージを語るうえの通過点に過ぎず、演出として強調されている割には、あまり興味が向けられていない印象だ。そのため結果として、どういう感情でその場面を受け止めればよいのか戸惑う場面がいくつかあった。
とはいえ、これだけ複雑怪奇なファンタジー設定と数多の伏線の数々を、最終的に「移動」と、移動によって想いのバトンを「繋ぐ」というふたつの行為の美しさのみによってまとめ上げてみせた手腕は、やはり賞賛するほかない。
長所
- センス・オブ・ワンダーに富んだ驚くべき映像表現
- 前作から引き継がれ、改良されたゲームプレイ
- 「繋ぐ」というテーマによって一本の線で編み上げられたストーリー
短所
- 説明が増えたことでやや矮小化した世界観
- 革新的な要素に乏しく、頭打ちになってしまうゲームプレイ
- ややフラストレーションの溜まるストーリーテリングの手法
総評
『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』は、センス・オブ・ワンダーあふれる驚異的な映像表現により、作品世界の魅力を一層深めることに見事成功している。。前作から引き継がれつつ磨き上げられたゲームプレイも健在であり、「繋ぐ」というテーマを一本の線に見立てて編み上げられたストーリーは、作品全体に一貫した深みを与えている。一方で、革新的な新要素に乏しく、ゲームプレイが頭打ちになっている点は惜しい。さらに、ストーリーテリングの手法においてはややフラストレーションが溜まる場面も見受けられ、物語の理解や感情移入に影響を与えている。総じて、優れたビジュアルと確かなテーマ性を備えながらも、新境地の開拓には一片の課題を残す作品と言えるだろう。
『DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH』レビュー
