13年前の私から、今の私へ
〜「私の時間」という問いを、今も考えている〜
13年前の私からの便りが届きました。
久しぶりにFacebookを開いたら、当時のつぶやきが残っていたんです。
そこには、
「私の時間ってなんだろう」
という言葉が書かれていました。
今読むと、少し読みにくいところもあります。
でも、これはその時の私が、その時の言葉で残したものです。
だから今日は、原文のままここに置いておこうと思います。記録として。
そして、今の私への手紙として。
2013年の私から、2026年のわたしへ
『ひとりごと』
ここに来てから睡眠時間がぐっと減ってきた。
でも、考えることも多くなってきた。
今まで、のほほーんと生活して今という時間を使ってきた
でも、いろんな体験をするうちに自分がこれではダメだと思えることが沢山増えた。
私のいいとこは、今ある大変さが大変だと感じないところ
会う人みんなが、大変なのに頑張ってるねって言ってくれる
でも、本人は何にも考えてないから大変だと思ってない
今を素直に受け入れてるだけ。
私の悪いところは、すぐ諦めて投げ出すところ。
この世に生を受けて死に至るまでの私の時間ってなんだろう
って最近考えてる。
みんなに与えられてる平等の時間、いったい私はどうやって使ってるんだろう、ホントにこの使い方でいいのか?なんて考えなくてもいいことかもしれない。
だって生きてれば時間は勝手に過ぎていくし、子育、家庭仕事でいっぱいだから。でも今考えなかったらこのあとも考えないかも、立ち止まって振り返って前を見てあえて考えてみたい。私の時間ってものを。
私に与えられた時間を・・・
いつか表現が可能になる知識を得たときは
子供たちにも時間を教えられる大人になりたい。
今の私から、あの頃の私へ
ここまでが、13年前の私が書いていたつぶやきです。
13年前の私は、 「私の時間ってなんだろう」 と書いていました。
正直、今も答えはわかりません。
でも、あの頃より少しだけ、自分の時間を大切に使おうとしている気がします。
子どもたちに時間を教えられる大人になりたい。 そう書いていたあの日の私に、今の私はこう伝えたいです。 「あなたの人生、半歩くらいは前に進んだかもね」 そんなふうに言ってあげられる気がします。
ほとんど変わっていないところもあります。 相変わらず迷うし、すぐ不安になるし、人の目も気になります。
でも、少し変わったこともあります。
昔の私は、自分の気持ちを言葉にするのが苦手でした。 えっと。 あの。 そんな感じ。 そうやって、心の中にあるものをうまく外に出せないことが多かったです。
今は、AIに助けてもらいながら、少しずつ言葉をつなげられるようになってきました。 でも、大切なところは、やっぱり自分の中にあります。 AIが言葉を整えてくれることはあります。 けれど、何を残したいのか。 何を届けたいのか。 それは、自分の中からしか出てこないのだと思います。
13年前の私が書いた「私の時間」。
その答えは、まだ見つかっていません。
でも今は、こう思います。 答えを急がなくてもいい。 立ち止まって、振り返って、また少し前を見る。 その繰り返しの中で、自分の時間は少しずつ形になっていくのかもしれません。
13年前の私へ。
あなたが書いた言葉は、
ちゃんと今の私に届いています。
そして今の私は、
あの頃より少しだけ、
自分の言葉で歩こうとしています。
あなたには、昔の自分が残してくれた言葉はありますか?
今読むと少し照れるけれど、今の自分に届いてしまう言葉。
もしあれば、コメントで教えてください。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。



問いを13年間捨てずに持っていたこと自体が時間の使い方の答えのひとつに思えました🍃