vol.039 点を打ち続けた先にあるもの
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世界各地を移動する中での出来事や気づきをお届けします。
今週はアメリカのオレゴンにいます。
このメールマガジンで何度もお伝えしています通り、アメリカやオーストラリアをはじめとする世界各国では、シロシビン(マジックマッシュルーム)やMDMAなどの「サイケデリック物質」を精神医療の治療に用いる動きが加速しています。サイケデリックルネサンスとも呼ばれるこのムーブメントの震源の一つが、ここオレゴンです。オレゴン州はアメリカで最初にサイケデリックを合法的に用いることができる仕組みを整えた州で、「ファシリテーター」と呼ばれる州認定資格の専門職のもと、サイケデリックを安全に摂取することが可能です。治療を受けるにあたって医師の診断は必要なく、スクリーニングを通過すれば誰でも受けることができます。
僕は昨年、この「ファシリテーター」になるためのオレゴン州認定プログラムを修了しました。手続きが複雑で、資格の取得にはまだ至っていないのですが、トレーニングを受けたり資格を取得するだけでは「スタートライン」に立ったにしかすぎません。医師に研修期間があるように、ファシリテーターにも本来は現場に出て実践を積む研修期間が必要です。しかし、国の制限や法律の壁などがあり、そう簡単に物事は進みません。日本人ならなおさらです。
今回、オレゴン在住の日本人ファシリテーターの方から、日本人がグループセッションを受けるということで、実際の現場を見てみませんかとお声がけいただき、はるばるオレゴンまでやってきたというわけです。
詳細はお伝えできませんが、とにかく参加されたすべての方がある種の「生まれ変わり」を体験されていました。セッションの前と後では、顔つきやグループのエネルギーがまるで違うのが一目でわかります。あくまでサイケデリックを摂取することは気づきを得るための手段にしかすぎず、これから日常生活に戻り、それらの気づきをそれぞれの行動や価値観に落とし込んでいく作業が、いわばこの治療の「本丸」です。それでも、「生まれ変わり」という神聖で美しい場に立ち会えたことは何よりの喜びでした。
これまでの仕事の中で「達成感」を感じることは多々ありましたが、こうして生身の人間の変容をサポートする仕事というのは、それとはまったく質の異なるものだと改めて感じました。数字や成果物ではなく、目の前の人の表情が変わっていく。その瞬間に立ち会えることの重みを、言葉でうまく表現するのは難しいのですが、「この仕事を選んでよかった」と心から思えた瞬間でした。
参加者の方々がオレゴンの地にたどり着くのに長い旅路があったように、僕がこうしてサイケデリック療法というものに辿り着いたのにも、長い旅路がありました。
思えば僕は、ずいぶん前から「レール」の上を歩いていない人間でした。日本の進学校に通っていた高校時代、同級生たちが東大や医学部を目指す中で、僕はアメリカの大学に進学するという選択をしました。大学を卒業する頃には、多くの日本人留学生が「ボストンキャリアフォーラム」と呼ばれる就職イベントに参加して日本の大企業への就職を目指す中、僕はそこには行かないという選択をしました。日本に帰国して外資系のコンサルティングファームで数年間働いた後、退職し、今度は定職に就かずに世界を旅するという選択をしました。
こうして振り返ると、節目のたびに「普通の道」を外れてきたわけですが、その都度、不安や迷いがなかったかと言えば、もちろんそんなことはありません。大学時代、ボスキャリに行かないと決めたものの、弁護士や医師のように「次にどこを歩けばいいか」が明確に見えている人たちが羨ましくて仕方がありませんでした。
そんな時期に出会ったのが、デザイナーの佐藤オオキさんの言葉です。テレビ番組で佐藤さんがこんなことを言っていました。点と点がパチッと繋がって線になるなんて、そんな簡単なことじゃない。ひたすら目の前のことに集中して点を打ち続けていると、それが次第に線っぽく見えてくる。そしていつか面になっていく、と。
この言葉に、僕はとても救われました。当時の自分は、点と点がいつ線になるのかばかりを気にしていたからです。次のキャリアは何か、この経験は将来どう活きるのか。そうやって先のことばかり考えて不安になるのではなく、まずは目の前の一点に集中する。そのシンプルな姿勢が、どれだけ心を軽くしてくれたことか。
振り返ってみると、確かに一つひとつの点は、打っている最中にはまったく線に見えませんでした。日本の大学には進学せずにアメリカの大学に進学したこと。そこで心理学を専攻したこと。在学中にベンチャーキャピタルでインターンをしたこと。ボスキャリに行かず、自分なりの道を探したこと。日本に帰ってきて製薬業界のコンサルティングに携わったこと。会社を辞めて世界を旅したこと。そしてサイケデリック療法と出会い、ファシリテーターの道を志したこと。どれも、その渦中にいる時は「これが何になるんだろう」という不安の連続でした。
けれども今、オレゴンの地に立って振り返ると、あの一つひとつの点が、確かに一本の線のようなものを描き始めているのが見えます。心理学の知識、製薬業界の経験、異文化での生活。どれが欠けても、今ここにはいなかったでしょう。
そして不思議なことに、螺旋階段をのぼるように、かつて通り過ぎた場所にもう一度戻ってくることがあります。実はこの文章を書いている今日、一本の電話がありまして、大学時代にアメリカでインターンをしていた企業が、6年の時を経て日本に進出することになり、僕がその日本の事業責任者として「古巣」に戻ることが決まったのです。同じ場所に戻ってきたように見えて、でも螺旋階段を一段上がった場所から景色を見ているような感覚。あの頃インターンとして関わっていた会社に、今度は日本の責任者として戻る。6年前の自分には想像もできなかったことです。
こうして、僕の長い旅もひとまず一つの区切りを迎えようとしています。社会復帰はもう目の前。ようやく自分なりの道が見えてきた気がします。
もっとも、その前に夏の大仕事が待っているのですが。
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
北朝鮮の閉ざされたデジタル世界の内側
北朝鮮政府が「レッドスターOS」や独自スマホ、検閲付きイントラネット「クァンミョン」などを通じて、国民のあらゆるデジタル行動を監視・統制している実態を紹介。 OSはファイルに秘密の透かしを埋め込み、スマホには数分ごとに画面を自動撮影するスパイウェア「Red Flag」が組み込まれ、外部の動画や音楽を所持しているだけで本人や家族が収容所送りや処刑の危険にさらされるとのこと。 一方で、脱北者らの団体はUSBメモリに韓流ドラマやニュース、日常生活の映像などを詰めて、ドローンや風船、米入りボトルで北朝鮮に送り込み、人々に外の世界の情報を届けようとする“デジタル抵抗”の取り組みも描かれています。
テクノロジーが監視と解放の両面で使われている構図が象徴的です。USBメモリや風船という「ローテク×ハイリスク」の手段でしか情報を届けられない現実が、デジタル時代における情報格差の極端な形を見せつけているように思います。USBメモリの開発者の濱口秀司さんもこのような利用は想定もしていなかったとどこかで仰っていました。
DuckDuckGoのインストール数が30%増加 “GoogleのAI検索を強制される”ことを拒むユーザーたち
GoogleはI/O 2026で検索結果の青いリンクをAIエージェント中心に大幅刷新し、ユーザーがAI利用を選べないことへの反発が強まっています。 これを受け、プライバシー重視の検索エンジンDuckDuckGoのアプリインストール数が米国で週平均18%増、5月25日には30.5%増に達し、AI機能を完全オフにできる「noai.duckduckgo.com」へのアクセスも増加しています。 DuckDuckGoはAIチャットや検索補助機能も提供しますが、利用有無をユーザーが選べ、履歴を収集せず学習にも使わないことを強調しています。
特筆すべきは、AIの便利さ自体を否定しているのではなく、「選べない」ことへの拒否反応だということでしょう。企業側から「これが未来だ」と一方的に押し付けるほど、ユーザーは自分の選択権を守れる場所に流れる。ヨーロッパにある「繋がらない権利」と同様に、程よい距離感を探していく必要があるように思います。
ルーチェ:フェラーリが初の完全電気自動車を発表し、株価が急落
フェラーリは初の完全電気自動車「ルーチェ」を発表し、年内発売予定としていますが、デザインやコンセプトを巡りSNSで賛否が分かれており、発表後に株価がミラノ市場で8%超、ニューヨークでも5%以上下落しました。 ルーチェは同社初の5人乗りモデルで4輪それぞれに自社製モーターを備え、0–60マイルを約2.5秒で加速するとされますが、ラグジュアリーEV市場の需要低迷や中国勢との競争が続く中、フェラーリもガソリン車やハイブリッド車の併売を続ける方針です。
テスラのロボタクシーや自動運転がさらに日常に浸透していくと、残ってくるのは「移動手段」としての自動車ではなく、「楽しむ」ための自動車なのでしょう。その意味でも「フェラーリらしさ」の本質がエンジン音や内燃機関の官能性にあると感じるファンにとって、EVは別物に映るのかもしれません。5人乗りという実用寄りの判断も含め、ブランドのアイデンティティをどこに置くかという根本的な問いを突きつけられているように思います。
エンハンスト・ゲームズでは、薬物使用は失格ではなく、巨額報酬への切符となる
ドーピングを公然と認める新しい大会「エンハンスト・ゲームズ」がラスベガスで初開催され、多額の賞金を目当てに主にベテラン選手が参加しました。 大会は富裕層投資家の支援を受け、テストステロンや成長ホルモン、EPOなどの薬剤を医師の管理下で使用する仕組みを導入しており、安全性と倫理性をめぐってIOCやWADAから強い批判を受けています。 優勝者には25万ドル、非公認ながら世界記録には100万ドルが提示されており、競技の場であると同時に、選手の投薬プロトコルを一般向けの医薬品・サービス販売につなげるビジネスモデルとしても物議を醸しています。
ヒューマンアンドロイド研究で世界的に有名な大阪大学の石黒教授はパラリンピックを例に、何をもって「人間らしさ」というのかという問いを投げかけられています。義足や義手は人間の一部なのか?そう考えると、人間が生み出した「薬剤」を摂取した人間はどこまで本来の「人間」なのかという問いが浮かびます。医師の管理下とはいえ、「強化された身体」で競う大会が成立すること自体が、スポーツにおける「公平」や「自然な身体」という前提が揺らぎ始めていることの表れなのかもしれません。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
オペレーションZ
「責任ある積極財政」を掲げる高市政権ですが、積極財政の先に何が待っているのか。その最悪のシナリオを、フィクションの形で描き出したのが本書です。
本書は、日本の国家財政が破綻寸前に追い込まれるなか、新総理が「来年度予算の歳出を半分にせよ」という途方もない指令を出すところから物語が動き始めます。歳出額は約100兆円ですが、国債費の24兆円は削減できないため、実質75兆円を25兆円に圧縮しなければならない。つまり半減ではなく、三分の一にするという話です。
特筆すべき点は、この小説が単なるエンタメではなく、日本の財政構造をかなり正確に描いている点です。歳出で最も大きいのは社会保障関係費の約33%、次いで地方交付税交付金の約16%。国民が元凶だと思いがちな公共事業費や防衛費は、それぞれ6%、5%に過ぎない。つまり、本気で歳出を削るなら社会保障に手をつけるしかないわけですが、それは与党最大の支持基盤である高齢者を敵に回すことを意味します。
また、「なぜ国民は危機感を持てないのか」という問いについても考えさせられます。「いくら数字を並べて危機を煽っても無駄だ。当事者意識は、身体で実感できないと生まれない」と作中の登場人物は言いますが、1000兆円の国の借金と言われても、自分の生活に直結しているとは思えない。しかし、もし本当に財政が破綻したら、医療も年金も地方自治も一気に崩壊する。その想像力の欠如こそが、問題を先送りし続ける構造の本質なのかもしれません。
積極財政も緊縮財政も、議論するならまず現状を知ることから。フィクションだからこそ伝わるリアリティがある一冊です。




読み応えありました😊
ありがとうございます