vol.038 免税レジが映す未来の東京
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今週も東京にいます。
今週はタイ人の友人が東京に観光に来ており、浅草、原宿、渋谷を巡りたいというので、案内がてら彼らに一日密着しました。
これはすでにどこかでお伝えしたかもしれませんが、日本人にとって「安い」イメージのあるタイは急速に変わりつつあります。バーツ高に円安が重なり、現在は1バーツ5円ほど。数年前までは1バーツ3円程度だったことを考えると、いかにタイ人にとって日本が旅行先として選びやすくなっているかが分かるかと思います。裏を返せば、日本人にとってタイ、特にバンコク中心部の物価は東京と遜色なく、かつてのように「とりあえずタイに行けば安く楽しめる」という時代は終わりつつあるのが現状です。事実、2024年にはタイを訪れた日本人旅行者数(約105万人)を、日本を訪れたタイ人旅行者数(約113万人)が上回り、両国間の観光客の流れが逆転しました。2025年にはその差はさらに広がり、訪日タイ人は123万人を超えています。
タイ人はどこに行っても「インスタ映え」が好きなようで、数分歩くと、数十分の撮影タイムが開催されることも少なくありません。そんなこんなでなかなか目的地に辿り着かないのですが、その日のお目当てはショッピングでした。ユニクロ、GUに始まり、HUMAN MADE(ヒューマンメイド)やマツモトキヨシ、ドンキホーテへと進みます。
HUMAN MADEは、NIGO氏が手がける日本発のストリートファッションブランドで、なぜかタイ人の間での人気が高く、1年ほど前に福岡を訪れた別のタイ人の友人たちも店舗を探して列に並んでいました。タイでもオンラインで購入できるものの、日本で買えば円安の恩恵で割安になるうえ、日本限定アイテムも手に入る。これはHUMAN MADEに限った話ではありません。観光庁の訪日外国人消費動向調査によれば、訪日タイ人の買い物支出は一人あたり約6万円を超え、旅行総支出の約3割を占めています。人気の購入品目を見ると、菓子類が購入率約8割と圧倒的ですが、注目すべきは衣類(購入率約5割)、化粧品・香水(約3割)といったカテゴリの存在感です。
面白かったのは、友人たちが自分の買い物だけでなく、タイにいる同僚や友人たちからの「注文」を抱えていたことです。スマホには商品写真付きのリストがずらりと並び、梅干しシートから目薬、フェイスマスク、特定のブランドの日焼け止めまで、まるで代理購入の業務リストのよう。マツモトキヨシやドンキの化粧品コーナーでは、そのリストと棚を見比べながらカゴいっぱいにまとめ買いしていきます。つまり、タイ人にとって日本のブランドはすでに日常の中で身近な存在であり、日本に来ることの目的の一つは、それらを「本場で、安く」手に入れることなのです。
そして、たどり着いたのが東京・渋谷区にあるドン・キホーテの旗艦店「MEGAドン・キホーテ渋谷本店」。7階建てのこの建物は、日々多くの外国人客で賑わっています。同店の来店者数は一日に約11万人(2025年6月の実績)で、売上の7割以上が免税売上だといいます。僕がこの日最も驚いたのは、その免税レジでした。せっかくなのだからと着いて行くと、最上階の3分の2ほどのスペースに、総勢40台ものレジが立ち並んでいます。各レジには2名のスタッフ。そして、そのスタッフのほぼ全員が外国人でした。英語を中心に中国語や韓国語など多言語が飛び交うその光景は、まるで空港の入国審査場のようでもあります。
ここに、いま日本が直面している現実の一端が凝縮されていると感じました。それは、「観光」という一つの領域をとっても、もはや外国人抜きでは立ち行かないということです。インバウンド客を迎え入れるために、外国人スタッフが対応する。この構図は渋谷のドンキだけの話ではありません。浅草の老舗土産物店でも、原宿のアパレルショップでも、英語対応は今や必須スキルになりつつあります。それは下町の小さな喫茶店であっても例外ではなく、外国人観光客がふらりと入ってくることが日常になっています。メニューに英語表記がなければ注文が取れない。道を聞かれれば英語で案内しなければならない。「英語ができなくても困らない国」だった日本は、静かに、しかし確実に変わりつつあるのです。
「共生」という言葉は、しばしば理念的に語られがちです。政策の文脈では「多文化共生社会の実現」といった美しいフレーズが並びますが、現場で起きていることはもっと生々しいのだと改めて感じました。MEGAドンキの免税レジの前に立つと、それは理念ではなくすでに現実として、しかもかなりの速度で進行していることに気づかされます。外国人観光客を迎えるために外国人が働き、その経済圏の中で日本の小売業が回っている。この風景を「日本らしくない」と感じる人もいるかもしれません。でも、僕はむしろここに、これからの東京の姿、というよりも、すでに始まっている東京の現在地が見えているのだと思います。
友人たちは両手いっぱいの買い物袋を抱えて、満足そうにホテルへ帰っていきました。かつて日本人が「安いアジア」に求めていたものを、いまアジアの人々が東京に求めている。その逆転に、少しだけ複雑な気持ちを抱えながら、僕は渋谷の雑踏の中を歩いて帰りました。
ちなみに彼らは次の日はディズニーシーに向かったようです。
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
レイ・ダリオ:ロングアイランド大学卒業式スピーチ
レイ・ダリオが母校ロングアイランド大学の2026年卒業式で、55年間で学んだ最も重要な教訓を伝えました。人生は3つのフェーズからなり、卒業生は学習段階から他者が依存する働く段階へ移行すると言います。彼は34歳で株式市場の予測を誤り、全従業員を解雇し父から4000ドルを借りる屈辱を経験しましたが、この痛みから謙虚さと多様化の重要性を学び、後に世界最大のヘッジファンドを築くことに繋がりました。スピーチの中で、真の成功とは、必要以上の金や地位ではなく、意義ある仕事と人間関係であると定義し、瞑想の価値と「痛み+内省=進歩」という原則を強調しています。
AIがあらゆる仕事を代替していく時代に、「意義ある仕事と人間関係」が真の成功だというダリオの定義は、ますます重みを増していくように思います。瞑想の実践者でもある彼だからこそ辿り着いた境地なのかもしれません。
マスク対OpenAI裁判で、真の勝者はスーツだった
記事の中で、OpenAIをめぐるマスク氏とアルトマン氏の裁判で、法的な勝敗以上に「スーツ」が象徴的な勝者だったと論じています。かつて反体制の象徴だったテック業界が、いまは法廷や議会、ウォール街に向き合う中で、責任と権威を示す装いへと変わりつつあるのです。マスク氏やアルトマン氏らがスーツで出廷したのは、単なる礼儀ではなく、テック企業が“未来を託せる存在”だと示す戦略の一つ。フーディーの時代から、ブリオーニやキートンのようなスーツの時代へ移る流れが、シリコンバレーの成熟を映しているのです。
Strauss-Howeの世代理論的に考えれば、これはシリコンバレーがCrisis(危機期)からHigh(高揚期)への移行を身体で演じ始めた瞬間なのかもしれません。これまでの「壊せ」の時代から「信頼してくれ」の時代へ。ただし、外側の衣服を着替えただけで中身が変わったかどうかは、まだ誰にもわかりません。
ハーバード大学、成績インフレ是正へ
ハーバード大学は成績インフレへの対策として、多くの学部授業で与えられるA評価を履修学生のおよそ2割程度に制限する方針を決めました。 2027年度から導入され、3年後に見直しが行われる予定です。 近年ハーバードではA評価が全成績の約3分の2を占めており、評価の意味が薄れているとの懸念が高まっていました。 一方で学生の多くは、競争激化や精神的負担の増大、協働学習の阻害につながるとして強く反対しています。
日本では(経団連のせいで)全く様相が異なりますが、アメリカの場合は大学の成績(GPA)がそのまま就職活動に影響します。僕がアメリカの大学にいた頃はまだAIの時代ではありませんでしたが、今はChatGPTで誰でもそれなりのペーパーが書けてしまう。「人間の能力をどう測るか」という根本的な問いに、大学も社会もまだ答えを持てていないのかもしれません。
サウスウエスト航空がヒューマノイドロボットの搭乗を禁止
ダラスの起業家アーロン・メディザデ氏がラスベガスからダラス・ラブフィールド空港へ帰る際、高さ3.5フィートのヒューマノイドロボット「スチューイ」に座席を購入して同伴しました。スチューイは小型のバッテリーを搭載してTSAの保安検査を通過し、自ら歩いて空港内を移動して搭乗。フライトのわずか2日後、サウスウエスト航空は社内安全警告を発令し、人型または動物型ロボットの機内持ち込みおよび預け入れを禁止する新ルールを制定しました。航空会社はリチウムイオンバッテリーの安全ガイドライン遵守のためと説明しています。
TeslaのOptimusをはじめとして、各国がヒューマノイドロボットの開発に力を入れる中、一家に一台という未来はそう遠くないかもしれません。そのとき飛行機の座席を買うのか、手荷物として預けるのか、それともペットのようにケージに入れるのか。ロボットが「歩いて搭乗した」という事実がすでにSFではないことに、時代の加速を感じます。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
移動日記 京都: 縁もゆかりもない街に、何度でも戻ってくる
藤田啓介さんは直接お会いしたことはありませんが、メールマガジンを購読したり、Kindle本を読んだりと、勝手ながらご縁を感じています
そんな藤田さんが今回出版されたのが本書です。デジタルノマドとして世界各地を移動しながら暮らす藤田さんが、なぜ京都という街に繰り返し戻ってくるのかを、一年間にわたるnoteでの連載を再編集してまとめた一冊です。
本書で印象的だったのは、都市設計の話です。デンマークの都市設計家ヤン・ゲールの思想が紹介されていて、「街をつくるときは、常に猫を幸せにすることを考えなさい」という言葉が出てきます。猫が心地よく暮らせる街が、人間にとっても心地よい街だ、と。実際に京都の路地裏には猫が多いそうですが、それは偶然ではないのかもしれません。速度よりも滞留を、効率よりも多様性を選んだ街が、結果として人を惹きつける。この視点は、移動し続ける藤田さんだからこそ辿り着いた結論のように思えます。
そして本書の末尾近く、「京都という都市が1200年間問い続けてきたことと、僕が移動しながら問い続けていることは、案外同じなのかもしれない。本当の幸福とは何か。人はどこで、どう生きるか」という一節が出てきます。旅の本でありながら、問いの本でもある。移動することと定住すること、その間のどこかに答えがあるのかもしれないと思わされます。
僕自身、実は京都に一回も行ったことがないのですが、6月にでも本書で紹介されていたコーヒーショップを訪ねがてら京都に行ってみようと妄想しています。まだ、未定ですけど。




