vol.037 熱狂は国境を知らない
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世界各地を移動する中での出来事や気づきをお届けします。
今週も東京にいます。
数週間前に帰国した時は過ごしやすい日々が続いていましたが、徐々に夏の足音が聞こえてきているのか、夏日が続いたりと、「過ごしやすい」季節もほんの一瞬の出来事なのかもしれないと考えさせられています。
さて、週末には代々木公園で「第26回タイフェスティバル東京」が開催されました。在京タイ王国大使館が主催するこのイベントは、2000年に「タイフードフェスティバル」として始まり、初回の来場者はわずか3千人。それが今では30万人を超える、都内有数の国際イベントに成長しています。去年も訪れたのですが、今年はそれ以上の盛り上がりでした。メインステージではタイのアーティストが次々とパフォーマンスを披露するのですが、観客が多すぎて入場制限がかかるほど。T-POPの人気ぶりを、ここ東京でもひしひしと感じさせられました。
なぜこれほど盛り上がっているのだろうか。ふと周りを見渡すと、ベトナム人やインドネシア人など、おそらく日本に住んでいるであろうASEAN諸国の人たちが多いことに気がつきます。つまり、T-POPの熱狂はもはや「タイ国内の音楽」という枠を超えて、ASEAN圏全体を巻き込むムーブメントになりつつあるのです。
事実、僕が数年前ベトナムに滞在していた時に、タイ語の勉強も兼ねてGMMTVのドラマをYouTubeで見ていたことがありました。BLドラマの先駆けとなった「2gether」や、日本の漫画「花より男子」を原作としたタイ版リメイクの「F4 Thailand」などです。ちなみに「花より男子」は日本、台湾、韓国、中国でもドラマ化されていますが、タイ版はGMMTVのYouTubeチャンネルで6億回以上再生されるという驚異的な数字を叩き出しています。日本の漫画が原作なのに、それをタイがリメイクして、世界中のファンに届けている。この構図自体が、コンテンツの「国境の溶かし方」を象徴しているように思えます。
しかし、面白いことに、ベトナムではYouTubeで無料で見られたこれらのコンテンツが、日本では見られないということが起きるのです。これは、両国の産業構造の違いを如実に表しているように思います。
タイではGMMTVに代表されるような総合エンタメ企業が、ドラマ制作、タレントマネジメント、音楽、イベントを一体で運営しています。俳優がそのまま歌手活動をし、MCやバラエティまで兼ねることは珍しくありません。視聴者は作品の物語だけでなく、俳優同士の関係性やSNSでの人格まで含めて「推す」文化があり、一つの作品がヒットすれば、そこから音楽配信、グッズ、ファンミーティング、コンサートへと一気に波及する仕組みが出来上がっています。そしてその入口として、YouTubeでの英語字幕付き無料公開が機能している。まず広く見せてファンを形成し、そこから有料の体験へとつなげていく。いわば「入口は無料、体験は有料」というモデルです。
一方、日本ではテレビ局や制作委員会、出版社、配信プラットフォームの権利が細かく分かれており、海外に向けて無料で一気に公開するインセンティブが構造的に弱くなっています。僕が見ている限り、音楽アーティストは音楽が主軸、俳優は俳優が主軸という棲み分けも比較的はっきりしていて、タイのように一人のタレントが複数の領域を横断しながら継続的に収益化される度合いは低いように思えます。もちろんNetflixなどを通じたグローバル配信は増えていますし、TikTokやSpotifyを通じてCreepy NutsやNumber_iのように国際的な注目を集めるアーティストも出てきています。しかし、タイほど「公式YouTube無料公開+字幕+SNS拡散」が一体化しているとは言い難い状況です。
日本のコンテンツは、アニメ、ゲーム、アイドル、J-POPと、総量もブランド力も依然として圧倒的です。また、作品がヒットした時のIP価値は長寿命になりやすく、産業としての厚みは疑いようがありません。しかし、海外ファンを取り込む「初速」という点では、タイが先行しているように見えます。特にASEANの若年層に対しては、タイのほうが「参加しやすいファンダム」を作ることに長けている。
代々木公園で見たあの光景は、単なるフードフェスティバルの賑わいではなく、エンタメ産業における「国境の溶かし方」の違いを映し出していたのかもしれません。分業と成熟の日本、横断と即時展開のタイ。どちらが優れているという話ではありませんが、日本の漫画がタイでリメイクされ、そのリメイクが世界中で何億回も再生され、そしてそのファンたちが東京の公園に集まっている。この循環を目の当たりにすると、「届け方」の巧さがコンテンツの質と同じくらい重要なのだということを、改めて考えさせられます。
炎天下の代々木公園はバンコクの熱気そのものでした!
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
中国のマイクロドラマ業界、人間の俳優をAIに置き換えへ
中国の労働節連休の映画興行収入は前年よりわずか増加したものの、2024年の半分にとどまり、観客はコンサートなどより「体験型」の娯楽に流れています。 一方でAIは映画制作を高度化しつつ、特に定型フォーマットのモバイル向けマイクロドラマで大量生成を進め、多くの中堅以下の俳優・スタッフの仕事を奪い始めているとのこと。 しかし10万本超のAI作品のうち大ヒットはごく一部に限られ、広告費が制作費を圧迫する中で、「人の心を動かす物語こそが価値」というメッセージがニュース内では強調されています。
マイクロドラマに限らず、AIであらゆるものが低コストで大量生産できるようになりましたが、結局問われるのは、「物語性」であり、その「質」なのでしょう。その意味では、マイクロドラマと一般的なドラマの中間あたりが今後増えていくのかもしれません。
Uber、ライドシェアから「スーパーアプリ」へ急ぐ理由
Uberは配車を超えた「スーパーアプリ」を目指し、ホテル予約や今後のレストラン予約・バケーションレンタルなど、多様なサービスをアプリ内に統合し始めています。 その中心には会員制のUber Oneがあり、割引やポイント還元でユーザーを囲い込み、移動から宿泊・飲食までの一連の行動をアプリ内で完結させる戦略です。 一方で、AirbnbやXも「何でもアプリ」を志向しており、米国市場がいくつのスーパーアプリを受け入れるかが課題となっています。
東南アジアではGrabやGojekがスーパーアプリとして使用されており、いわばそれを後追いする形。ただし、米国の消費者は用途ごとに別アプリを使うことに抵抗が少ない文化なので、Uber Oneの囲い込みがどこまで粘着力を持てるかが勝負どころになりそうです。
FDA長官マカリー氏、圧力の末に辞任
トランプ政権下のFDA長官マーティー・マカリー氏が、フレーバー付き電子タバコ承認を巡る対立などで数週間の圧力を受けた後、辞任したと報じられています。 マカリー氏は若年層への影響を懸念しフレーバー承認に反対していましたが、最終的にホワイトハウス側が承認を押し切ったとされています。 就任後はワクチンや中絶薬、希少疾患治療薬などで産業界や保健当局双方から批判を受け、FDA内部でも人員削減や離職が相次ぐなど混乱が続いていたと伝えられています。 後任には食品部門トップのカイル・ディアマンタス氏が暫定長官として就任しました。
VAPEと呼ばれるフレーバー付き電子タバコについては各国の規制がそれぞれ異なるものになっていますが、医師であるマカリー氏が健康への懸念を示していたのに対して、ビジネス側のロービー活動がそれを押し切った形。先日もお伝えしましたが、結局これがアメリカの政治であり、経済なのでしょうね。
ビッグテックはなぜ「かわいいマスコット」に注目するのか
マイクロソフトやアップル、グーグルなどの大手テック企業が、ブランドを親しみやすく見せるため、AIアシスタントなどにかわいいマスコットキャラクターを導入していると報じています。 マスコットを使う企業は市場シェア拡大の可能性が高い一方、一部の専門家はAIと組み合わさることで一対一で行動を促す「気味の悪さ」や操作性の懸念を指摘。 一方で、デュオリンゴのフクロウなどの成功例もあり、幼い頃から接したマスコットが終生ブランドへの好意を育てる効果もあるとされています。
日本人はドラえもんに代表されるように、「かわいい」とAI(ロボット)の組み合わせには文化的に馴染みが深く、むしろ欧米よりもずっと自然に受け入れてきた歴史があります。そういう意味では、日本はアニメやキャラクター文化を通じて数十年前から実践してきたとも言えるでしょう。ただし、それが「行動を促すAI」と結びついたとき、親しみやすさがそのまま無防備さにつながるリスクには注意が必要かもしれません。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
Strangers
英語の本を購入する際は、New York Times Bestsellerのランキングを見て選ぶことが多いのですが、17週にわたってランクインしているのが本書です。
2020年3月、コロナのロックダウンが始まったまさにその時期に、20年連れ添った夫が突然家を出ていく。理由の説明はほとんどなく、別の女性がいることだけが分かっている。著者はニューヨークの弁護士資格を持ちながらも、夫のキャリアを優先して長年専業主婦として家庭を支えてきた女性です。彼女が直面するのは、パンデミックという未知の事態と、離婚という個人的な崩壊の同時進行でした。
読んでいて共感を覚えたのは、「わからないもの」に対する不安の描き方です。コロナもそうですが、特に離婚の原因がよくわからない。本人に聞いても答えが返ってこない。「幸せだと思っていたけど、違った」「スイッチが切れた」—ただそれだけ。20年間毎日「愛している」と言い、「僕たちは他のカップルとは違う」と繰り返していた人間が、ある日突然すべてを手放す。この「説明のつかなさ」に対して、著者がどう折り合いをつけていくかというプロセスが、本書の核心のように思えます。
婚前契約書の存在、夫の家族からの突然の断絶、子どもたちへの影響。次々と押し寄せる現実に、著者は崩れながらも歩き続けます。印象的だったのは、夫が去った日にサンドウィッチを丁寧に作る場面です。手は震えているのに、マスタードを塗り、アボカドを切り、塩を振る。「やるなら、ちゃんとやる」。この細部に、人間が極限状態で自分を保とうとする姿が凝縮されていました。
本書は決して誰かを裁こうという話ではありません。著者は夫を悪役にも被害者にもせず、ただ「起きたこと」を丁寧に綴っています。答えの出ない問いを抱えたまま、それでも日常を積み重ねていく。その静かな強さが胸に残る一冊です。
✉️ Q&A
みなさんから寄せられた質問にお答えするコーナーです。
【Q】
現在、日本橋のホットドッグ店でアルバイトをしております。
これまで渋谷・新宿エリアで寿司・ラーメン・カフェなど複数の業態を経験してきましたが、日本橋は客層がまったく異なり、多くの気づきがある環境です。
お店のホットドッグは、ソーセージに「未利用魚」(シイラ、ボラなど)を使用したサステナブルな商品です。
また、カフェインが通常の半分のコーヒーをセット+100円・おかわり無料でご提供しています。
単価は平均900円で、1日の売上目標は5万円です。
こうした「健康・サステナビリティ」を軸にした商品で目標を達成するためにすべきことは何でしょうか?
【A】
質問ありがとうございます。意地悪な質問ですね(笑)。
まず率直にお聞きしたいのですが、お客さんは本当に「健康・サステナビリティ」を意識してそのホットドッグを買っているんでしょうか?例えば、ニューヨークには数千とも言われるホットドッグスタンドがありますが、あれだけ支持されているのは、時間がない中で片手でサクッと食べられるから。お客さんが選ぶ理由は、意外とそういうシンプルなところにあるのではないでしょうか。
もちろん、未利用魚やカフェイン半分のコーヒーというコンセプトは素晴らしいと思います。ただ、それが「売り手側のこだわり」なのか、「お客さんが求めていること」なのかは、分けて考える必要があります。
また、アルバイトの立場で「目標を達成するためにすべきことは何か」という視点を持つこと自体は、非常に大切なことだと思います(僕自身は、飲食店の経験がないのでリスペクトです!)。しかしながら、独りよがりになってはいけない。まずはお客さんに聞き、オーナーや店長に聞く。日本橋のあのエリアで、昼に来る人は何を求めているのか。リピーターはなぜ戻ってくるのか。逆に、一度来て戻らない人は何が理由なのか。そしてなにより店として「なぜこのコンセプトでやっているのか」「目指している方向性やビジョン・ゴールは何か」というところをオーナーに確認することが大切です。それを理解した上でなければ、どんな施策も的外れになりかねません。
世の中でよくある経営コンサルティングが何をしているかというと、実はとにかく人に話を聞いているんです。インタビューの本質を理解していない人はこれを自分の仮説を補強するためのアリバイづくりに使ってしまいがちですが(つまり、YES/NOで答えられる質問ばかりになる)、本質はフラットにオープンクエスチョンその人の話を聞くことにあります。「健康でサステナブルだから買ってくれるはず」という前提を一度脇に置いて、目の前のお客さんの声に耳を傾ける。そうすると、見えていなかった課題やお客さんの本当のニーズが次第に見えてくるはずだと思います。
まずは今週、来店したお客さんに「なぜこの店を選んだんですか?」と5人に聞いてみてください。きっとそこから何かが見えてくるはずです。




