vol.034 日常とは穏やかなサイケデリック体験
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今週は東京にいます。
実に三ヶ月ぶりとなる東京は、灼熱のバンコクと比べるとかなり涼しく、日中も過ごしやすく、やはり暮らす上で気候選びは大切なのだなと改めて思わされている数日です。その空気が肌に触れる感じは、どこか昨年訪れた秋のオレゴンを思い出させるものがあり、サイケデリックのプレイリストを聴きながらサイケデリック医療に関する本の執筆を進めていると、ふとした瞬間にあの時見たこと、感じたことが蘇ってきます。このように、記憶とは五感そのものなのです。
バンコクには、LCC就航がメインのドンムアン空港と、もう一つの国際線玄関口であるスワンナプーム国際空港がありまして、今回の帰国に際しては、後者を久しぶりに利用しました。電車を降りていつものルートを辿り出発ロビーへと向かうのですが、エスカレーターに乗っていると、こちらでも、ふと、前回同じ場所に来たときの記憶が蘇ってきました。その時に何のポッドキャストを聞いていたのか、そのポッドキャストではどのようなトークが繰り広げられていたのか。そういった詳細も含めてかなり鮮明に思い出されるのです。
脳科学的には、これは「文脈依存記憶」と呼ばれる現象です。記憶は記号化された時の場所、音、匂い、感情といった環境情報とセットで脳に保存されています。海馬が記憶の司令塔として働き、扁桃体がそこに感情の色をつけ、五感を通じた情報が大脳辺縁系で処理されることで、私たちはいわゆる「あの時」を立ち上げるのです。とりわけ嗅覚は視床を経由せず大脳辺縁系に直接届くため、香りひとつで記憶が一気によみがえる「プルースト効果」が起こりやすいことが知られています。
ここで少し視点をずらしてみると、この現象は決して日常の中だけに閉じた話ではありません。むしろ、私たちが「自然に起きている」と思っているこの記憶の再生プロセスそのものを、意図的に拡張し、増幅させる技術が存在します。それがサイケデリックです。
4月19日は「Bicycle Day(自転車の日)」でした。1943年のこの日、スイスの化学者アルバート・ホフマン博士がLSDを自己投与し、自転車で帰宅したことを記念する日です。翌4月20日は「4/20」、世界中のカンナビス愛好家が集う日として知られています。いずれも一見すると単なるカルチャーイベントのようですが、実際には、人間の知覚と記憶のあり方に対する実験の延長線上にある出来事のようにも思えます。
近年の研究では、シロシビンやLSDといったクラシックサイケデリックスが、自伝的記憶の鮮明さや感情的強度を高めることが示唆されています。長らく忘れられていた、あるいは意識的に遠ざけていた過去の断片が、現在の感覚と強く結びつきながら再構成される。これは単に「思い出す」というよりも、「もう一度体験する」に近いかもしれません。
つまり、サイケデリックスとは幻覚物質というよりも、五感と記憶の結びつきを一時的に再配線し、文脈依存記憶を極端な形で再起動する装置だと考えることもできるわけです。
そう考えると、スワンナプームのエスカレーターで起きたあの小さな既視感も、構造としては同じものです。ただし、それは極めて微弱で、制御された形で起きているに過ぎません。日常とは、いわば穏やかに制限されたサイケデリック体験の連続なのかもしれないとすら思います。
オレゴンの空気感、空港の振動、東京の春の風。それらは単なる環境ではなく、記憶を呼び起こすトリガーであり、同時に、過去と現在を接続するインターフェースでもあります。
そして今、この東京の空気の中で感じている心地よさも、いずれどこか別の土地で、まったく異なる文脈の中から不意に立ち上がってくるはずです。そのとき僕は、それを「懐かしさ」と呼ぶのか、それとも別の何かとして認識するのか。
いずれにせよ、僕たちは五感を通して人生を記憶し、その五感によって何度でも人生を再生している。問題は、それがどこまで意識的に扱えるのか、ということなのかもしれません。
🔭 越境ノート
面白いと思ったニュースや視点をお届けします。
今週から、コーナーをアップデートしました。僕がその週に面白いと思ったニュースや視点をいくつかお届けできればと思います。これまでだと1トピックだけで何だか物足りない感じだったので。
トランプ大統領、サイケデリック薬物の規制緩和に踏み切る
トランプ大統領は、LSDやMDMA、シロシビン、イボガインなどのサイケデリック薬物研究を加速するため、連邦機関に規制緩和を指示する大統領令に署名しました。イボガイン研究には州レベルでの資金50億円相当が拠出され、特にすでに研究を進めているテキサス州が恩恵を受けます。この大統領令は、重度うつ病やPTSDなどへの治療応用を目的に、治験手続きの簡素化や重症患者への未承認薬アクセス拡大を図りますが、即時のドラッグ再分類や大規模な一般利用解禁にはつながらないと専門家は指摘しています。このニュースはどうやら日本人にも届いているようで、僕がアップロードしたYouTubeの動画でも再生数が他と比べると伸びています。ここでの規制緩和は医薬品としてサイケデリックのみなのが残念ですが、結局アメリカを動かしているのは、ビジネスとロビー活動なんでしょうね。
ヒカキンがつくった楽しい麦茶「ONICHA」新登場
YouTuberのHIKAKINが手がける新ブランド「ONICHA」から、ペットボトル麦茶が4月21日から全国のセブンイレブンで順次発売開始されました。大麦本来の自然な味わいにこだわり、3種のかわいいパッケージと、ラベル裏に「鬼みくじ」が付いた仕掛けで、麦茶を楽しくワクワクする飲み物として提案する商品とのこと。YouTuberが自身の飲料・食品ブランドを立ち上げることは海外では数年前から行われてきました。ローガンポールがKSIと一緒に2022年に立ち上げたスポーツドリンクブランド「Prime Hydration」やMrBeastが2022年にスタートしたチョコレートスナックブランドFeastablesなどはその代表例です。僕がいつも言っているように、日本のYouTubeは海外と比べると2周くらい遅れていますね。
米軍曹を機密情報を使いマドゥロ失脚に賭けた疑いで米当局が起訴
米陸軍のガノン・ケン・バン・ダイク一等軍曹が、ベネズエラのマドゥロ大統領失脚作戦に関する機密情報を利用し、予測市場Polymarketで賭けを行った疑いで起訴されました。 検察によると、彼はマドゥロ政権崩壊の可能性を事前に把握していた立場を悪用し、少なくとも40万ドル以上の利益を得たとされています。 その後、資金の出所や本人との関係を隠すために複数の口座を使うなど偽装工作を行ったとされ、機密情報の不正利用とマネーロンダリングに関する罪に問われています。このように現在アメリカではPolymarketをはじめとする、予測市場が大流行しています。選挙や株価、金利、天気、スポーツ、ポップカルチャーまで、とにかく「なんでも賭けの対象になる」ことで、ニュースを見る感覚で参加できるエンタメ性が受けているようです。僕が聞くポッドキャストにもよくこの話題が上がってきますが、オンラインカジノでの逮捕が大々的に報道される日本とは対照的ですね。
📚 今週の一冊
いま読んでいる本、最近読んだ本から一冊を紹介します。
アメリカと私
『夏目漱石』で評論家デビューを飾った江藤淳が、ロックフェラー財団研究員としてプリンストン大学に滞在した2年間を綴った記録です。時代は、公民権運動の高揚、キューバ危機、ケネディ暗殺と、アメリカ社会が激しく揺れていました。
僕が本書を読んでいて一番面白かったのは、著者が次第にアメリカに「馴染んでいく」過程そのものを、自分で観察しながら書いている点です。最初は空白にしか見えなかったプリンストンの町が、南部旅行から戻るといつの間にか「自分の町」になっている。駅に降り立ったときに覚えた、「ほっとした気持」。それらはアメリカという国を外側から眺めているだけでは絶対に書けない、内側から出てくる感覚です。
時が経つにつれて、内側に入ってしまった自分が「いつの間にか米国人になる道を歩まされている」と気づいてしまう。英語を使って生活するとは、アングロ・サクソン的な価値を受容することであり、知らぬ間に人種の階段のどこかに繰り入れられていく。妻を一瞬東洋系の米国人と見誤った瞬間、あるいは東京のホテルで番頭に外国人と間違えられた瞬間など、そうした細部が印象的でした。







