vol.032 炎天下に浮かぶ国家の蜃気楼
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ボクとキノコの物語
ポッドキャスト「サイケデリック・フロンティア」では語りきれなかった僕自身の体験を文章に起こしました。
自分のことは自分が一番よく知っている。ボクはずっとそう思って生きてきた。
東京の会社を辞め、スーツケースひとつで終わりのない旅に出た二十代後半の「ボク」。旅の途中で出会ったのは、サイケデリックと呼ばれる、古来から人類が儀式に用いてきた植物だった。
南の島で体験したセッションの最中、十数年間すっかり記憶から消えていた中学時代の出来事が、突然鮮明に蘇る。サッカー部の試合を誰にも告げずに放棄したあの日。誰にも相談できなかった孤独。謝ることすらできないまま蓋をしてしまった感情。母親が繰り返し口にしていた「三年生の時はサッカー部のことがあって」という言葉の意味に、ボクはこの瞬間まで気づいていなかった。
蘇った記憶と向き合い、当時の自分を抱きしめたとき、身体の中に長年溜まっていた何かが溶け出していく。フロイトの「抑圧」、ユングの「シャドウ」、キャンベルの「英雄の旅」。心理学の概念が、自分自身の体験として腑に落ちていく過程を、できる限り正直に言葉にした一冊。
かなり短い一冊になっていますので、サクッと読めるかと思います。Kindle Unlimitedは、無料です!
🌍 近況
世界各地を移動しながら暮らすなかでの出来事や気づきをお届けします。
今週はバンコクにいます。
とてつもなく暑いです。日中の気温は40度を軽く超え、体感温度にいたっては50度に迫る日もあるといいます。日が出ている間は外に出ている人をほとんど見かけません。Grabのドライバーたちも木陰を見つけては昼寝をしていたりと、例年以上の暑さにタイの人たちもやられています。バンコク都庁は市内に255カ所の「クーリングセンター」を設置して対応にあたっており、もはや暑さは不快の問題ではなく公衆衛生の問題と言っていいでしょう。
さて、今週アメリカとイランの間でパキスタンの仲介による2週間の停戦が合意されました。戦闘の行方以上に注目が集まっているのは、この紛争が引き起こしたホルムズ海峡の封鎖が、遠く離れた東南アジアのエネルギー供給を直撃しているという事実です。日本も例外ではありませんが、ここタイでは、ディーゼル価格が1バレル300ドル近くにまで高騰し、政府の燃料補助基金は1日あたり15億バーツもの赤字を垂れ流しているとのこと。3月下旬にはガソリンスタンドに長蛇の列ができ、地方では燃料が手に入らないという事態にまで発展しました。「史上最悪のエネルギー危機」という見出しは、決して大げさではありません。
この危機は、タイ経済の構造的な脆さを改めて浮き彫りにしているように思えます。たとえばマレーシアには石油と天然ガスの豊富な埋蔵量があり、LNG輸出では世界第5位。エネルギーセクターだけでGDPの20%以上を稼ぎ出す資源国です。原油高は痛みを伴いつつも、輸出収入の増加というバッファーが効きます。ベトナムは資源こそ限られますが、2025年に実質GDP成長率8%を達成し、大規模なインフラ投資と製造業への外資誘致で勢いが止まりません。名目GDPで2026年から2027年にかけてタイを追い抜くという予測すら出ています。
翻ってタイはどうでしょうか。OECDの予測では、2026年のタイの実質GDP成長率はわずか1.5%。ASEAN主要国で最低水準です。外資は23億ドル規模で流出し、株式市場は年初来で24%も下落しました。なぜこれほどまでに差がついてしまったのでしょうか。
その答えの一部は、政治にあると考えられています。タイでは1932年以来、少なくとも13回ものクーデターが発生しています。2006年、2014年と繰り返された軍事介入。司法による首相の追放。そして2025年にはペートンターン首相の解任劇など。投資家にとって、これは単なる「新興国リスク」では済まされません。なぜなら、どれだけ優れた経済政策が打ち出されても、次の政変で全てがひっくり返される可能性があるのです。誰が好き好んでそんな国に長期の資金を預けるでしょうか。ベトナムやマレーシアが着実にFDIを伸ばしている横で、タイの外国投資家信頼指数は両国に水をあけられています。繰り返されるクーデターの代償は、もはや目に見える数字となって跳ね返ってきているのです。
タイでは今週末から旧正月を祝う水かけ祭り、ソンクラーンが始まります。しかし祭りが終われば、政府はガソリンスタンドの夜間営業制限や公務員のリモートワーク拡大といったエネルギー節約策を本格始動させる方針です。お祭り気分の後に待っているのは、厳しい現実。暑さもエネルギー危機も、そしてこの国の政治的な不安定さも、当分は収まりそうにありません。
📚 今週の一冊
未来を見通すために欠かせない、新しい視点を与えてくれる本を紹介します。
資本主義全史
資本主義とは何か。この問いに正面から答えようとする本は意外と少ない気がします。私たちは資本主義の中で生まれ、資本主義の中で働き、資本主義の中で死んでいくのに、その全体像をつかむ機会はほとんどありません。本書は、その起源から現在までを一冊で通覧しようという野心的な一冊です。
印象的だったのは、資本主義が人々の精神構造そのものを変えたという指摘です。宗教改革が生んだ勤勉と節約の精神、時間による自己規律化、そして「成長しなければならない」という強迫観念。達成される未来は永遠に来ないのに、人々は馬の前にぶら下がった人参を追い続ける—この比喩には、無意識に選択している現代の働き方を重ねずにはいられませんでした。
もう一つ考えさせられたのは、資本主義と戦争の構造的な結びつきです。過剰生産のはけ口としての軍事支出、武器という「使えば終わり」の究極の消費財。国民の税金で武器を買い、不要になれば途上国に売り飛ばす。だからこそ国家はつねに敵をつくり、戦争を始めたくなる。この論理を知ると、今の国際情勢の見え方がまるで変わってきます。
本書は特定のイデオロギーを押しつけるのではなく、資本主義という巨大なシステムの成り立ちと矛盾を淡々と描き出しています。自分たちが当たり前だと思っている世界の前提を疑い直すきっかけとして、手に取る価値のある一冊です。
🔬 未来の実験室
スタートアップや新しい試みを“実験”として取り上げ、未来の断片を観察します。
今週もAIについてお伝えします。
本題に入る前に、最近、アメリカを中心に若い世代の間で「Looksmaxxing」という言葉が流行っているのをご存知でしょうか。これは、外見を最大限に磨き上げることで自分の価値を高めようとするトレンドで、スキンケアから筋トレ、果ては骨格矯正まで、あらゆる手段を駆使して「見た目を最適化」するというものです。そして今、シリコンバレーではこれのAI版とも言える現象が起きています。その名も「Tokenmaxxing」です。
Tokenmaxxingとは、AIのトークン消費量をとにかく最大化しようとする行為のことです。巨大なプロンプトを投げ、複数のAIエージェントを同時に走らせ、簡単なタスクにも最も高価なモデルを使う。MetaやOpenAI、Shopifyといった企業では、社員ごとのトークン消費量を追跡するリーダーボードが社内に存在し、エンジニアたちがその上位を競い合っているそうです。ある OpenAIのエンジニアは一週間で2100億トークンを処理したとか。NVIDIAのジェンスン・ファンCEOに至っては、エンジニアに給与の半額相当、約25万ドル分のトークン予算を報酬として与えるべきだと提案しています。
一見すると、AIを使いこなしている優秀なエンジニアの姿に見えます。しかし実態はどうでしょうか。リーダーボードの上位に入るために、エージェントを何時間も放置して無意味にトークンを消費させたり、大量のコードを読み込ませるだけでポイントを稼いだりする例も報告されています。これはもはや生産性の追求ではなく、生産性の「演出」です。
Looksmaxxingが外見の数値化に走るように、Tokenmaxxingは仕事の成果をトークン消費量という単一の指標に還元してしまいます。かつてプログラマーの生産性を「コードの行数」で測ろうとした時代があったそうですが、同じ過ちをAI時代に繰り返しているだけではないでしょうか。大切なのは、どれだけトークンを燃やしたかではなく、そこから何が生まれたか。量を最大化するのではなく、アウトプットの質を最大化する。その視点を見失った瞬間、私たちはAIを使っているのではなく、AIに使われているのかもしれません。
次週に続きます。





