はしたないは、今では、礼儀にはずれてみっともないことや、品がなく見えることを表す言葉です。食べ方やふるまい、ことばづかいについて、「それははしたない」と言うときの意味が、いちばんよく知られているでしょう。
けれども、この言葉は、初めから「下品だ」「無作法だ」という意味だけだったわけではありません。古い日本語では、もっと広く、「中途半端で落ち着かない」「きまりが悪い」「迷惑だ」といった気持ちまで表していました。
いちばん古い例として知られるのは、10世紀前半の『伊勢物語』です。そこには「いとはしたなくて」とあり、ふるさとにいても気持ちがおさまらず、どっちつかずで落ち着かない様子が書かれています。
つづいて、947年から957年ごろ(天暦年間・平安時代中期)に成った『大和物語』では、思いがけない場面に出会って「はしたなくて」逃げる、つまり、ばつが悪くてその場にいられない感じを表しています。ここでは、今の「気まずい」にかなり近い意味が見えてきます。
さらに『宇津保物語』では、不都合で困ることや、乱れて見苦しいことにも使われています。つまり平安時代の早いころから、はしたないは一つの意味だけではなく、「落ち着かない」「困る」「みっともない」といった近い気持ちをまとめて受け持つ言葉でした。
この言葉の土台にあるのは、「はした」という古い語です。これは、今も「端金(はしたがね)」に残っているように、まとまった数に足りないことや、中途半端であることを表します。また、「端」という字そのものにも、中心から外れた部分や、全体の一部という意味があります。
そのため、はしたないのもともとの感じは、「端がない」という意味ではありません。中心から少し外れていて、きちんと収まりがつかない、すっきりしない、場に合わない、という感覚に近かったと考えると、古い用例がよくつながります。
語尾の「ない」も、ここでは打ち消しの「ない」ではありません。古い日本語では、性質を表す語について意味を強め、形容詞にするはたらきがあり、「はしたない」は「はした」が強まった形です。
ただし、この「ない」は形のうえでは「無し」と同じに見えます。そのため、のちの人びとは、はしたないを、まるで何かが「無い」ことを表すように受け取りやすくなりました。実際、『今昔物語集』などでは「无」「無」と書かれた例があり、ことばの受け取られ方が少しずつ変わっていたことが分かります。
こうした変化のなかで、「中途半端で落ち着かない」という元の意味は、しだいに「見ていて具合が悪い」「きまりが悪い」「行いが見苦しい」という方向へ強くかたむきました。場にそぐわないふるまいが、やがて礼儀や品の問題として受け取られるようになったのです。
『枕草子』や『源氏物語』では、「つれない」「ひどい」「雨風がはなはだしい」といった使い方まで見つかります。今の意味だけを見ると意外ですが、それだけ昔のはしたないは、気持ちや様子の「収まりの悪さ」を広く表す言葉だったのです。
現代では、その広い意味のうち、「慎みがなく見苦しい」「無作法だ」という意味がいちばん前に出ています。けれども、ことばの来歴をたどると、もとは人や物事が中途半端で、場にぴたりと合わず、見ているほうも落ち着かない、その感じを言い表した言葉だと分かります。
はしたないの由来を短くまとめるなら、「はした」という、まとまりから少し外れた状態を表す古い語に、意味を強める「ない」がついてできた言葉です。そして、どっちつかずで収まりが悪いという古い意味から、ばつが悪い、迷惑だ、みっともないという意味へと重なりながら、今の使い方にたどりついたのです。
主な参考文献
・『精選版 日本国語大辞典』
・『デジタル大辞泉』
・『伊勢物語』
・『大和物語』
・『宇津保物語』
・『枕草子』
・『源氏物語』
・『今昔物語集』







































































































