イメージフライト
リアルって、なんだろう
目を閉じて、これから飛ぶ飛行を、頭の中で一度ぜんぶ飛んでみる。イメージフライト、と呼んでいました。
長いあいだ、私はいつも、ビクビクしながらやっていました。できない自分を、なんとかしよう、なんとかしようと。
始める前の、気持ちの持ちよう。感情というか、感覚のようなもの。それが、その先の飛行できを、こんなにも左右している。そう感じるようになったのは、パイロット人生も、ずいぶん後半に入ってからでした。
森の奥の、静かな湖の湖面。そんな落ち着いた感覚で始められたときだけ、飛行は、すっと流れていきます。
同じことをしているはずなのに、まるで違うのです。
なんとかクリアーする、を漂っていた
パイロットには、3か月に一度くらいの割合で、シミュレーターでの訓練と審査があります。訓練とはいえ、うまくできなければ追加訓練になり、ときにはフライトそのものを止められます。
当時の私は、できないこと、不得意なことを、なんとかしようと、繰り返しイメージフライトをしていました。
それでも、本番ではうまくいかない。落ちはしないけれど、抜けてもいない。「なんとかクリアーできる」というあたりを、ずっと漂っていました。
まっすぐ、いかない
たとえば、離陸滑走の途中で、片方のエンジンが止まる、という場面があります。
出力は最大。止まった側と、動いている側で、力が大きく食い違って、機首が、ぐいと持っていかれます。反対側のラダーを踏み込んで、まっすぐに引き戻す。文字にすると一行ですが、これが、何度やってもうまくいきませんでした。
あるとき、その時の感覚、イメージをよ〜く思い返しました。
一瞬の当て舵の遅れで、センターラインが視野から外れてしまっていました。
守るべき基準がないので、うまくできるはずがありません。
これ、やり方が間違っているのかもしれない、と。
私は、ドキドキしながら、次の操作を、頭の中で「こうなったら、こうする」と、言葉で考えていました。
でも、言葉は、間に合わないのです。考えているあいだに、機体は動いてしまう。一拍、遅れる。あるいは、踏む足を、間違える。
言葉で操縦しようとすると、どうもダメらしい。
センターラインだけ
やることを、ひとつに絞りました。
センターラインから、外れない。それだけ。
イメージの中で、センターラインがずっと真ん中にある絵を、思い浮かべながら操作する。すると、気持ちが落ち着くのです。そして、ずれたぶんだけ、自然に、反対側の足へ感覚がいく。頭で数える前に、身体のほうが動いている。
ある教官は、逆のことを教えていました。ずれたときに、どう直すか。それを繰り返しイメージしろ、と。
でも、それをやると、どうも、ずれの許容範囲が広がっていく気がしました。
ずれを直す練習は、まず「ずれること」が前提になっています。だから、ずれを見つけてからでないと、動けない。その一拍が、低い高度では、命取りになります。
ずれない絵を持っていると、ずれた瞬間には、もう身体が動いています。だから、ドキドキしない。
湖面のように始められた日というのは、たぶん、この絵を持てていた日だったのでしょう。
「池に入れるな」と思うと
ゴルフをやる方なら、覚えがあるかもしれません。
目の前に、池がある。「ここに入れないように」と思う。
その瞬間、頭の中に浮かんでいるのは、なぜか、池にボールを落として、みんなに笑われている自分だったりするのです。
入れたくない、と思っているのに、入れている絵を、自分で描いている。そして、たいてい、そのとおりになる。
うまくできないことを「うまくやろう」として繰り返すのも、たぶん同じことです。「うまくやろう」としているその時点で、絵の真ん中に、できない自分が座っている。土台が「できない」なのだから、その上に何を積んでも、崩れてしまう。
ただ思い描けば、ではない
こう書くと、「強くイメージすれば、そのとおりになる」という話に聞こえるかもしれません。でも、たぶん、そうではないのです。
私は、お金儲けを、いくら思い描いてみても、まるでうまくいきません。
なぜだろうと考えてみると、答えは単純でした。私には、お金に対する知識が、決定的に足りないのです。
センターラインの絵が描けたのは、何を守り、何を見て、次に何が来るかを、身体で知っていたから。知らないことは、そもそも、リアルに思い描けない。
感情や感覚は、たしかに効きます。でも、その下には、本質的な知識がいる。土台のない絵は、どれだけ繰り返しても、ぼやけたままなのでしょう。
リアルって、なんだろう
イメージフライトは、目を閉じた、頭の中だけの出来事です。それなのに、感情も、五感も、ちゃんとついてくる。ドキドキも、落ち着きも、そこにある。
では、目を開けて見ている「本物の」景色は、どこまで本物なのでしょう。
あれも結局は、脳が受け取って、脳が組み立てている映像です。それが「現実そのもの」かどうかは、本当のところ、誰にも分からないのではないか。そんな気がしてくるのです。
頭の中に持っている絵が、そのまま身体を動かし、本番の景色まで変えていく。だとすると、私たちにとっての「リアル」は、外にあるのではなくて、自分がどんな絵を持っているか、のほうにあるのかもしれません。
今でも、何かの前で、つい身構えてしまうことがあります。
そういうとき、私が握っているのは、たぶん「ずれを直す絵」のほうなんですよね。できない自分を、真ん中に置いたまま。
ずれない絵を、ただ持っていられたら。
そう思いながら、いまだに、うまくいったり、いかなかったり、しています。




小野さん、はじめまして✨
私もゴルフするので、そうなんだよな〜...と思いながら読ませて頂きました!
絶対池に入れない!と思うと、池に入れるイメージがどうしても一緒についてきてしまうんですよね🥲💦そしてその通りに...😂
引き寄せの法則ですね☺️