言動一致よりも、言心一致
言動一致。
言っていることと、やっていることが一致している。
これは大切だと思う。
「やります」と言って、ちゃんとやる。
「大事にします」と言って、ちゃんと大事にする。
「応援しています」と言って、実際に応援する。
言葉と行動がそろっている人は、信頼される。
それは間違いない。
でも最近、それよりも前に大切なものがある気がしている。
それが、
言心一致。
げんしんいっち。
言葉と心が一致していること。
たとえば、
「応援しています」
という言葉がある。
同じ言葉でも、
本当に心からそう思っている人の言葉と、
場を整えるためだけに出てきた言葉では、
なぜか伝わり方が違う。
不思議だけど、人は分かる。
表面上の言葉なのか。
心から出てきた言葉なのか。
相手は、意外と感じ取っている。
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「すごいですね」
「嬉しいです」
「応援しています」
どれも良い言葉だ。
でも、その言葉の奥に心があるかどうかで、
温度がまったく変わる。
言葉は、便利だ。
便利だからこそ、心が置き去りになることがある。
とりあえず褒める。
とりあえず励ます。
とりあえず感謝する。
とりあえず共感する。
形としては間違っていない。
でも、心がそこにないと、
どこか薄くなる。
逆に、少し不器用でも、
心から出た言葉は届く。
きれいに整っていなくても、
言い方が少しぎこちなくても、
「この人、本当にそう思ってくれているんだな」
と感じる言葉がある。
それはたぶん、言葉と心が一致しているからだと思う。
人と人が結びつくとき、
必要なのは正しい言葉だけではない。
うまい言い回しでもない。
その言葉の奥に、ちゃんと心があること。
最近、それを強く感じる。
言動一致は大事。
でも、その前に、
言心一致。
自分の言葉が、
自分の心から離れていないか。
誰かに何かを伝える前に、
まずそこを見つめたい。
言葉と心が一致している人の言葉は、
静かだけど強い。
派手ではないけれど、残る。
そういう言葉を使える人でありたい。


