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本作は、あやめ十八番代表・堀越涼の生家である、千葉県香取神宮参道の団子屋をモデルに描いた作品です。家族で仲良く、時に喧嘩をしながら、のんびりお団子屋を営む小堀の家。今作は、そんな小堀家の両親の“徒歩5分の駆け落ち”と、化け猫に纏わる物語です。作中で、同地方の文化行事である「佐原の大祭」を取り上げ、生演奏の祭囃子や祭踊りを演出に取り入れ、暮らしの情景を色鮮やかに描きます。
こうして彼女は送り込まれた。罪ぶかき者たちに エンゲキという罰を与えるために・・・再犯を繰り返す受刑者たち、更生教育の名のもと行われる演劇レッスン。指導を勤めるのは、崖っぷち劇団の女性演出家。受刑者と管理者 双方の思惑と、立ち上がる舞台作品そのものを同時に描く2003年初演作品の改訂再演。
コロナリポート
Sign:忙しなく動き続ける体と、短時間に凝縮した数多くの身振りで構成された10分間のダンス。振付を覚え練習することで、コロナ禍の滞留した時間を前に進めることを目的に制作された。Out:neji&co.のプロジェクト最終作。俳優によって上演されるテキストを用いた作品。2020~2023年を振り返りながら、過去から現在を通過した未来まで、私たちの生の「外」にある時間を想像する。
中村座は1940年代の葛飾の荒川土手の原っぱや、そこで遊ぶ大人だか子どもだかわからない人たちを主人公に、作者の育った原風景である下町の少年時代を描いた作品が多い。記憶のフィクション化とノスタルジーの舞台。 本作の正篇は、敗戦直後、駅向こうの怪しげな場所に出かけた悪童たちがそこで甘納豆をくれた娼婦を忘れられず、愛の手紙を書くが、娼婦はその返信にそれぞれ難題を与えるという物語で、娼婦はヤクザに殺され、
アンデルセンのお話を勝山俊介氏が俳優の声を通して語りかける朗読劇に構成。いわさきちひろさんの絵とともに贈る三話の物語。第一話「みにくいアヒルの子」 第二話「親指姫」 第三話「人魚姫」
オスカー・ワイルド原作の名作童話を原作に、大人も子供も楽しめる、目にも楽しい朗読劇を創作。平和への祈りに満ちた視点で、温かくほろ苦く翻案したオリジナル戯曲です。「青色文庫 -其弐、文月の祈り-」と題した、古民家でのリーディング上演を、美しい映像作品にした本作。親子でもお楽しみいただけます。お客様からの熱い再演希望により、劇団のレパートリーとして繰り返し上演。大人の絵本のような、珠玉の短編作品。
三島由紀夫没後五十年 プラス1
愛が見せる地獄・芸術という名の狂気。この世ならぬ様を描かんとする絵師の執念に、美しき乙女は命を差し出し業火の贄となる。幼年期の三島由紀夫が芸術と美への感性を育む素地であった歌舞伎。そのオマージュである「三島歌舞伎」の第一作『地獄變』、極彩色の世界を花組芝居が総力を挙げてネオかぶきへと昇華する!時は平安の頃。絵師・良秀は、天下一の腕前だと都で評判を得ていたが、高慢で変わり者だと噂される男だった。彼に
作品ノート二人のダンサーとミュージシャン。それぞれのやり方で同じ時間を刻む。それは、身体と声と音と空間で戯れながら積み上げる時間のタワー
(フライヤーより)フランスの小説家 アレクサンドル・デュマ・フィスの長編小説。マリ・デュプレシ(1824~1847)というパリの高級娼婦をモデルに、主人公の回想形式で書かれた哀切悲痛な恋物語。
(フライヤーより抜粋)そこで私たちは夕方になると、 どうしても胸のどこかが、 キューッとなってしまう気持ちの、ほんのひとつかみを、ささやかに、 お送りしたいのです
-夏休みと春休み、少女みんは長島愛生園に行く。瀬戸内海に浮かぶ小さな島にある、ハンセン病患者の隔離施設ー長島愛生園。そこに暮らすおっちゃんと、少女みんとの30年の物語。
【あらすじ】戦前、早稲田大学と慶應義塾大学による早慶戦は全国を沸かせる人気であった。しかし戦争が始まると、アメリカ生まれの「野球」は、敵国のスポーツとして政府から弾圧を受ける。両大学の野球部員たちは「野球の灯を消さない」と必死の抵抗をするが、徴兵猶予解除が決定し学徒出陣をすることとなってしまう。出兵を前に「最後にもう一度野球がしたい!」との熱い思いが、様々な壁を越え、「最後の早慶戦」の実現へと実を
【Story】「風景画」は、ある場所に俳優と観客が参加する三次元の絵画です。「風景画」は、幾何学的風景論です。「風景画」は、身体的風景論です。【Note】維新派は、野外に仮設の劇場を建て、膨大な量の美術装置を使って多くの公演をしていましたが、「風景画」では、大がかりな劇場や装置は作らず、俳優の身体のみで深く風景に関わることをテーマにしました。「風景画」の最初の舞台となったのは、犬島の、現在は使われ
2020年6月、コロナ禍により多くの劇場が閉鎖される中、松本市・あがたの森公園の四阿で串田和美による“独り芝居”が誕生。自身の幼少期の記憶と中世の錬金術師ファウストの幻想が交錯する詩的世界を描き、3年間で全国22ヶ所39公演を屋内外で実施。人間的なファウストと悪魔メフィストを一人で演じきり、北アルプス国際芸術祭やシビウ国際演劇祭にも正式招聘され高い評価を得た。
(フライヤーより)「ある日、私は生まれました。そして、ついてなかった。おしまい」溜め息でバースデー・ケーキのロウソクの火を吹き消す中年アリス。と、その瞬間、一人きりのはずの部屋に、拍手と歓声が沸き起こった。これは、ワンダーランドから見放されてしまった中年アリスが、落っこちた涙の池からはい上がるための実践的セラピー。昨年、文化庁芸術祭賞を受賞した遊◎機械/全自動シアターが放つ2年ぶりの新作。
Eラーニング(株式会社 流)
④ 美術・大道具ニューヨークを拠点にブロードウェイ・ミュージカルを中心に舞台美術家として活躍し、母校でもあるイェール大学舞台芸術大学院美術学科で講師を務める幹子S.マックアダムス氏による、アメリカ舞台美術入門講座。戯曲へのアプローチやリサーチ、演出家、及びクリエイティブ・チームとのコミュニケーション、模型製作やデザイン作業、予算や労働環境、そして支援組織や労働組合など、さらには米国の大学・大学院で
あるニュース番組の内容が次々に改変させられる異様な状況を描いた『ザ・空気』( 2017 )、 国会記者会館の屋上を舞台に、日本独自の“記者クラブ制度”に着目し、メディアと政権の癒着に迫った『ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ』( 2018 ) に続く、“空気”シリーズの第三弾。再びテレビ局を舞台にした本作は、混迷を深める社会状況や現実の政治とシンクロさせ、今の日本の“空気”をリアルに体感させ
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
瞽女(ごぜ)は、「盲御前(めくらごぜん)」という敬称に由来する日本の女性の盲人芸能者。近世までにはほぼ全国的に活躍し、20世紀には新潟県を中心に北陸地方などを転々としながら三味線を弾き唄い、門付巡業を主として生業とした旅芸人である。1919年(大正八)年。高田市大瀧山天林寺では、瞽女たちの年に一度の祭りともいうべき妙音講が執り行われていた。儀式も終わり、瞽女たちが無礼講となっている中、境内の影に身
ミュージカル『刀剣乱舞』 五周年記念
名だたる刀剣が戦士の姿になった刀剣男士を育成し、歴史改変を目論む敵と戦う大人気PCブラウザ・スマホアプリゲーム「刀剣乱舞-ONLINE-」(DMM GAMES/Nitroplus)を原案とする、ミュージカル『刀剣乱舞』。「五周年記念 壽 乱舞音曲祭」は、2015年10月のトライアル公演から始まったミュージカル『刀剣乱舞』が5周年を迎えるにあたり、応援してくださった皆様への感謝を込めて上演され、これ
1本の老木をめぐる3つの物語。時代の転換点に浮かび上がる多様な思考。チェーホフの名作『桜の園』をベースに矢内原美邦が独自の視点で描いた1本の老木をめぐる3つの物語。この木を伐るか、否か。そこにはそれぞれの主張があり、賛成があり、反対があり、いくら言葉を費やしても果たしてそこに正解はない。言葉は意味を失い、時間を失い、どこか遠くのほうをさまよいはじめる。もう誰も信じない... 君が「そうだ!」という
博士の生命に対する執着から産み出された不完全な生命体の物語。愛する人の死を受け止められない。愛する人と過ごす幸せな未来を願う人々。生から死、死から生の輪廻の輪から外され壊れていく一人の男。命と云う神秘に見せられ、ただ全てを知りたかった一人の博士。恐ろしく悲しい物語だ。
女は長崎県佐世保市で結婚をし、夫と二人で暮らしていたが、夫の同僚との不倫が原因で、夫と別れ、その同僚の男と広島県福山市で暮らすようになった。しかしその生活もうまくいかず、単身四国の坂出市へと逃れて来たのだった。 六年後、そのアパートに夫が現れる。女は夫の訪問に驚くが、夫が死期の迫った身であることを知り、とりとめもない世間話を始めるのだった。しかし男の来訪は、女の妄想かもしれないのだった。
『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage
2.5次元ミュージカル/舞台
昭和17年に生まれ、3歳の時に満州から引き上げてきた十和子の激動の人生。少女時代の初恋は実らず、夢と現実の違いに打ちのめされそうなとき、幸せにすると誓う男が現れ結婚したのが運のツキだった。男はDVモラハラ夫と化し、日々息子と泣き暮らした。やっと離婚して実家に逃げ帰るが、老いた母に女中のようにこきつかわれる日々。両親の介護を終え、晴れて自分の人生を歩み始めた十和子の元へ、震災で失業した息子が救いを求
[作品ノート]この作品は、Villa Lobosの音楽「Urapuru」と寺田みさこさんからインスピレーションを受けて作られた作品です。Urapuruは、アマゾンに住んでいる鳥の名前です。
昭和63年度文化庁芸術祭参加パルコ・演劇集団 円提携公演神を求める男と美しい人妻との禁じられた恋は、インド洋上の豪華船の甲板で始まる……二十世紀のトリスタンとイゾルデ――。
本作は、日本映画の女性監督第一号である坂根田鶴子の物語。編集もこなす助監督として、溝口健二に認められた坂根は、『初姿』で監督デビューを果たす。しかし、日本国内では一本しか劇映画を監督できず、満映(満洲映画協会)に移り、文化映画(ドキュメンタリー映画)の監督として活躍する。そして戦後、坂根を訪ねたある者たちから、満映で作った映画『開拓の花嫁』が、国策のプロパガンダ映画だったと非難を浴びるのだが、、、
ジョバンニは、北の海へ漁に行って帰らない父を待ち、病気の母の世話をしている孤独な少年。学校ではいつも皆にからかわれ、たった一人カムパネルラだけがジョバンニの友達だった。美しく飾られたケンタウルスの星祭りの夜。ジョバンニは町のざわめきから離れて、一人丘の上に寝転がる。突然、汽車の轟音が聞こえたかと思うと、いつの間にかジョバンニは天の川を走る軽便鉄道に乗っていた。ふとみるとカムパネルラも乗っている。二
漫画・アニメ・⼩説と様々なメディアミックスを展開している⼈気作品「⽂豪ストレイドッグス」。本作は、舞台シリーズ最終章として、TVアニメ「文豪ストレイドッグス」第3シーズンを原作に、舞台ならではの表現で「共喰い」のエピソードを描きました。
山崎広太とアフリカのコンテンポラリーダンスの先駆的指導者、ジャンメイ・アコギーが共同振付した作品。 アフリカで起きたルワンダの惨劇ジェノサイトを描き、人間の本質に鋭く迫る作品として、初演以来各国のフェスティバルで高く評価されている。 2003年から、山崎の足掛け1年に及びセネガル滞在によって製作。アフリカンダンス、コンテンポラリーダンス、舞踏が影響、触発しあい、その未知な領域へ踏み込み創造しようと
石井みどりの初期の作品に「ひめゆりの塔」があるが、時を経て直接的な表現から抽象的な表現に昇華させた作品が「魂魄」。フォーレのレクイエムを使用した鎮魂の舞で、戦争の悲惨さを憂い、また人々を踊りや音楽で癒したい気持ちが強く表れた作品である。
アーサ・ミラーのアメリカ演劇史上最高の傑作。平凡なセールスマンの悲劇を過去と現在を巧みに交叉させながら描いた作品。この録画は巡演前の舞台稽古として日大芸術学部の講堂で上演したものを収録。
五條《妹の力》シリーズ第3弾
舞踏カンパニー倚羅座は、芸能の源流にみられる魂振り(命の活性化)の力を現代のアヴァンギャルドな舞踏に蘇らせることをめざし、白虎社出身の今貂子により2000年に結成、京都を拠点に活動を続ける。2007年から2016年までは、旧花街に残る歌舞練場での毎年の公演に取り組んだ。「孔雀船」は魔を破る孔雀明王をモチーフに第3作目として制作。和の伝統的劇場、長唄の生演奏での公演は毎回多くの観客で賑わった。
国民的はなし家、円生と志ん生。うちひしがれた戦後の日本人を心底笑いで励ますことになるこの二人の大名人は、敗戦のときを満洲南端の都市大連で迎えていた。ソ連軍の侵攻と同時に大連は封鎖され、日本国からは見捨てられる。二人がふたたび祖国の地を踏んだのは、じつに六百日後のことであった。 戦禍の街を命からがら逃げまどう二人のはなし家。巡りあうのは、まるで地獄のような情景ばかり。住む家もなく、食べる物もなく、し
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19世紀末のロンドン。クリスマスの夜にイギリスの名門アンダーソン家で2発の銃声が響く。邸宅にいたのは家長アダム・アンダーソン(浦井健治)と双子の弟エリック・アンダーソン(浦井健治/二役)、そして2人に愛され、今はアダムの婚約者となったルーシー(昆夏美)。その事件直後から、ルーシーは行方不明となり・・・。難事件解決が人生の楽しみそのものであるシャーロック・ホームズ(橋本さとし)の元に、アンダーソン家
男は理想郷を探して彷徨い、人々は野生を求めて山を経巡る。京都を拠点に創作を行う劇団・烏丸ストロークロック。2011年の東日本大震災を契機に、日本人の自然観に大きな影響を与えたと考えられる山岳信仰を題材に選び、仙台での滞在制作といくつかの短編劇創作を経て、2018年に誕生した『まほろばの景』。ロームシアター京都と東京芸術劇場にて上演し、話題となった初演後、さらに東北地方の神楽や修験道に関する現地取材
錬肉工房結成十周年記念、また新アトリエ杮落し公演として上演。即興性の課題を前面に出し、自在でラディカルな身体の、演技のあり方が探られた。そうした試みの中で、冒頭の場面で、那珂太郎の詩作品の言葉と格闘していた演技者によって初めて、破裂音を伴って分節言語が解体され、言葉の深層の意味生成の、発生の根源的な現場に下降するという事態が生起し、新たな身体=意識=言語の領域が垣間見られた。
「君が僕で、僕が君」・・・それは肉親を探し出すための切り札!二人の少年が入れ替わり、愉快でスリリングな旅へ出発だ!家族ですらお互いに心を開くことが難しいといわれる現代、戦争で離れ離れになった少年と祖母が出会うまでの大冒険の中で、人を信じること、家族というものについて考える。その過程で「戦争は嫌だ」といい続けることの大切さにも気づいてほしい。
天王洲銀河劇場オープン1周年記念作品として、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのアソシエイト・ディレクターであるグレゴリー・ドーランを演出に、英国の著名なデザイナーであるマイケル・ヴェイルを美術デザインに迎えた国際共同制作作品。舞台はイタリアのヴェニス。バサーニオは富豪の娘ポーシャと結婚するために先立つものが欲しい。そこで、貿易商を営む友人のアントーニオから金を借りようとするが、アントーニオの財
(フライヤーより)人形劇王国チェコ発 ヘンテカッコイイお芝居+音のパティシエが奏でる極上音楽
滑稽かつ批判的な眼差しから日常を切り取り、都市における無意識の振る舞いを人・物になって自在に演じてきたオル太が、2020年東京オリンピックを目前に、京都で初となるスタンドプレーを上演します。新国立競技場の構造モデルから設計したスタジアムを劇場に再現し、「自らが演じること」と「演じることを観ること」が演者と観客、都市と劇場のなかで入れ子構造で立ち上がり、人間の共存に結びついてきた行為を問いかけます。
独り暮らしの老女「ハルさん」は70歳。「イッコ」は小学5年の女の子。好きな人の名前が同じ「新一郎」という共通点を発見して仲良くなったが、少女と老女の意外な事実もまた明らかに……。イッコは学校にほとんど行かず、拒食症になっていること。ハルさんは末期ガンで余命幾ばくもなく、断食して死のうと思っていること。二人には「食べない」という共通点もあったのだった……。 死をどう受け入れるのか? 孤独とどう向き
日本の現代演劇ポスターデジタル化プロジェクト2023
150点の現代演劇公演のポスターをアーカイブ。公演のキービジュアルがデジタル展開され難い、1960年代から80年代を中心に、紙で現存するポスターをデジタル化。ポスターのセレクションは、1960年代以降の舞台芸術系のポスターを収集・保存、これまでも研究や数々の展覧会に協力する等、演劇公演のポスターに造詣が深い、ポスターハリス・カンパニー社代表の笹目浩之氏が担当。
昭和12年大阪北浜にある布団問屋の分家、岡崎商店。店主は岡崎陽介という若者である。 ある日、陽介の妹が学校で初潮を迎えたことを男の子たちにからかわれ、不注意で道に飛び出し事故で亡くなってしまう。それを知った陽介は、生理への偏見を無くすため、生理用品の開発・販売、そして性教育の普及活動を手がける会社を興す。知人や周りの女性に生理のことを尋ねまわり、変人と言われながらも研究・開発を進めていくのだった。
白石加代子「百物語」第十八夜
第十七夜、第十八夜は続けての上演で、その5本の作品はほとんど同時に稽古をした。そして一番時間を割いたのは「累」である。前に「江島屋」をやった時も痛感したのだが、円朝の作品と言うのは、声に出して初めて、文章のうまさ、話の運びの見事さ、人物のリアルさが見えてくる。幽霊は弱った神経が作り出すものという文明開化の時代の怪談話、そして真景、つまりリアリズムを基調とした怪談を円朝は目指したのだが、そういう意味
金がない、仕事もない、家庭もないし、未来もない!弟夫婦に世話になりながらのらりくらりと糞溜めのような日々を過ごしていたおじさんが「あの娘」と出会うことで始まる、恋に落ちるおじさんと、落とした「あの娘」と、落ちていたおじさんたちとのハートウォーミング・ラブ・サスペンス・ストーリー!
今の時代、人は死に直接出会うことが少なくなっています。ほとんどの人が病院で死に、死ぬ直前は見ていても、それに至る過程をつぶさに知ることはなくなりました。だからこそ、死というものを真正面からとらえようとこの作品を制作したのです。特別な舞台装置や小道具を使わず、俳優の身体と声を表現の手段とし、観客の感性と想像力にダイレクトに訴えかける「素劇」によって観客の想像力が刺激され、生活の中の死の匂いが際立つの
世田谷シルク第14回公演
前作「工場」から数年後。工場内では自国の社員は減り、外国人労働者が多く出入りしている。新しい社長は統制のとりづらい彼らを強制帰国させようと考える。外国人の主人公は、従順さがアピールできる運動会を推薦するが仲間たちは大反対。そんな中、寮ではストライキが起き、彼らの雇用はより危機的状況に陥る。工場エリアには、夕暮れになると観光客がやってくる。そこで工場夜景を撮る彼らの写真には、労働者の心までは写らない
貧しい家の娘、お菊は弟の文弥が幼い頃、石の上に誤って落としてしまい失明させてしまう。その償いにお菊は吉原へ身売りして、作った百両の大金を文弥にもたせ、京へ上らせて座頭の官位を取らせようとする。途中の鞠子宿で仁三は文弥の大金を狙うが、十兵衛に取り押さえられる。文弥と十兵衛が宇都谷峠まで来たところで、十兵衛は初めて大金のことを知り、自分の主人のために借金を申し入れするが断られてしまうのだった。
シェイクスピアの「真夏の夜の夢」をモチーフにしたファンタスチックな舞台劇。
“見えすぎるもの”が溢れている現代にて。SDGsグリーンレジデンスの住人・神納のPCに届いたVideo。それはマンション管理組合の理事たちのZOOM会議の様子。神納にVideoを届けたのは、「見えざる使者」。彼らは、神納宅のベランダ庭園で生きている植物の「声」を担当している“メッセンジャー”。植物から発せられた“目には見えない声”(劇中ではタマ)を人間たちにお届けるために、見えざる使者たちは目に見
人魂(ひとだま)となって、極刑を生き延びた政治犯は、小さな箱に入れられて、独房の隅に忘れもののように置かれている。耳を澄ますと、今もときどき小言をつぶやく。物いう小箱に引き寄せられた人々が、崖っぷちを歩いている人間にとっての、生についてを物語る。
戦争中…空襲も受けない小さな村。そこにも戦争の影が忍びよる。村に敵軍が忍び寄るという噂が…案山子を沢山つくり日本軍にみたて、敵を追い払おうとする妙案が浮かぶ。終戦間近の穏やかな村で起こる騒動。可笑しくも哀しき物語。
夜、劇場にしのびこんだ不良カップルが眠りにつくと…亡霊たちの時間が始まる。劇場に満ちる愛の亡霊たちの秘めやかな足跡―初演時、身体的負荷の高いパフォーマンスと、密度の高い演出で評判を呼んだFUKAIPRODUCE羽衣の代表作の再演。いじましい現代人の愛の示し方を高らかに歌いあげる“妙―ジカル”。
空晴第21回公演「ここにあるはずの、」あらすじクリスマス会をやろうと企画中のとある家族。嫁に行く娘が最後に過ごす実家でのクリスマス。久しぶりに引っ張り出してきたクリスマスツリーを飾ろうとするのだか、大事な飾りが見つからない。最後だからと親戚やご近所まで呼んでいたが、大事な「あの人が」来ない。家族の中の、人生の中の、物理的、気持ち的な「不在」を描く。
作品ノート:四人の女性を一人の女性が演じる。
フランスでのカトリーヌ・ディヴェレスとの3年間の作業を経て日本に戻ってから最初の舞踏ソロ作品。「動きの巾ではなく気配の落差」、「抑圧した動き」で劇場の空間をつかみ、「彼女に於いて愛(エロス)は完結する」(佐藤正敏/テレプシコール通信)と評されるほど、観客を魅了した。
「……がさつだったが、物事すべて明るく輝いていたあの時代。物資は乏しかったがお互いの間に優しさが満ち溢れていたあの創世期。お腹には何も入っていなかったが、胸にはちきれそうな、理想と希望があったあの頃。」──あの『キャッツ』がロンドンで誕生する十年前に、井上ひさしが世に送り出した、ネコだけが主役のミュージカル『十一ぴきのねこ』。現代演劇を牽引する長塚圭史が、この作品で井上戯曲を初演出にして初ミュージ