感情が動いたとき、あなたは誰の設計通りに動いてましたか?
感動と操作は、紙一重という話
今回は、感情を揺さぶる記事の「裏側」の話をします。
発信において、詳しさ以外の武器として「感情を動かす力」があります。その話は以前少し触れましたが、今日はその少し怖い話のほうをしていきますね。( ・`д・´)
感情を動かされる記事って、ありますよね?
読んでいると自然と焦ってきたり、勇気が出たり、共感して泣きそうになったり。 その感情自体は本物なんですよ。疑う必要はない。
でも一個だけ覚えておいてほしいことがあって。
その感情、設計されてますよ。
別に悪いことじゃないんです。むしろいい記事ほど、感情の動かし方が・・・上手い。( ̄ー ̄)bグッ!
問題は「設計されてる」ってことに気づいていない状態で、感情だけ受け取っちゃうことなんですよね。
たとえば・・・
「このままだと(波に)乗り遅れますよ!」系の記事、よくあるじゃないですか。
読んでいると、じわっと焦りが出てくる。「自分もやらなきゃ」って気になっちゃう。
その焦り自体は、本物です。でも、その焦りを引き出したのは記事です。記事が「焦らせる設計」になってるってことなんですよ。
「あ、これ焦らせに来てるな」って客観的に気づけるかどうか?それだけの話なんですよね。
気づいた上で「でも実際やる必要あるな」と思うなら、それは自分の判断なのでいいんですよ。けど気づかないまま動いてたら・・・設計通りに動かされてる状態です。( ˙-˙ )スン…
例としてもう一個。
「私は昔こんなに苦しかった、でも○○で変わった」系のやつ。これもよく見ますよね?
あれって、共感→希望のルートなんですよ。
苦しかった話で引き込んで、変わった話で「自分も変われるかも」と思わせる。
これも設計です。
嘘をついてるわけじゃない。で、体験がウソでも本物でも関係なくって・・・けど構造は同じです。
共感させて → 希望を持たせて → それがこの商品や考え方につながる、という流れね。(^_^;)
あなたが感じた共感も希望も本物なんですよ。でもその感情が、どこに向けて設計されてたかを見れるかどうか。
感情が動いた状態のとき、人はわりと批判的な思考が抜け落ちます。
「なんかこの人信頼できるな」と感じてる間は、細かいことを確認しない。
「焦らなきゃ」と思ってる間は、本当に自分に必要かどうかを考えない。
「この人みたいになりたい」と思ってる間は、その人の前提が自分と合ってるかを疑わない。
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